魔女マリンカの実力
生前は、女の子とガチンコバトルすることになるとは思わなかった。
人生とはわからぬものである。
ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。
それはさておき私が知る限り、魔女が近接戦闘をするイメージはない。
それはもちろん、今対峙している同級生、魔女マリンカにも言えることだった。
「見せてあげるわ、生粋の……魔女の戦い方をね」
私が今回、学んだのは、魔女は敵に回すと厄介極まりないという事実だった。
時は遡る。
いつも通り、私の部屋でお茶会をしているところに、吉田くんがやってきたのだ。
ファルグリンは、騒がしい吉田くんを見て、一瞬その形の良い眉をひそめたが、その後は何も見ていなかったかのように振舞っている。
興味がないのか、関わりたくないのかのどちらかだろう。
いや、あるいは両方なのかもしれない。
彼は騒がしいのがあまり好きじゃないからね。
エルフならではなのかはわからないが、ファルグリンは11歳にしては落ち着いている。
そのせいなのか、あまり同年代と打ち解けようとはしない。彼から見たら同年代の子供は幼稚に見えるのだろうとは思う。
ファルグリンは、おそらく大人に囲まれて幼少期を過ごしたのだろう。エルフは、同年代の子供が少ないのかもしれない。
とはいえ私も、同年代の子供に馴染むのは困難だった。
そもそも、私は前世でも同年代とは上手く馴染めなかったので、それを繰り返す羽目になってしまった。
子供は大人が思うほど無邪気ではない。差別的で理屈が通じず、隙があらば、弱く孤立している人間を責め立てるきらいがある。
今も昔も、大人と会話している方が、正直なところ気楽だった。
なので、ファルグリンの気持ちはわからなくもない。
それはさておき、吉田くんは実に情熱的だった。
「オレたちと組んでくれよ!」
熱心に、マリンカ嬢を部隊に引き入れようと、勧誘し始めたのである。
常なら、他人事の顔をして眺めているのが、私のスタンスなのだ。だが、こうなった原因は、私がマリンカを部隊に誘おうとしていることを、吉田くんにこぼしたからである。
つまり、私のせいだ。
その吉田くんによる強い勧誘に対して、マリンカ嬢は冷ややかだった
「いやよ」
マリンカは、吉田くんを見ようとせずに返答した。ありありと拒絶の感情が見てとれ、むしろ頑なな態度が強まったようだった。
私が個人的に勧誘していたときは、もう少し態度が柔らかかったような気がしたのだが、これは下手にばらすべきではなかったかもしれない。
人間関係とは難しいものである。
にしても、吉田くんの年代とは、こんなにも直情的だっただろうか。
この頃の自分は、もっと落ち着いていた気がする。年のわりに老けていたの間違いかもしれないが。
吉田くんは、いまだにひたすら同じようにマリンカに声をかけている。
「なあ、考えるって言ったんだろ。 頼むぜ」
「考えると言っただけで、組むとは言ってないわ」
私は思わず頷いた。
「まあ、それはその通りなんだけどね」
確かに、彼女は「考える」と言っただけである。
そこに嘘はない。
「お前、どっちの味方なんだよ!」
吉田くんに怒られてしまったが、これは吉田くんの誘い方にも問題があるのではなかろうか。一度頑なになった相手に、同じ誘い方をするだけより意固地にするだけだろう。
とはいえ、11歳の子供にそこまで期待することでもないはずだ。それはさすがに酷と言うもの。
吉田くんはどうにも悪い子ではないのだが、どんなことにも真正面からぶつかっていく気質らしく、マリンカ嬢との相性はあまりよくないようである。
マリンカ嬢も、かなりストレートなタイプではあるのだが、負けん気が強く、また我が強い方だ。同じぶつかり方をしても上手くはいくまい。
そんな中、ファルグリンは、我関せずと言った風。カップを私に差し出す。
「おかわりが欲しいんだが」
「なに、淹れてほしいの?」
ファルグリンの物言いに、私は苦笑する。
