once upon a time 1
神様ってのは、別に意地悪なわけじゃない。
ただ、無邪気で雑なだけである。
人間という小さな存在では理解できないくらい、無邪気で雑なだけ。
「ニンゲンヤメマスカ?」
「………は?」
春。
展望台から落ちて、悠理は死を覚悟した。
自分から飛んだわけでは決してないが、「あぁまぁこんなもんか」と思っていた。
「やだぁー、死んだりしてないわよぅ!その前にこっちに拾い上げたもの!!」
(この声、さっきも聞こえたな…)
「そうよ!だって貴女に喋りかけてるんだもの!!」
(あれ…、私、声に出して…)
「ないけど、聞こえるわよ、ここは世界の狭間で、私は神だもの、人間の思考を読み取るくらいわけないわ!」
(………夢かぁ)
「夢じゃないってばぁ!!」
頭に衝撃と、いっそ心地のいい音と、その後にジワジワと感じる痛みで悠理は目を開いた。
「……とんでもない美人が…ハリセン持ってる…」
違和感がすごい。
ギャグマンガか?と思う。
「ハリセンね!最近のお気に入りなの!さっきのセリフも最近のお気に入り!」
(さっきのセリフ…)
「ニンゲンヤメマスカ?」
「…あぁ」
(…え?女神ってオタクなんですか?)
深夜アニメで聞いたことある。
「んー、わかんないけど、最近のお気に入り!」
また思考を読まれたらしい。
折角出かけた言葉を飲み込んだのに。
「あぁ…、はぁ…、で、ニンゲンヤメマスカってのは?」
「そのまんまね!貴女、展望台から身を投げたでしょう?」
とんだ勘違いである。
「いや…事故ですね…」
星を見に展望台へ行ったら、安全柵の隣に生えてる木に何かが引っかかっていて邪魔だったので、視界から取り除こうと思い安全柵に足をかけた所で突風に煽られ、バランスを崩して落ちただけだ。
漫画かよ!と思わないでもないが、故意ではない。
女神と名乗った美人の手からポロリとハリセンが落ちた。
「えっ…それじゃ…生きていたかった…?」
どうだろう。
悠理は覚醒しきらない頭で考えてみる。
友達と離れるのは寂しいし、続きが気になる作品はそれなりにあっても、どうしても諦めがつかないものは特に思い浮かばない。
「どうでしょうね、でもどっちみち拾って?もらえなければ、死んでたんですよね?」
「……多分」
多分。
運良くなにかに引っかかったりどこかを掴めたりしていれば免れた可能性もなくはないと。
(…でも痛いことは痛かったろうしな…)
「そっ、そうね!怪我はしてたわね!大なり小なり!!」
悠理の落ちた高さを思うと、小なりということはないだろう。
17年とはいえ人生を振り返ったり、その先の生を諦めることができるくらいには長く落下運動をしていたのだから。
「じゃぁいいです。それで、私はどうして拾ってもらえたんですか?これからどうなりますか?」
「よくぞ聞いてくれました!貴女にはこれから魔女となって、剣と魔法の世界へ飛んでもらいます!」
剣と魔法。
また聞いたことあるようなないような。
「はぁ…なんでまた」
「……なんでかしらねぇ?わかんない」
人差し指を唇にあて、首を傾げる女神。
その姿さえ美しい。
「細かいことはいいじゃない!とにかくそーいうものなのよ!何年かに一度、貴女が生きてた世界に愛想を尽かした人間を拾い上げて、祝福と呪いを与えて別の世界へ送るの!」
「祝福と呪い」
二つ返事で頷けない言葉が聞こえた。
「えぇと…祝福と呪いについて詳しく教えてもらっても?」
どのみち断れはしないのだろうが、知らないより知っている方がいいに決まっている。
メモを取れないのが惜しいな、と思いながらどうやら女神らしい美人を見やる。
余談であるがこの美人、声も大層美しい。
鈴の鳴るような声とはまさにこのことだろう。
