8years ago… 3
「あんっっのクソガキ…!!!!!!!!」
少年から話を聞いた悠理は憤慨した。
悠理がクソガキと罵ったのは現国王陛下のことなので口に出すのは当然憚るべきなのだが言ってしまったものはもう仕方がない。
隣に座る少年、レオンハルトも目に溜めた涙を引っ込めて驚いている。
「僕は、不義の子なんだそうです」
「………は?」
先程から、「は?」としか返していない。
悠理の手を掴んだまま、名乗ることを許されていないと言った少年はその大きな瞳からみるみるうちに涙を溢れさせた。
空いている手で背中をさすり宥め、近くのベンチに並んで腰掛け、落ち着いた少年の一言目が出生にまつわるカミングアウト。しかも激重。
返す言葉が見つからないどころか少年の言葉の意味を飲み込めない、咀嚼できない。
そもそも10歳の子供が自分について語る言葉として最初に出てくるべきものではない、周りの大人はそれが本人の耳に入ったとしても、意味だけはどうにか隠そうとするものではないのか。
「僕の母が正妃ではないことは、ご存知ですよね?」
それは知っている。
レオンハルトの母レイチェルは、第一王子の母でもある正妃と比べると、儚げに優しく笑う美人という印象を抱く側室、つまり公の愛妾だ。
「陛下が母を見初めた時、母には恋人がいたそうですが、もちろん王命に逆らうことなど出来ませんし、心の整理もつかないまま、囲われることになったとかで」
「まってまってまってまって。」
降参するように両手を耳の横で広げて話し出す少年を止める。
「その情報なに?どこから?」
誰かから聞いたのだとしたら、その悪意を辿った方がいい。
こんなこと、本人の口から語らせることではない。
「……母の日記を、読みました。ある日部屋の本棚にあって、新しい読み物が嬉しくて、途中までそれが母の日記だとは、気づきませんでした」
(やっぱり誰かの悪意じゃん…!)
そんなものが突然部屋の本棚に置かれるわけがない。
「…母は、陛下を愛してはいませんでした」
促してもいないのに少年は続け出す。
「それでも母は、身ごもりました。やがて生まれてきたのは、その頃母の近くにいることが一番多かった護衛と同じ黒髪の男子で、開いた目は、王族に出ると言われる青や紫でなく、赤色でした。護衛の瞳は、明るい茶色だったそうです」
悠理が名前を贈った時は眠っていたから目の色には気が付かなかったが、その頃にはもう疑われていたということだろうか。
(いや、そうであればそもそも名付けさえ私のもとにはこないはず…)
「僕は生まれてから二週間、目を開かなかったそうです」
悠理が疑問を口にせずとも、答えが返ってきた。
本当に子供なのかと疑うほど聡明だと思う。
「なるほどね。んんー、でも、それだけで…?」
「それから、僕の魔力属性は、炎と闇です」
王族に強く出ることが多いと言われているのは、光、水、風の魔力属性なので、レオンハルトは逆の属性を持って生まれてきたと言える。
「はぁ…、それで、レイチェルと護衛のことが疑われたと」
「はい。日記の中で母はそんな事あるはずがないと書いていました。それと、陛下は母に対してだいぶ執着していたそうで、母を酷い言葉で罵り、やがて母は、心に異常をきたしました。」
(可愛さ余って憎さ百倍ってか…)
「あの、さ…、その日記、最後まで読んだ、の…?」
それが母の書いたものであると気づいた時点で止めなかったのだろうか。
「いえ、途中からは、もう読めませんでした。僕が辛かったのもありますが…ある頁から、もう文字ですらなくなっていて」
つまり文字であったところまでは読んだと。
「……つまり、きみは王族ではないと思われていて、だから第二王子に贈った名前は名乗れない、と」
「…はい」
さっきまで淡々と話していたくせに、 悠理が確認すると再び泣きそうな顔になりながら返事をする。
さらに話を聞けば、
そのせいで少年は隔離され、
護衛も使用人も家庭教師もつかず、
なんなら城中の人間から蔑まれているらしい。
結果、悠理のクソガキ発言である。
(男としても親としてもクズ過ぎんか?そんな奴がトップでこの国は大丈夫なんかいっそ城の人間消す…?)
実に不穏な考えだが恐らく悠理には可能な所業だ、やらないだけで。
(…いや…私にも、責任がないわけじゃないか…)
現国王は悠理を嫌っている。
子供の頃から嫌われているのはわかっていたし、聖魔女だからといって内政に干渉するつもりも毛頭なかった悠理は呼ばれない限り王宮に近づかなかった。
だから知らなかった。
愛されて生きるべき存在が虐げられていることを。
今だってきっと、彼は逃げてきたのだ、自分を貶める何かから。
隔離されているとは言えど、この近くで生活しているわけがない。
子供の足で、どれほど夢中になって走れば、ここへ迷い着くのか。
(どうするかな…)
少年をこのまま元いた場所へ帰すわけにはいかない。
かといって、悠理が今の状況について口を出したところで彼の環境が好転するとも思えない、悪化はありえそうだが。
「…あの…?」
老獪な魔女の仮面を忘れ感情のままに表情を変える悠理に、戸惑いを含んだ声が届く。
「よし、きめた。」
悠理は立ち上がり少年と向かい合うと、薄い肩に手を起き、諦めに染まってなお美しく輝いている赤い瞳を見つめて言った。
「きみを私の弟子にしよう」
設定説明回まであとどれくらいかかるのだろう…_(:3>∠)_