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イバンのばか  作者: 夜間三
第一章 旅立ち
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6.今後の予定を説明します【クライス】

「さて、状況を把握していない一人がまんまとやってきた」


 目が合うなり笑顔でそう言われて、クライスは顔をゆがめて見せた。

 結局前日は連れの姿も見つけられず、町をぶらぶらしているうちに日が暮れてしまったため、近くの民家に頼んで一晩泊めてもらった。


 翌朝、朝食までごちそうになった後、外で体操していると、視界の端を見覚えのある明るい金髪がよぎった。あの目つきの悪い僧侶のおねえさんだ、となんだか友達のような気分で大声で呼びかけたが、彼女はぶんぶんと手を振るクライスをちらっと見ただけで、露骨に無視して早足に去ろうとする。


 ちょっと待てよぉ、とつい足が出て、彼女のふさふさした巻き毛を犬のように走って追いかけていくと(僧女は歩いているのになぜだか風のように速かった)、透き通るような色の木々が立ちならぶ森の入口に達した。


 周りに人けはない。立ち並ぶ幹のすき間に細い道がのび、森の奥へと消えていく。青緑の葉を透かし、枝をくぐって差し込んでくる白い光に照らされたその小路は、天国にでも続くように神秘的に見えた。


 僧女を見失いかけてあわてて追って走ると、やがて赤い屋根のこぎれいな教会堂の前に出た。そこに、昨日からはぐれっぱなしだった道連れの男がいたわけである。


「まんまと、ってなんだよ」


 ふくれっつらのクライスに、彼は答えずにふふふと笑った。

 ふと気づけば、そこにいるのは黒いマントの男と僧女だけではない。見覚えのない、黒髪の少女と武装した大柄な男が立っている。

 クライスはゆっくり彼らを見回し、目を白黒させる。そうか状況を把握してない一人か、と妙に納得して、再び黒いマントの男に顔を向けた。


「オレってまんまと仲間はずれにされたの?」

「まっさかー。たまたまだよ。たまたまってのは大事なもんだぞ」


 彼はにやり、と口角を上げた。


「ちょっと」


 いらいらと口を挟んだのは、黄金色の柳眉をぎゅっと寄せた僧侶である。


「それも一緒に連れてくんでしょ。説明するんならさっさとして。立ったまま待たせるつもり?」


 クライスをそれ呼ばわりするトゲのある口調をあっさりとかわして、男は手を振った。


「ああ。座っていいぞ。じゃあ座るか、みんなで。円陣だ」


 僧女は仏頂面のまま、どかりと少し離れた切り株に腰を下ろした。

 黒髪の女の子は肩をすくめて困ったように微笑むと、ふわりと膝を折った。頭の両側の毛を後頭部で一つにまとめており、金色の三角形をした髪飾りが目についた。

 気づいたところ、どう見ても、かなりカワイイ。クライスが思わずじっと見つめてしまうと、彼女は長いまつげごしに上目づかいに目を合わせ、くすりと笑った。まちがいなく、かなりカワイイ。

 銀色の鎧と槍で武装した青年はしばらく顔をこわばらせてじっとしていたが、やがてその場に片膝をついた。


 クライスも立っていたそこにあぐらをかくとまばらな円陣になったが、座ろうと言った本人は悦に入った様子で仁王立ちしていた。


「あれ、座んねえんじゃん」

「むかーしむかしあるところに悪い魔女の手でカエルにカエられてしまった王子様がお姫様のキッスで人間の姿にたちカエり……」


 彼はクライスの突っ込みを無視して話し始める。


「……という感じの話をきいたことはあるだろう。すまん、言いたかっただけだ。とにかく、おとぎ話にでてくるのはお化け、妖精、大鬼、小鬼……。この森はかつて、あの世界と通じていた。少年よ、きみの住んでいたところにはよく妖精が出てきていたんじゃないのか?」

「え?」


 確かに、子どもの頃よく父から聞いたものだ。自然に宿る妖精や、人を喰らう魔物の物語。


「うん、親父は妖精の友達がいるって言ってたよ。オレは会ったことないけど」


 故郷から離れて、クライスは妖精のことを「架空の存在」と見なしている人々に多く出くわした。あるいはそれらをひどく嫌う人々にも。

 クライスはそれらが嫌いではないし、もし旅の途中で出くわしたら、おもしろいだろうと思っている。この森に妖精が棲んでいたと聞いても、やっぱりなあ、とかんガエルだけで少しも戸惑いはしない。


