with Lionheart 42
城内を探索した使い魔たちによれば、やはり「ジュエルによく似たよくない気配」は彼女に宛てがわれた部屋から強く感じられるらしい。
媒体自体が何かまではわからないが、悠理と京子が部屋を探ればそれもすぐに判明するだろう。
本人以外が触れたら発動する何かしらの罠が仕掛けられている可能性も考えて準備をしていく。
「準備をしていく、とは言っても、攻撃こそ最大の防御だと思ってる節あるんだよなぁ」
「わかる」
17年生きてきた世界では自分を含む誰かへの期待など捨てていて、こちらでは知略の魔女と言われて久しい悠理の心根は、実のところ炎のように激しかったりする。
苛烈と言える程に。
それは互いに親友と認め合う京子の影響かもしれないし、逆に彼女がそういう部分を感じ取っていたから親友になれたのかもしれないがそれはさておき、小娘に振り回されているのがいい加減面倒くさいことやレオンハルトに会えない苛立ちもあって正直もう考えるのを放棄しそうになっている。
「はぁー、もうあれか、城ごとたたきつぶすか」
「ぶふっ。いやいや、ご令嬢と国王陛下(笑)はそれでもいいけど、おにーちゃんは生かしておこ?レオンハルトくんの大事な兄君なんでしょ?」
背中を押すように同調を示した京子だが、そこは一応俯瞰で物事を見ているので冗談めかして歯止めをきかせてくれた。
「そうだったわ、あー、だめだ、マリア、何か頭のすっきりするお茶をいれてもらえる?」
悠理にも苛立ちから短慮になっている自覚がある。
運ばれてきたティーカップを、目を閉じてゆっくり傾けひと口。
嚥下して、そのまま深呼吸。
「……よし、ごめん、お待たせ」
たった一つの呼吸で知略の魔女の名に相応しい顔つきになった悠理を見て、京子は満足気に唇をあげた。
「いーえ?それでは、作戦会議を再開しましょうかね」
それからさらに三日経ち、時刻は夜。
間もなく城の警備は巡回を終え、交代を迎える時間だ。
第一王子の隣室の扉が静かに開き、パタパタと一つの足音が遠ざかるのを気配を消して聞いた悠理と京子は、苦笑を浮かべて空の部屋へと足を踏み入れた。
どうやらレオンハルトは京子の指示通り、ジュエルを誘導できたようだ。
失敗するとは思っていなかったが、悠理としては複雑な心境である。
「第一王子の隣に部屋を宛てがわれておいて、人目を憚り第二王子の部屋へ行くご令嬢…世も末だわぁ…」
「京子声と表情に全部出てる、言葉とは全然違うこと考えてますよって」
「おっと失礼…、では、我々も任務開始といきましょうか」
悠理は目を閉じて深呼吸し、閉じた瞼の裏の熱に集中した。
ゆっくりと目を開けば、暗闇に支配されて足元さえ心もとないはずの室内が良く見える。
「……あれが、ジュエルの契約媒体…?」
視界の隅で揺らめく気配。
それは部屋の壁に沿って置かれた本棚から漂っていて、失礼ながら彼女も本など嗜むのかと考えてしまうのも言動を鑑みれば仕方の無いことかもしれない。
「あぁ、罠でなければ、あれだろうね」
京子も同じ方を見て頷いているので、恐らく間違いない。
他に目を凝らしても本棚を守るための結界のようなものを感知することもないので、もし罠を張っているとすれば媒体自体に何かしら術がかけられているのだろう。
「こんなこというの、あれなんだけど」
「奇遇だな、私も同じことを考えている」
二人は顔を見合わせて頷き、躊躇うことなく並んだうちの一冊に手を伸ばした。
「………なんなの、この無防備さ」
二人が予想した通り、ジュエルの媒体と思しき本にはなんの術もかけられておらず、あっさりと箱庭の家へ持ってくることが出来た。
