第6話「落下と竜」
通路の先は、さらに深く続いていた。
魔物の数は増え、配置はより露骨になっていく。
三体。
四体。
まるで連携するかのように、道を塞ぐ。
だが――
「……慣れてきたな」
自分でも分かる。
体が、完全に順応している。
攻撃の軌道。
間合い。
急所。
考えるより先に、最適解が出る。
次々と斬り伏せながら、俺は進んでいた。
そして――
その瞬間は、突然訪れた。
足を踏み出した先。
床が――消えた。
「っ!?」
踏み抜いた。
崩れた、のではない。
最初から、なかった。
偽装された床。
落とし穴。
視界が反転する。
体が宙に浮く。
そして――
落ちる。
落ちる。
落ちる。
風を切る音。
壁が高速で流れていく。
「……長いな」
妙に冷静な自分がいた。
普通なら、恐怖で叫んでいてもおかしくない。
だが――
不思議と、そうならない。
むしろ、どこかで理解していた。
――いける。
そして。
ドン、と。
着地。
膝を軽く曲げ、衝撃を逃がす。
砂煙が舞う。
だが、痛みはほとんどない。
「……え?」
自分の足を見る。
折れていない。
どころか、平然としている。
「……今、どれくらい落ちた?」
見上げる。
はるか上に、小さな穴が見える。
感覚的には――
二十階分ほど。
それを、無傷で。
「……おかしいだろ」
ぽつりと呟く。
これだけの落下に耐えられるなら――
「俺、最初……どうやって落ちてきたんだ?」
あの瓦礫の山。
あれも、落下の結果だとしたら。
今の自分なら、死ぬはずがない。
なのに、なぜ――
記憶がない。
その違和感は、答えのないまま残る。
俺はゆっくりと顔を上げた。
そこは、広い空間だった。
これまでの通路とは比べ物にならない。
天井は高く、空気が違う。
そして――
そこに、いた。
「……なんだ、あれ」
巨大な影。
赤い。
鱗。
翼。
長い首。
地に伏せる、その姿は――
「……竜?」
言葉が、自然に出た。
赤い竜。
だが、その様子はおかしい。
動かない。
息はある。
だが、弱い。
今にも消えそうなほどに。
ゆっくりと、目が開いた。
黄金の瞳が、こちらを捉える。
「……よく、きたな……」
低く、かすれた声。
だが、はっきりと――
言葉だった。
「……は?」
思わず声が出る。
竜が、喋った。
いや、それよりも。
“理解できた”。
「……待っていたぞ……」
竜は、わずかに口を動かした。
「……なんだ、お前」
警戒しながら問う。
だが、竜は攻撃してくる様子はない。
それどころか――
力がない。
「我は……このダンジョンの……ボス……」
「……ボス?」
「……そうだ……この迷宮を……管理していた……」
管理。
その言葉に、胸がざわつく。
「……していた、ってことは」
「……もう……終わりだ……」
竜の呼吸が、わずかに乱れる。
「……寿命だ……」
静かに、告げる。
「……生まれて……約三千年……」
三千年。
桁が違う。
「……おそらく……あと三日……」
短い。
あまりにも。
竜は、ゆっくりと首を動かした。
その視線が、俺を射抜く。
「……我には……お前が……必要だ……」
「……は?」
意味が分からない。
だが、竜は続ける。
「……我の後ろ……」
わずかに、顎を動かす。
視線を辿る。
そこには――
巨大な扉があった。
石でできた、重厚な門。
竜ですら通れそうな、大きさ。
今までの通路とは、明らかに違う。
「……あの部屋に……入れ……」
「……なんで俺が」
「……それが……答えだ……」
竜の声は、さらに弱くなる。
「……お前は……選ばれた……」
意味の分からない言葉。
だが――
どこかで、理解している自分がいた。
ここまで来た理由。
導かれていた感覚。
配置された敵。
落とし穴。
すべてが――
ここに繋がっている。
「……」
俺は、竜を見た。
動かない。
敵意もない。
ただ、待っている。
「……入れば、分かるってことか」
答えはない。
だが、それでいい。
俺は視線を扉へと移した。
巨大な石の門。
その先に――
何かがある。
確実に。
俺は一歩、踏み出した。
まだ知らない。
この扉の先で――
自分が“迷宮を動かす側”に立つことを。