彼は、どこかいつもよりも、すこしだけ甘えているようにも見えた。
私は立ち上がって、お茶を淹れに立つ。
最近、ファルグリン達とのお茶会代が、私の財布へ深刻なダメージを与えだした。
そのため、彼らから茶話会代を徴収するようになった。おかげで、お菓子のやりくりも考えずに済むようになったので助かっている。
ファルグリンも、マリンカも、私より随分とお金持ちみたいで有難い。
代金徴収を提案したら、可哀そうなものをみるような目で見られただけで、素直に受け入れてもらえたので非常にうれしかった。
「と言うか、わたし。 吉田だっけ? あなたを部隊に誘う予定だったとは知らなかったんだけど」
マリンカの態度が冷たい。
なぜ、こうも吉田くんに冷たいのか。
「陽介……あなたにも言ってるんだけど?」
いや、なぜか私にも怒ってるな。
うーん、無断で話を進めてほしくなかったのかな。
「これには、谷よりも高く、山よりも深い事情がね」
「その計算だと、事情が計算上マイナスに振り切れてるけどいいのかしら」
「吉田くんを仲間にしようと思ったのは、彼が同年代で一番、動機があったからだよ」
「動機?」
私は頷いた。
「やる気がある人間なら、掃いて捨てるほどいる。 でも、やる気なんてものは、いつ消えてもおかしくないような、すぐ破られる約束みたいなものだと思ってる」
「……それで?」
「やる気がある人間は、それがなくなればすぐ裏切るし、投げ出す。 でも、動機がある人間は、例え私が諦めても、苦難が起きたとしても、途中で投げ出したりはしない」
私は今まで前世も含め、何度も裏切られてきたから知っている。
やる気があるなんて、その時、気分が乗っているだけに過ぎない。だから、自分の気分が乗らなくなれば投げ出してしまう。
一度組んだ人間が、途中で目標を投げ出してしまうなんて珍しくなかった。
何より必要なのは、動機。
それも他人から、与えられた報酬などの動機ではダメだ。
内面から強く沸き起こるような強い興味や関心。確固たる感動によるものでなければならない。
「……あなたは、それが他のチームに入るよりも、良い条件だと思うの? わたしは、彼は力不足だと思うわ。 それなら、いっそどこかの部隊に入隊した方がいいと思う」
「いやいや、今は力がなかったとしても、吉田くんはどんどん努力してくれるはずさ」
「ふうん」
マリンカはまったく納得していないのか、じとっとした目を向けてきた。
やめてくれ、そんな目で見られて喜ぶ趣味はない。
「……まあ、いいわ。 それで、彼の動機って?」
私は、吉田くんを一瞥し合図を送った。
吉田くんは、強く頷く。
そして、はっきりと宣言した。
「オレは、翔悟に勝つ! 絶対にあいつだけには負けない!」
マリンカは、愛らしいその目を丸くした。
思ってもみない話だったようで、吉田くんと私の顔を見比べるようにそのまま見つめたのだった。
しばらくして、我に返ったのか。
はっとした後に眉間にしわを寄せて、私をにらむ。
「え、どういうことなの」
「ね、面白いだろう?」
「面白いとかじゃなくて、説明してくれない?」
「吉田くんは、北村翔悟を見返したくて、一人で部隊を組んでくれる相手を探すほどの意気込みを見せた子なんだよ。 そういう同級生なんて、他にはいないだろう」
「北村翔悟って、あの北村翔悟?」
「どの北村翔悟かは知らないけれど、なんだか有名な人らしいね」
「……相変わらずね、あなた。 正直、挑むなんて無謀よ。 最近、急速に力をつけたことを差し引いても、数十年に一人の人材よ、あの人」
「え、そんなに強いの?」
「魔術師としては落第だけど、戦士の卵としてはナンバーワンの資質ね。 そうね、ロドキヌス師に言わせれば、頭のイカれた天才よ。 わたしも彼が天才であることは否定しないわ」
「……へえ、それはたいしたものだ」
ロドキヌス師にそう言われるってことは、研究者としては向いていないのだろう。
ロドキヌス師は、魔術師の本分は研究者であるという考えの持ち主だから。あの先生、自分が白兵戦担当の戦闘魔術師くせに、白兵戦に傾倒している生徒が嫌いなんだよなあ。
