7.今後の予定を説明します?【オズモ】
いまいち説明になっていない。
オズモは微動だにしないまま黒いマントの男の話を聞いていたが、結局の感想はそれだった。
話が飛躍している気がするのは自分だけだろうか。
この森の話はわかったが、向こう側に行く目的や、同行者との関係についてはまるで触れられていない。
あの遅れてきた少年も、これでは納得できまい。
「なんだあ、そんなことか」
ところが当の少年は太平にそう言った。
「それだけ言ってくれれば分かるのに。人が悪いよな」
「人が悪かったか。すまん」
「じゃあ、もう行くんだ? あ、ちょっと待って。オレ荷物置いてきた。すぐ来るから――置いてきぼりにすんなよ!」
そうして騒がしく走って行ってしまった。
どうやら彼は能天気な性格らしい。
「……お前」
押し殺したような女の声は、そっぽをむいたままの僧女のものだ。
「何者?」
そう言って彼女がわずかに首を動かして睨んだ先は、黒髪の少女である。睨まれた方は飄々と小首を傾げ、さあ、と呟いた。
この少女が不思議な雰囲気をまとっているのはよく分かるが、そういう僧侶の方も相当ひねくれている。正直なところ、とても僧侶とは思えない態度の悪さだ。
黒いマントの男はもちろん、あの少年もずいぶん単純なようではあるが、皆どこかずれた空気を持っている気がする。もちろん、ずれていると言えばオズモ自身もそうだと自覚しているが。
負傷した兵士の仲間の二人は、あの魔物に食われてしまったとの少女の証言に、オズモは胸を痛ませずにはいられなかった。
狼とトカゲを掛け合わせて羽を生やしたような、大きな四本足の魔物。
オズモが兵士であったころ、訓練してきたのはもっぱら人や戦車との戦い方だ。巨大な怪物相手に立ち向かうなど、どんなに絶望的な思いがしたことだろう。
オズモが暮らしていた街では、妖精や魔物の存在など語られることすらなかった。ここ数ヶ月になって初めて、『見たことのない怪物』が姿を現すという話が出てきたが、それが昔この森とつながっていたという世界と結びつけられることは一度もなかった。
考えてみれば妙な話だ。昔、この町に魔物が共に暮らしていたというのなら、今になって魔物が出現するということに対してもっと大きな反応があってもいいように思う。
それなのに、この町の人間も、オズモが兵士として使えていた政府も、魔物を未知の存在として見なしている。
根源を絶つのだ、と黒いマントの男は言っていた。このような殺戮を起こさぬための旅に出るのだと。
彼はオズモのことを勝手に同行者だと言った。オズモにとっては有り難いことだった。もし質問されていたら、きっと即断などできなかったろうから。
いつまでも、こんなことではいけないのだけれど。
「おや、おそろいで」
オズモが顔を上げると、この教会堂の主である老僧が教会堂から出てきたところだった。
「おはようございます」
黒いマントの男は、よく響くいい声でやけに朗らかにあいさつをした。
老僧は破顔してあいさつを返すと、オズモたち一人一人をじっと見つめた。
「それで、ほんとに行くのですか?」
そうして黒いマントの男の顔をうかがう老僧に、彼は首肯して応えた。
「ほんとに行くよ」
「ふむ。――改めて言いますが、ここは通り道とか結界とか言っても、結局弁のようになっているだけなんですね。あなたがたは今内側にいらっしゃいますから、こっちから向こうには自由に往くことができます。しかしここの結界というのが働いている限り、向こうからこっちには来られません。ですから、死んじゃったお仲間をこの教会で復活して差し上げることもできないわけです」
「死んだら復活するわけないでしょ」
飄々と奇妙なことを口走った老僧に突っ込んだのは、そっぽを向いたままの僧女であった。
実をいえばオズモも、この森についての話を全く理解しきったわけではない。