「過去、ここには強い力を持った魔女が棲んでいた。彼女があちらとこちらをつなぐこの森を統べることで、人間の世界と、魔物の世界の均衡を保っていたのだ。互いを傷つけんとする邪悪な存在から、互いの世界を守っていたということだな。この魔女が間を取り持つことで、人間と魔物は仲良く共存することができていた。ところが――」


 彼は芝居がった手振りで演説を続ける。


「魔女もやはり生き物、やがてその身は露と消えていった。すると当然、この森が保っていたバランスはくずれる。人を傷つける魔物の侵入をとどめるものが、なくなってしまったのだ。それで――」


 よく通る声と抒情たっぷりな話しぶりに、思わずぽかんと聞き入ってしまう。


「こちらの世界があちらと交わらぬよう、人の手で森に結界がはられることになったわけだ。結界は例外なくすべてを断絶する。脅威を防ぐ代わりに、共存の可能性もなくなった。人間は断絶された魔物の世界を忘れる。忘れられればこちらの世界に存在することはできなくなる。忘れられた森の向こう側は、こちら側の人間にとっては存在しないものだ。それゆえここは最辺境、袋小路の町となった」


 クライスは目をしばたたく。何を言っているのかどうにも理解がおいつかない。

 こちらというのは人間の世界のことで、あちらというのは妖精や魔物の世界なのだろうが。


「そして、その結界の心棒が、この」


 黒いマントの男の手のひらがふわりと曲線を描いて、赤い屋根の建物を指す。


「教会堂、というわけだ。ここまではいいかなー?」

「えっ」


 あからさまに子ども扱いな聞き方にむっとする余裕もなく、必死に頭を整理する。


「ええと、この森の向こうに妖精さんとか怪物くんとかがいるけど、こっちにはいない。昔は一緒に暮らしてたけど、今は別々に暮らしてる」

「そうそう、よろしい。花丸あげちゃう」


「まわりくどいわよ!」


 鞭を打つような鋭い突っ込みに、クライスは思わずぐっと呻く。

 抗議の声の主はやはり、眉間にしわを寄せた僧女であった。


「どうでもいいことをべらべらとよくしゃべるわね。あたしはここで昼寝がしたいのじゃないわ」

「そんな言い方ねーだろっ」


 クライスが振り向いて思い切って言い返すと、射殺されそうな視線で迎えられた。

 ひるむついでに、彼女はなにがそんなに気に入らないんだろう、と不思議に思う。


「そ……」


 思わず、言い淀む。


「……おねえさんも、この人と一緒に旅する気なんだろ。俺もそうなんだからちょっと待ってくれたっていいじゃん……」

「お前とあたしの事情は違うわ」


 ぴしゃりとたたきつけられて、結局言い返せずに閉口する。


「ダメよ」


 不意に涼やかな声が鳴った。

 振り向くと、黒髪の美少女が憂うような目でクライスと僧女を見つめている。


「彼の言うとおり。わたしたちは同行者なのだから、お互いに聞き合わないといけないわ」


 天使のような助け船に、彼女がきらきらと温かく見える。


「……」


 僧女を振り返ると、彼女はなぜだか当惑した様子で黒髪の女の子を睨んだあと、結局唇をひきむすんでぷいとそっぽを向いてしまった。


「けんか両成敗なんだが」


 自分に向けられた黒髪の天使の笑顔に見とれていたが、男の声が耳に突き刺さってクライスを現実に引き戻した。なぜか笑い含みの声だった。

 彼は手をぱんぱんと叩いて再び注目を集める。


「今日はめでたいから恩赦だな。よーし、話を戻そう。どこまで話した? 教会堂、というわけだ。そうそう。で――」


 ぴっと彼が指さしたのは、町と反対側の森の奥。


「我々は森を抜けて、向こうに行く。ここにいる五人でだ」


 たっぷり、間を持たせてからゆっくり顔を正面に戻し、言った。


「説明、おわり」


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