しかし、逆を言えば、北村翔悟の戦闘の才能は限りなく高いということでもある。
私自身も、ロドキヌス師には、戦闘訓練に熱中していること自体は、あまりよく思われていないところがある。
別に、戦いが好きと言うわけでもないのだがなあ。
戦いは目的だと思ってないけど、使える手段としては大変便利だというだけだ。
暴力は、人生における必修科目である。傾向と対策はしておくにこしたことはない。
北村翔悟には私も興味がある。
それだけの力量と才能がある相手なら、私が試しに挑むにもちょうどいい。できる限り、強い相手を仮想敵として訓練したいものだ。
「ちょうどよい逸材が身近にいたものだね」
思わず、そんな言葉が口に出た。
マリンカが怪訝な表情を見せたので、「なんでもないよ」と首を振って見せた。
「……なんにせよ、だ。 吉田くんは、その北村翔悟に勝つんだろう?」
「ああ、絶対勝つ!」
吉田くんは、再びそう言い切った。
気持ちがよいくらいの断言だった、
マリンカは頭を抱え始めた。
一方のファルグリンは、肩をゆらしながら、声も出さずに笑いだしている。なにがそんなに愉快なのだろうか。
困り顔のマリンカは、諭すように話し始める。
「わたしだって、決戦競技に詳しいわけでもないし。 トレーニングを積んできたわけでもない。 それでも、わたしは貴方たちより強いわ」
「それは頼もしいね」
「そうじゃなくね。 部隊を組んでる人たちは、専門の訓練を積んでいる人たちなのよ。 個人の力量もさることながら、チームワークもとれている。 それに対して、付け焼刃で対抗できるとは思わないわ」
「でも、マリンカは魔女としても専門教育を受けてるじゃないか」
「魔術の力量が、必ずしも競技の力量の差に繋がらないと言う話よ。 それに戦術は、個人の実力を覆すものだし」
「私達はまだ二年生だよ。 なにかに挑戦すると言う、フレッシュな試みをしても罰は当たらないと思うんだけどね」
「そうだ、そうだー」
吉田くんが訳も分からず、同意する。
なんとなく雰囲気で話に参加してるな、この子。
「口で言うだけじゃダメみたいね」
出来の悪い弟をみるような態度で、マリンカはため息をついた。
「いいわ、ついてきて。 少し試してみればいいわ」
マリンカは、飲みかけのカップをソーサーの上に置き、立ち上がる。
ふわっと肩にかけてあるケープを翻した。
彼女と共に向かった先は、いつもの訓練所だった。
戦闘用の魔術兵装、ローブを模した戦闘服に身を包んだマリンカ。
幼く愛らしい風貌ながらも、キリっとした表情を見せている。
「ところで。 どうして、あなたがいるのかしら。 ファルグリン?」
「僕がどこで何をしてようが、僕の勝手だろう」
ファルグリンが見物人として、同行していた。
なんだかんだ、付き合いのいい奴である。
もしかしたら、ヒマなだけかもしれないけど。
「決戦競技での戦い方……。 と言うより、魔術師の決戦競技での戦い方は、それぞれの出自で癖があるの」
「メジャーサークルの特色のような?」
「そう。 サークルの代表部隊は、その色が濃いの」
例えば、『炎の監視者』は魔術師の研究サークルでありながら、その実態は軍事系の出自者が集まるサークルである。異世界において、軍人や騎士の家系である魔術師が多く所属している。
対照的に、『青き一角獣』は伝統的な貴族や、権力を持つ富豪魔術師などの家系が集まる。エルフであるファルグリンが所属しているのも、彼が権力に近しい立場であることを意味するのだろう。
それぞれ例外的に優秀な生徒を取り込んではいるが、主な傾向はそのようになっている。
「競技と実戦。 その形式を問わず、騎士や戦士の戦い方と、純粋な魔術師は戦い方そのものが違うわ」
「どっちの方が強いんだ?」
吉田くんが、無邪気にマリンカにそう尋ねた。
「さあ? でも、わたしだったら純粋な魔術師は相手にしたくないわ。 特に、魔女は敵に回したくないわね」
「へえ……私は、魔女と戦ったことがないなあ」
