第2話『いつかみた、知らない場所』-3
「……ダメか」
放課後、綾は例の児童公園に来ていた。
しかし、昨夜大輔と対峙していた場所には戦いの痕跡は見つからなかった。家からコンビニに行くまでの道路も同様で、地面に突き立った刀の刺し跡も消えていた。
まるで何者かに隠蔽されたかのように、昨夜の戦いの、あらゆる痕跡が残っていないのだ。
「なんというXファイル……」
などと呟いてみても、当然モル○―も○カリーも現れない。
やはりあれは夢だったのか。その可能性を、綾は今も捨てきってはいない。
だが、両手に刻まれた横一文字の証拠は、しっかりと現実を主張している。加えて、その切り口に、ほんのわずかだが“砂のような物”が付着していたのでは、綾も認めざるをえなかった。
だからこそ、昨夜の襲撃が現実であった確信が、今の彼女には必要だった。
二時間ほど、あたりを捜索したものの、特に主立った成果は得られなかった。
すでに時刻は、夕方五時に差し掛かろうとしている。
部活や習い事を強要しない反面、朝霧家は門限に厳しい。今日の捜索を断念して、帰路につくことにした綾は、そこで何気なく、児童公園の近くにあるコンビニへ立ち寄る事にした。
「そういえば、昨日はここに来る途中で大輔と会ったんだっけ?」
そこは、蛇穴市内では唯一雑誌の立ち読みができるコンビニとして、金のない学生に重宝されていた。店内にはベーカリーも備えており、様々な客層に人気がある。
市街地から離れた立地にもかかわらず、ガラス張りの壁面から臨む客の数は、今日も多い。
ところが、店に入ってすぐに、綾は思いもよらぬ人物を発見してしまったのだった。
「……あー、えーっと。日高、君?」
気の抜けた声で、綾は彼の名前を呼んでしまう。
「――へ? 朝霧、なんで――?」
風邪で欠席していたはずの転校生が、そこにいた。
アダルト誌を物色する会社員に並ぶようにして、日高は週刊漫画を読んでいたらしい。彼が手にしていた少年漫画は、綾も知っているものだった。
二人の視線の交錯は、一瞬ほど。
ところが、続く日高の行動は、綾には全く予想外のものだった。
「う、うわぁああああああああああッッ!?」
彼は一目散に逃げ出した。
「え? え? ちょっと待って! あ、あたし何かした? わ、ちょっと日高君ッ!」
昨日から走ってばかりだと思いつつ、綾はとにかく店内を逃げ回る日高の後を追う。
普通に考えれば、小柄でいかにも運動には弱そうな日高が、陸上部に匹敵するほどの健脚を持つ彼女から、逃れられるわけがなかった。――が、その予想は見事に裏切られる。
日高は綾の隙をついてコンビニから飛び出し、そのまま市街地に突入してしまったのだ。
「う、うっそ。……なんで追いつけないわけ?」
曲がり角を右左折するたび、綾と日高との距離が開いていく。
以前、授業で計った綾の百メートルのタイムは、十二秒フラット(全力疾走ではないが)。
つまり日高は、それ以上の足の速さを持っているという事になる。とんでもないダッシュ力だ。
このままでは埒があかないと悟った綾は、とっさに道端に落ちていた空き缶を掴み取る。
そしてはるか十五メートル先、通りの人混みに紛れようとする日高に狙いを付けると、彼女はセパタクローのようなフォームで、空き缶を蹴り飛ばした。
スピード、パワー、タイミング。全てが絶妙なバランスで発射されたスチール缶は、人混みの中を直線飛行していき、そして――、
「――へぶしッッ!?」
日高颯太の後頭部を、直撃した。
「うぎゃーッッ、なんでよりによってジャストミートすんのよ!? どどどど、どうしよ!?」
とっさの行動が、不測の事態を招いてしまった。
土下座のようなポージングのまま、日高は天下の往来で絶賛気絶中。慌てて駆け寄った綾は、小柄な彼の体を勢いよく引き起こした。だが――、
よく見ると、どういうわけか彼の顔は、試合後のボクサーよろしくボコボコになっていた。
「な、なんで? 当たったの、後頭部だったのに……?」
青ざめる綾の周囲には、早くも人集りができていた。
大衆は弱者の味方である。凶行の一部始終を目撃していた幾人かは、すでに非難囂々の視線を綾に向けている。
全員揃って、ありえねえよ、アイツ。あんなか弱そうな子を……、という顔をしていた。
平たく言うと、彼らの認識はこうだ。
逃げまどう少年を駆り立てる赤っ髪の不良娘、カツアゲのついでにリンチでウサ晴らし。
気絶した日高を背負った綾の頬を、嫌な汗が伝った。
「あ、あはは。私たち、と、友達なんですよ? 普段はすごく仲いいんです、ホント。はは……は」
逃げた。
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