8years ago… 5
「さて、お茶の時間をスルーしたので、ちょっと早いけど夕飯の準備をします!」
漸く冬を越えたアルテイア王国はまだまだ日が短く、家の中は魔力を通して光る魔法道具が灯っているため柔らかな明かりで満たされているが、外はもう黄昏れ始めている時間だ。
レオンハルトを連れてキッチンへ行く。
「当然レオにも手伝ってもらいます!働かざる者食うべからず、料理の出来ない男はモテない!」
後半の偏見がひどい。
「というのは半分冗談で」
半分は本気なのだろうか。
「私と出かけた先で野営することもあるだろうし、これからレオにどんな未来が訪れるかわからないから、出来ることは一つでも増やしておこうって考えてるからね、その為にもお手伝いしてね」
悠理としては、周りがレオンハルトのことを蔑ろになど到底出来ないよう育て上げるつもりだが、レオンハルト自身がこの国に愛想を尽かして出ていかないとも限らない。
やがてくる自分から巣立つ時に、一つでも多くの可能性を見せてやりたいと考えているので、一人でも生きていける術は早くから叩き込むつもりだ。
ちなみに悠理は、高校生であった時分から半ば一人暮らしのような生活で、連休や長期休暇では最初に出汁を取るような料理にも挑戦していたためにこの世界でこの家に住み出してからも、面倒くさくて洗い物を溜めることはままあるが、家事で大した苦労はしていない。
強いて言うなら電子レンジ最強だったな…と今でもたまに思うくらいか。
冷めたものを温め直すくらいなら自らの魔力でできるが、それだけだ。
100年前と比べればこの国の文明は目覚しい進化を遂げているものの、魔法の生きる世界では化学の歩みが遅いらしい。
「今日はこの後話したいこともあるし見せたいものもあるから、簡単なものにしよう、レオのお手伝いも初めてだし、とりあえず今日はテーブルのセットからかな?」
そう言ってエプロンをまとい袖をまくり手を洗うと、手際良く野菜の皮を剥き大きさを揃えて切り、鍋を満たし、火にかけだした。
冷蔵庫もどきから鶏肉を出して炒める。
この冷蔵庫もどき、中に魔力を満たした専用の魔法陣を刻んだ魔石を置くことによって庫内を一定温度に保てるのだが、通年稼働させていようと思うと相当な魔力を必要とする。
悠理だから便利に扱える代物だ。
「レオ、手を洗って」
流れるような動作を呆けたように眺めるレオンハルトに声をかけた。
「あっ、はいっ」
「ん、終わったらカトラリーを準備してね、今日は具沢山のスープとチキンステーキ、パンです、かーんたーん!」
広くはないスペースをとたとたと少年が移動する度に、ちらちらと揺れる黒髪が視界に入る。
(犬みたい、可愛い…、聞いてた感じじゃもっと心が荒んでても仕方ない生活だったようだけど、素直な子でよかった)
「さて、たべよう!」
テーブルには悠理お手製のメニューの他にもバターやジャムなどが乗せられ、シンプルながら賑やかだ。
「「いただきます」」
向かい合って座り、手を合わせた。
(んんー、マナーの心配はいらなさそう…?味方ゼロなわけでもない…?)
音を立てず食べ進めるレオンハルトを見て悠理は考えるが、
「ユーリ様、ありがとうございます、とても美味しいです」
(んっっ!!!!!可愛いからヨシ!!!!!)
ふにゃりと年相応の笑顔を向けられどうでもよくなった。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした、おなかいっぱいになったかな?」
「はい、温かい食事は久しぶりでとても美味しかったです!」
「それはよかった、私も、レオがくるまで長いこと一人で食べてたから、今日のご飯は特別美味しかったよ」
ふふふ、と笑い合う二人の雰囲気に対して言葉の意味が重たい。
「後片付け手伝ってくれてありがとう、お風呂はこっち、話の前に入ってしまおう」
手を引いてバスルームへ移動する。
「タオルはここね、脱いだ服はこっちのカゴへ。着替えはとりあえず今日のとこは私の服を着てもらうけどいいよね?」
「はい」
「中のことは使いながら説明するね」
「え?」
「はい、バンザイして」
「!?!?!?!?いいぃやいやいやいや、ユーリ様なにを…!?」
「なにって、一緒に入るんだよ、そっちのが早いし、レオの身体に傷がないかも見ておきたいから」
レオンハルトは10歳とはいえ仮にも王族の未婚の男子であるし、こちらの世界の常識では有り得ない話だが、悠理からすれば気まぐれで拾った犬の面倒はしっかり見なくては、程度の認識しかない。
食欲はあるがやはり同年代の男子に比べて細く小さいように思えたし、もしも服で隠れて見えないような所に傷つけるような輩がいたならそれなりの報いを受けてもらわなくては、などと考えた結果、風呂場で確認するのが一番早いのである。
「………や…あの…自分で…脱ぎます…」
暫く抵抗してみたものの、一緒に入らないという選択肢がないことを悟ったレオンハルトは、項垂れ小さな声でそう言った。
「そう?それじゃ、てきとーに入ってきてね!」
レオンハルトに背中を向けると躊躇いなくワンピースを脱ぎバスルームへと消えていく悠理。
「……なんなんだろう…あの人…」
哀れな少年の呟きは誰に聞かれることもなく、扉の向こうで流れる水の音に掻き消されたのだった。