森を抜ければ、どこかにはたどり着くはずだ。行くことができるが戻れないという話はおかしなものに聞こえる。
でも確かに、この森がどこにつながっているのかは、かつてこの町に暮らしていたオズモも知らなかった。そんなことは一度も話したことがなかった。
不思議なことだ。それも、結界というものの作用なのだろうか。
まあ、と老僧は続ける。
「この辺に魔物がちょくちょく現れるのを考えれば、森のはずれのほうで弁が緩んでいるのかもしれないわけですが。ほかにも通り道はいくらでもありますし――」
「何とかします」
凛と言い放ったのは、黒髪の少女だった。
「そのために行くんですもの。私も魔術の心得がありますから、お力になれるはずですわ」
オズモは目をしばたたいた。何しろ、オズモにとっては魔法使いは“あちら”の世界の存在だったからだ。
「全く、その通りだ!」
とどろくような大きな声で、黒いマントの男が答えた。
「やはり頭がいいなあ、うん。そう、そのために行くのだ。こうしてはいられんッ」
バサ、と音を立ててマントを翻し、彼は拳を握った腕を振り上げた。
「しゅっぱーつ!」
「ちょ、ちょっと待ってってば!」
高らかな宣言を、慌てた声がかき消す。
派手な足音を立てて、赤毛の少年が戻ってきた。
荷物を取ってくる、と言っていたが、荷物というのは弓とえびららしい。昨晩、連れは弓矢が上手だと黒いマントの男が言っていたことを思い出す。
オズモの方が持っている荷物は、鍛冶屋の父からもらった鉄の鎧と槍、後は申し訳程度の小遣いだけだ。
昨日の話だと、旅に必要なものは基本的に現地調達するとのことだった。それでもある程度の携帯食は必要ではないかと思ったが、それは黒髪の少女が用意するとのたまっていた。
だが見たところ、彼女は小さなバッグを肩にかけているだけで、大量の食糧を抱えているようには思えない。
僧女は杖の他に小包を背負っているが、黒いマントの男は、腰に下げた剣と身につけたアーマー程度しか荷物がないようだ。
これで旅ができるのか怪しいものではある。オズモ以外は、誰も心配していないのだろうか。
「おいてけぼりに、すんな、って、ゆったじゃん!」
彼は両膝に手をついてぜいぜいとやりながら、拳を振り上げた格好の黒いマントの男を睨みつける。
睨まれた方は、こともなげに快活に笑った。
「おいてけぼりを食う、と言うよな。そうするとおいてけぼりを食わせる、と言うのかな、うむ。おいてけぼりをごちそうするつもりはないぞ」
息を切らしている少年に、黒髪の少女がそっと背中に手をそえてなだめる。
「ついでだから皆さんに言っておくが、俺はさびしがりやだからな。みすみす人を減らすのはご免だ。来る者は拒まずだが、去る者は追う可能性が充分にある」
冗談でしょ、と言い捨てたのは、あきれ顔の僧女だった。どうにもサボテンのようにトゲにまみれた人である。
黒髪の少女が桜色の唇を開き、いたずらっぽく笑った。
「全員揃ったかしら。しゅっぱつ、する?」
「ようし」
まだ拳をあげたまま、黒いマントの男はうなずいた。
「しゅっぱ――」
「あっ」
再び、少年が遮った。その場にいる全員の視線が少年に集中する。
彼は思い出したというようにうなずきながら、片手を上げて言った。
「オレ、クライス。よろしくな!」
確かに、とオズモは内心苦笑する。
今まで誰一人として互いの名前を尋ねることがなかった。タイミングを逃していたのかもしれないが、なんとも間抜けな話だ。
黒いマントの男は顔中で笑顔を作ると、振り上げた拳を一度下ろし、ぐるりと全員を見渡す。
そうして大仰にマントを翻し、少年にならうように手を上げて、高らかに名乗りを上げた。
「イバンと呼んでくれ!」
黒いマントの男――イバンは一人一人と目を合わせ、にっこりと笑った。
やっと出発し、第一章終わりです。
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