「まず呪いは、ひとつと決まっているの、これは必ず同じもので、誰も避けられない。祝福は、呪いに見合うだけ。大きなものをひとつの子もいたし、些細なものをたぁっくさん願った子もいたわねぇ」
祝福と呪いのバランスは、その時対峙した神様の裁量で取られるらしい。
「呪いってなんなんですか?」
「不老不死よぉ」
「ふろうふし」
確かに、身投げする程の絶望を抱えた人間に死ねなくなるというのは、呪いに間違いないかもしれない。
悠理ですら息を飲んだのだから。
「あっ、でもこれはね、解けるわよ!真実の愛を誓い合った人との口づけっていう簡単なもので!」
神様ってのは本当に恋愛事が好きらしい。
惚れた腫れたで世界を巻き込んで殺し合うだけのことはある。
初恋も未経験の悠理にとって、それはどれほど難しいことなのか想像すらつかないが、誰も避けられないものなら受け入れるしかないのだろう。
それに見合うだけの祝福。
「なにか好きなこととか、欲しい力とかないのぉ?」
眉間に皺を寄せて考え込む悠理に女神が問いかけた。
「……プラネタリウム」
「まさかの物質!!」
求められていたのはそういうことではないらしい。
「…うーん、そぉねぇ、あ、そしたら、こうしましょ!それを作れるだけの知識をあげる!道具や材料を代用できるとこまで含めたいしぃ、読んだ本なんかは覚えておけるようにしときましょ!他にはなにかあるかしらぁ?」
まだいけるらしい。
「そうですね…、あ、言葉の壁は大丈夫なんでしょうか?」
そもそも本自体を読めなくては知識は蓄えられない。
「そこは大丈夫だけど、せっかくだから他の生き物ともお話できるようにしましょうか!他は?」
まだいけるらしい。
「そうですね…、あとは…、あー、天気予報みたいな便利なのはいけますか、もしくは天気悪くても星が見えるみたいな」
「そぉねぇ、それじゃ、うんと目をよくしてあげる!魔力を使えば色んなものが見えるようにしといたげるわぁ!天気は、そうねぇ、面倒くさいから、もういっそ操れるようにしちゃいましょうか!」
ひとつの要望が倍々の力となって決められていくが、祝福が随分と過多ではなかろうか。
(これは…私、かなりのチートじゃ…?)
「んふふ、大丈夫よぅ、私の早とちりで拾ってきちゃったから、少しサービスしてあげてはいるけど。でもそうねぇ、天気を操るものに関しては、言葉とは別の方法を用意しようかしら?ねぇ貴女、歌うことは好き?」
「歌、ですか?好きですよ」
テスト明けの打ち上げはいつもカラオケだし、なんなら学校帰りに一人で行ったりもしていた。
「ふふ、私たちはねぇ、音楽が大好きなの、だから、貴女の歌が聞こえるようにしておくわねぇ」
コロコロと笑いながら可愛らしく告げられるが、つまり天気を操ろうと思ったら神を相手にリサイタルしろと、しかも悠理からすれば無観客状態。
(この力はできる限り使わないようにしよう…)
そう決めた悠理であった。
「こんなものかしらぁ?それじゃ、祝福するわね!」
落としたハリセンを拾い上げたと思ったら、いつの間にかその腕にはアコーディオンが抱えられている。
(割と近代的なもの持ってきたな?…まさか…蛇腹繋がり…?)
「やだぁ偶然よぅ」
何故か照れた女神が両手を動かすと、フワフワと可愛らしい音が聞こえ、悠理の周囲を光が漂い始めた。
(……ていうか女神様の歌が上手い)
漂う光は柔らかく、歌声は優しく、まるで子守唄のように胸に響き自然と瞼が閉じていくのを感じ…、
「どこだ、ここは」
目を覚ました悠理の前に、見たことの無い景色が広がっていた。
女神様勝手に動いてくれてとても書きやすかったのにもう出番ないんですよね…。
………増やすか?(やめて)