念の為階下の客室から背表紙の似た本を拝借して隙間を埋めてはおいたが、ジュエルが気づいたところで彼女はここへ入ってこられないので、取り返される心配はない。
あとの問題は十中八九部屋へ押しかけられているであろうレオンハルトだが、そちらも心配はないだろう、なぜなら、
「おかえり、ユーリ」
「ただいま、レオ」
夕食と翌日への引き継ぎを済ませた彼は、久しぶりに悠理と共に過ごした家へ戻っているのだから。
もちろんレオンハルトが信頼を置く部下たちも彼がここにいることは知っていて、さらに言えばジュエルを数分間自室から離しておく為の協力もしてくれている。
さらにさらに言えば、悠理には伝えていないが、レオンハルトが窓から自室を出る際には「明日の朝食をこちらでご用意する必要はございませんね?」と確認までしてくれているのだ、全くもって有能な部下である。
「余り聖魔女様にご無理を強いてはいけませんよ」との小言もあったが、それは右から左に聞き流したレオンハルトである。
ふわりと笑うレオンハルトに悠理が見蕩れていれば、あっという間に抱きすくめられて肩口に額をぐりぐりと押し付けられた。
「はぁ、久しぶりのユーリ…会いたかった…本当に…死ぬほど会いたかった…」
「ちょ、あの、レオ、まっ…や、まって…」
すぐ側に京子もマリアもいるのだと羞恥に苛まれた悠理が押し返そうとすれば、背中に回された腕には更に力が入り、耳に唇が触れる程の距離でレオンハルトが囁く。
「待てない、今すぐ貴女を補充しないと干からびそう、焦らさないで…」
(なんっっ、だ、この色気!?!?!?)
顔が熱いなんてものではない。
腰が砕けそうになるのを、そんなところ見られてたまるかというプライドだけで制して、悠理はレオンハルトの腕を掴んだ。
「っ…!!!…ま、待てが出来ないならご褒美減らすよ…!」
唸るような呟きに、レオンハルトの動きがぴたりと止まる。
ひと呼吸おいて、不承不承、本当に不承不承なのだなぁとわかる表情と動きの緩慢さでレオンハルトが少しばかり悠理との間に隙間を作った。
「ん、もう!レオこそ、おかえり!どうせすぐ戻るんだろうけど、とりあえず、おかえり!」
バシバシと強めに肩を叩いてしまうのは照れ隠しだというのをわかっていて、レオンハルトはそれさえも嬉しそうな顔で受け止める。
「うん、ただいま、俺の魔女。そうだね、明日の朝食が済んだら、また向こうに戻るよ」
「そっか明日の朝ね!…えっ」
「そう、明日の朝。マリア、一人くらい増えても問題ないだろう?」
「もちろんでございますレオンハルト様」
有能な侍女マリアは突然振られた会話にも突然増えた朝食の人数にも動じることなく対応できるのである。
「というわけで、明日以降の話はさっさと済ませて、ユーリ、俺は星がみたいです」
「はは、進行が止まってたのは大体レオンハルトくんのせいなんだけどね!まぁいいや、ユーリ、折角全員揃ってることだし、明日からの動きを確認してさくさく解散するのは私も賛成だよ、とりあえず席につこうか」
「お、おう…え…、えぇ…??」
どこか釈然としないままダイニングテーブルの席につき、いつ、どうやって、真実を明らかにするのかを話し合った。
といっても元々決まっていた大筋から外れていることもないので、おさらい、という方が正しいだろう。
つきつける証拠は手元に揃った。
いい加減、ルドルフもレオンハルトも元の生活に戻してもらわなくては。
「ユーリのやる気に満ちた顔、凛としててかっこいい…、まぁその前に今夜は俺とゆっくりしてもらうんですけど」
「…マ?」
ニコニコと笑っているのに有無を言わせない迫力をまとうレオンハルトに手を引かれて、悠理は部屋をあとにした。