「なら、わたしがはじめてね」
マリンカが笑みを見せたが、それがもう怖い。
彼女は手をかざして、もったいぶったように小さな箱を取り出す。それは小さな箱と言うよりも、模様がついた藍色のサイコロのように見えた。
「これは妖精の匣。 魔力によって妖精を生み出し、操る魔導器よ」
「……で、それがどう役に立つんだよ?」
吉田くんは、大型杖で魔法を撃ちだす戦い方しかしない。
他に、使う魔導器は、防壁くらいなものである。
「やってみればわかるわ」
マリンカは、強気に言い放った。
私たちは、対決することになった。
マリンカは、私たちにそう簡単には上手くいかない現実を教えたいらしい。
ずいぶんと親切なことである。
試合の形式は、私、吉田くん、マリンカがそれぞれ敵対しているルール。
敵味方関係なしに、とにかく最後に残った一人が勝つシンプルなゲームだ。
試合が始まった。
真っ先に狙われたのは、マリンカだ。
吉田くんは、すぐにマリンカに大型杖照準を合わせたようだった。私もマリンカを倒すべく動き出す。
一番のライバルを最初に蹴落とすのは、当たり前だった。
2対1に持ち込めるなら、それが一番望ましい。
しかし、戦闘が始まった瞬間に、マリンカは白煙を生み出した。
魔導器『煙使い』の能力だ。肉眼だけでなく、魔術で見通すことを阻害する特殊な煙幕を張る。術者の技量によっては、その煙を操ることすらが出来るため、応用も聞くと言う。
真っ先に、私は兎跳びでその場から移動し、隙を見てマリンカを落とすつもりだったが断念する。
下手に煙の中で、格闘戦に持ち込むのはリスクが高い。
吉田くんは、爆裂魔術式である『爆炎の槍』を白煙の中に撃ち込む。
撃ちこまれた火炎弾が、弾着と同時に炸裂するも、それがダメージを与えているかはわからないままだ。
吉田くんは何度も連射しながら、私も合わせて倒すべく、狙い撃ちしていく。
私は、それをいつものように兎跳びで回避。
火炎弾の合間を縫うように、空中を跳ねまわる。白煙から一定の距離をとりながら、周回し様子を見ていく。
先に、吉田くんを倒してもいいが、その隙を狙われたくない。
理想的には、マリンカと吉田くんが戦っている最中に仕留めるか、生き残った方を安全に倒したい。
吉田くんとしては、どちらも同時に爆裂魔術で倒したいみたいだけど、白煙で狙いが付けられない以上はそれも難しいだろう。
手ごたえがなかったのか、吉田くんは射撃を止めた。
魔力がなくなれば、弾切れで戦えなくなる。特に爆裂魔術は必殺の威力と、範囲を誇るものの消耗が激しい。そう何度も繰り返せないだろう。
そろそろ、吉田くんを狙うのもありか。
吉田くんと何度も対戦していてわかった。魔力切れが近い魔術射手は、シールドも有効活用できないし、機動力も低く無力だ。
魔術射手を仕留めるには、何度か魔術を空振りさせてから、近接戦闘に持ち込めれば相当有利に戦える。
なにより剣型魔導器の直接攻撃は、シールドを貫通できる。
そう考え始めたところで、白煙の中に動きがあった。
うっすらと人影が見えたのだ。
それを視認した途端、吉田くんがさらに魔術式『爆炎の槍』を投合。大型杖による射撃を繰り返す。
私も、身構えた。地面に着地し、いつでも兎跳びが使えるように準備をする。
さすがに無傷では済まないはずだ。爆裂の範囲から逃れるために、飛び出してくるはず。
そこを飛燕で斬ってしまえばいい。
そう心に決めたとき、身体に衝撃が走った。
「――え?」
理解したときには、遅かった。
真後ろから斬撃を受けたのだ。
「どこを見ているの? そこにわたしはいないわ」
鞘から抜き放たれた飛ぶ斬撃。
剣型魔導器『虎徹』による能力、『斬空閃』である。
遠く離れた位置からの不意打ちに、私は一撃のもと切り捨てられた。
『致命的なダメージ、DF残量ゼロ。 戦線離脱を宣言します』
無機質な機械音声に、自身の敗北をようやく自覚する。
全身を痺れが襲い、体が動かせなくなる。無力感、私はそのまま地に伏した。
完全にやられた!
