once upon a time 2
遅くなってしまった。
「……知らない天井だ」
見知らぬ天井、と言うよりは、どうやら天蓋のようだ。
目を動かすと端に括られた布が見える。
「……えっ、ホントにどこなのここは…?」
確かつい先程まで女神と世界の狭間とやらにいて、俗に言う異世界転移を持ちかけられて、ハリセンがアコーディオンで、祝福をしてくれると言って歌いだして、眠気に抗えなくて…、
そこで記憶は途切れている。
(…祝福と呪いをかけられた後に聞こうと思ってたことが沢山あったんですけどねぇ…!?)
送られる世界のことも魔法の使い方も何一つわからないまま、邂逅は一方的に終わったらしい。
寝心地の良さからして、捕らえられているというわけではないだろう。
悠理はゆっくりと体を起こした。
「……ぅわあ…」
見下ろすとものすごく少女趣味の服を纏っている。
自分では間違いなく選ばないような、ふわふわふりふりである。
見なかったことにして顔を上げると、ベッド周りの調度品も少女が喜びそうなものが置かれているのがわかった。
(…素敵な家具)
悠理の趣味に合うかは別として、恐らくいいお値段がするであろう丁寧な造りのものだ。
そこがどこなのか、
なぜそこにいるのか、
誰がここへ連れてきたのか、
その目的はなんなのか、
なにひとつとしてわからない。
これからどうしたものかと小さく溜め息をついたところで、ノックの音が聞こえた。
悠理がまだ眠っていると思ったのだろう、返事を待たずして部屋のドアが開けられる。
「!まぁ、まぁまぁ、お目覚めでいらっしゃいましたか、これは失礼をいたしました」
ベッドに座る悠理を見て、メイド服を着た女性が頭を下げた。
「あ、いえ、お気になさらず、頭を上げてください」
悠理の言葉で背筋を伸ばした女性を見ると、実家に来ていたお手伝いの鈴木さんを思い出す、優しそうな顔をしている。
「お体の調子はいかがですか?なにか召し上がることはできそうですか?」
そう言われて空腹を自覚したが、現状把握が優先だ。
「そう、ですね…、あの、私をここへ連れてきてくれた方は…?」
「申し訳ございません、旦那様はまだ仕事からお戻りになっておりません」
“旦那様”ということは、この部屋の主とは別の人間が悠理をここへ運んだのだろう、…“旦那様”がこの部屋の主である可能性もゼロではないが。
「それよりもお嬢様」
(おじょうさま)
「ご無理でなければ、少しでも何か召し上がりませんか?ここへ運ばれてから三日も眠り続けていらっしゃったんですよ」
「みっか……みっか!?」
「えぇ、えぇ、お目覚めになって本当にようござんした…」
初対面のおばちゃんが涙ぐんでいる。
「それはまた…、ご迷惑をおかけしました…」
「とんでもないことでございます!温かいスープをお持ちいたしましょうね」
まだ食べるとは言っていないが、古今東西、中年女性のお手伝いさんというのは少し強引なものなのだろうか。
「あ、はい、いただきます、ありがとうございます…、えと……お名前を、伺っても?」
「あらあら、わたくしなんぞにそんな言葉お使いにならないでください。わたくし、マリーと申します。お嬢様、嫌いな食材などはございませんか?」
「ありがとう、嫌いな食べ物は特にないので、出してくれるものは食べられると思う。私のことは、悠理と呼んで、マリー」
(さん)
もう何年も世話になっていた鈴木さんですら呼び方は「鈴木さん」だったのに、初対面でいきなり呼び捨てにするのは躊躇われたが、敬称は心の中に留めた。
「かしこまりました、運んでまいりますのでそれまでこちらでお待ちくださいユーリ様」
マリーが出ていってから改めて部屋を見渡すと、角に本棚らしきものがある。
(普通に会話できたな…、文字も読めるのかな?)
気になったが他人の部屋を勝手に歩き回り持ち物を拝借するのはいだけないと思い、マリーが戻るのを大人しくベッドで待つことにした。
「…♪……♪」
窓があるだろう壁際には重そうで高そうなカーテンがかかっていて、外の様子はわからない。
天気を操るなら歌えと言われたが、まさか全ての歌が対象ではないだろう。
そうであれば悠理は気軽に歌えなくなってしまう。
鼻歌さえも許されないなんて、与えられた呪いよりつらい。
「♪…♪…♪」
流行りの歌に敏感なわけではなかったが、異例の大ヒットと言われた曲を口ずさむ。
そういえばこの世界に、ピアノはあるのだろうか。
幼い頃から習っていて、一番馴染みのある楽器。
才能はないが下手でもない。
頭の中で鍵盤を描き、膝の上で指を動かす。
(楽しくなってきちゃったな)
切ない恋のうた。
後奏まで終えたところに、再びノックの音が聞こえた。
「はい」
今度は悠理の返事を確認してからドアが開かれる。
「さぁさ、お待たせいたしました!沢山召し上がってください、足りなければおかわりもありますからね!」
スープから立ちのぼる湯気の匂いで、悠理の胃が漸く人並みの反応を示した。
胸の前で手を合わせる。
「いただきます」
優しい味がした。
「おいしい…」
ほぅ、と幸せそうに息を吐く悠理を見てマリーもニコニコと嬉しそうにしている。
「お口に合ったようで何よりです。ゆっくり召し上がってください」
「ありがとう、マリー」
(さん)
そのうち呼び捨てにも慣れるだろう。
マリーに言われた通り時間をかけて食べ進めていると、再び部屋をノックされた。
「?はい」
「入ってもいいかい?」
若い男性の声だ。
「まぁ!まぁまぁ!旦那様、お帰りなさいませ!!ユーリ様、お通ししても?」
「えっ、私、こんなかっこでまだ食事のとちゅ…」
流石に失礼にあたるのでは、と心配になるが、マリーは既に声の主を迎えに行ってしまった。
(マリーさんホント鈴木さんかな…?)
「やぁ、食事中だったか、すまないね」
穏やかな声と共に部屋に入ってきた青年に、運命を感じた。
しばらくリアルが忙しいので不定期かもです、申し訳ない。