しかし、あの白煙の中に、確かに人影がいたはず……?
マリンカは抜き放った刃を、日光に煌めかせると再び鞘に納める。
そして、すぐに兎跳びでその場を飛び立つ。吉田くんが射撃魔術で追撃しようとするも、照準が合わずに断念したようだった。
吉田くんが、制圧力を重視し連射系魔術に切り替える。
魔術式『飯綱狩り』だ。複数の光線が、標的を自動追尾する連射力の高い攻撃。数十にも放たれた閃光が、飛来する。
「いつもかく乱されっぱなしだと思うなよ! 無駄に、陽介と戦ってるわけじゃないぜ!」
吉田くんは、私と何度も戦っているうちに対策をとり始めたようだ。
新たに習得した魔術を、あえてここで切り札として持ってきたつもりのようだ。
完全に、勝ちに来てるな。
「甘いわ……。 妖精……デコイよ」
魔導器『妖精の匣』から小さな光が出現。
それが、マリンカと瓜二つの姿に変化し、マリンカの隣に並走。いや、やや突出して現れる。『飯綱狩り』によって、幾重にも放たれた光線群が殺到。
妖精が変化した偽物、デコイに降りかかりそのすべてが集約される。
私は気付く。
あの妖精が変身したデコイ、あれが白煙の中に現れた人影だ。
私はあの『妖精の匣』によって、騙されたんだ。
マリンカによって作り出されたデコイは、数十もの光線に貫かれて発光。撃破され消滅した。デコイの耐久力は低いようだった。
そのさなか、『飯綱狩り』へのカウンターとして、マリンカが一直線に剣閃を放つ。
再び、収められた鞘から解き放たれた剣型魔導器、虎徹である。
そこから穿つように、強烈な魔力斬撃、『斬空閃』が撃たれた。それも、鞘で増幅され威力の高められた『斬空抜刀閃』と呼ばれる一撃である。
マリンカが使用した『虎徹』は剣型魔導器のなかでも、折れぬ、曲がらぬ刀身の頑丈さを持つ。だが、虎徹に秘められた能力は、それだけではない。
魔力を引き金にし、斬撃を飛ばす能力『斬空』が備わっているのだ。
それでも、『斬空』だけの威力ではシールドで容易く防がれてしまうが、虎徹と対になる鞘を使えば、それすらも突破しうる。鞘は魔力増幅機能を備えている。
その鞘から抜かれた瞬間に放たれる『斬空閃』、すなわち『斬空抜刀閃』は生半可なシールドでは防ぎきれない破壊力を誇る。
虎徹は日本が制作した剣型魔導器としては、傑作と言われており、日本の魔術化部隊が正式採用しているだけあって隙がない性能を持つ。
吉田くんは、大型杖の演算能力を攻撃ではなく、防御に。シールドに回す。
全力で、シールドを増幅し展開。『斬空抜刀閃』を防ぎきるつもりだ。
しかし、吉田くんが『斬空抜刀閃』を防いでいる最中にも、マリンカは近接の間合いに持ち込もうとする。近接で直接放たれる刃には、シールドを貫通する能力があるからだ。
すでに吉田くんが、『斬空抜刀閃』を防ぎきることを見越しているのだ。
そんなマリンカへ、背後から数本の光線が迫った。
少しでも足止めをしようと、マリンカへと追いすがる。
「あら、やるわね」
先ほど吉田くんが放った『飯綱狩り』の残りだった。
吉田くんは、一度にすべての攻撃をマリンカに向けて撃ちだしたのではなかったのだ。彼は、一部の光線を空中で一時停止させることで、二段構えの追尾攻撃を演出した。
あらかじめ、時間差でマリンカを攻撃させる心づもりだったのだろう。抜け目のない一手である。
誰の影響かは知らないが、ずいぶんとらしくない。小狡い技を使うものだ。いつのまに、あんなに吉田くんの性格はこざかしくなってしまったのだろう。
マリンカは走りながらも、シールドで『飯綱狩り』を弾き返す。
威力はそれほど高くないにしても、直撃すれば戦闘不能はまのがれない。
だが、シールドと兎跳びを併用することを避けたのか、機動力が一気に下がった。吉田くんを倒しきる間合いまで、あと一歩をだったが間に合わない。
態勢を整えた吉田くんは、新たな魔術式を構成。迎撃の準備を整えた。
「近づけさせねえぜ! 『雷撃鞭』!」
大型杖の先端から、電撃で形作られた鞭が形成され、うねり薙ぎ払うようにマリンカへと襲い来る。
生きた雷蛇ともいうべき動きを見せ、より凶悪に、より執念深く、マリンカの機動を阻害。その身体に食らいつこうと、襲い掛かった。
しかし、虎徹の鞘の増幅機能は応用性が高い。
マリンカは防護魔術を構成、鞘による増幅機能を併用し、シールドを強化して発動した。
「ずいぶんと……動く相手に狙いをつけるのが慣れてるじゃない」
必殺と思われた一撃は、強化シールドによって簡単にいなされる。
『雷撃鞭』では、虎徹の鞘によって強化されたシールドを突破できないのだ。
さらに、マリンカは握りしめた虎徹に魔力を籠め、『斬空』を起動。
迫る『雷撃鞭』を魔力で形成された剣圧により弾き、斬り飛ばしながら、吉田くんに近づこうとする。
直接、刃で弾こうとすれば電撃により、感電してダメージを受けることになる。剣で『雷撃鞭』を防ぐには、『斬空閃』を連続で放ち圧倒すればよい。
それでも吉田くんの執拗な攻撃は、接近の隙を与えない。
「オレは……強くなったんだぁああっ」
精一杯の意地か、凄まじい集中力だった。マリンカの接近を許さぬように、機動を制限するための牽制を繰り返す。連撃につぐ、連撃。これだけの猛攻であれば、マリンカは虎徹を再度、鞘に納めることもできなかった。
納刀した虎徹からの一撃、『斬空抜刀閃』を繰り出すことが出来れば、マリンカの勝ちは決まるはずだ。なにせ、吉田くんの魔力は尽き欠けている。
一見、魔術の撃ちあいは拮抗しているように見えた。
しかし、持久戦となれば、マリンカが有利だろう。この吉田くんの猛攻が続くのも、今だけだ。
私が、マリンカの立場なら、もう少し攻勢に出るのを待つだろう。
そう……もし私がマリンカなら、そうした。
観戦していたファルグリンが、呟く。
小さなつぶやきだったが、人体改造によって調整された私の聴覚は、それを確かに聞き取った。
「僕が思ったより粘ったが……ここまでだったな」
ファルグリンの視線の先には、吉田くん。
そして、吉田くんのすぐそばにある、小さな淡い光。
あれは……妖精の匣により作られた妖精。
一気にその妖精が輝きを増し、破裂する。内包されていた魔力を爆発力に変換し、自爆したのだ。その爆発の瞬間に、強烈な光を発する。吉田くんの眼を焼き視力を奪い、また爆発の衝撃がその全身を襲う。
「妖精にはこういう使い方もあるのよ」
その爆発に合わせて、魔導器『兎跳び』を起動。
一足で、吉田くんの懐に飛び込むと、防ぎようのない一太刀を浴びせかけた。
「くっそぉ……」
無機質なアナウンスが、吉田くんの敗北を告げる。
それを聞くまでもなく、刀を薙ぐと、マリンカはそのまま納刀した。
「……きっとたくさん頑張ったのね。 でも、残念だけど相手にならないわ」
マリンカは、圧倒的だった。
それも、わざわざ日本製の剣型魔導器を使い、彼女は戦って見せたのだ。
勝ち方も、手加減や調整されたのは、はっきりわかった。
私は、魔力障害により、魔力でシールドを形成できない。
にもかかわらず、シールドで防ぎようのない一撃で、真っ先に私を仕留めた。
『もし、私にシールドが使えたら防げた』
そんな言い訳をさせないために。
吉田くんに対しては、彼の得意な戦闘距離から戦いを開始し、正面から圧倒。勝ちの見えた持久戦をあえてせず、そのまま短期決戦を決め込み、剣の間合いまで接近して見せた。
マリンカは……彼女は、私たちに言い訳のしようがないほど、圧倒的な勝利を収めたのだ。
それは明らかに意図的なものだった。
彼女は真剣な目で、私を見つめた。