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episode11

 あたいは急いで主人の元へと向かった。

 なんとしても、パパさんの守ろうとしたものを危機から救いたい。

 そう思いながら、とにかく走った。

 キャットハンドレンタリズムに到着した頃には、精神的にも体力的にもかなり疲れていたが、立ち止まっている暇はなく、あたいは扉に激突したにゃ。

 すると物音に気付き少年が扉を開けてくれる。


「うにゃ! 眩しいにゃ!」


 扉を開けると当然少年が立っているわけだが、さっきと違うのは少年が手に持っている物の輝きだった。


「どうなってるのにゃ?」

「ネコさんの言うとおりに魔力を込め続けていたんですが、途中から急に輝きだして」

「恐らくその指輪の魔力保持量が限界に近いのにゃ」


 指輪についた赤い宝石は四方八方に赤い光を放ち、少年の手の中で小さな雷のようなものさえ発生していた。


「少年は別に大丈夫なのにゃ?」

「はい、ちょっとだけビリビリしますが平気です。それより、これはどうしたら……」


 恐らく魔力を込めるのはこれが限界。

 だとすれば早速魔術の発動に取り掛かるのにゃ。


「少年! その状態を維持したまま、主人の寝室に行くにゃ」


 あたいは少年を先導する形で二階へと駆けあがっていった。


「はい、ネコさん!」


 主人は相変わらず寝ている。

 今自分の周りで起こっていることを知ったらびっくりするだろうにゃ。

 なんせ少年が魔術師なんかになってるわけだし。

 元気になったら、知らせなくてはならないことがたくさんあるのにゃ。

 そう、絶対に元気になってもらうのにゃ!


「ネコさん、指輪がなんかガタガタ震えてるんですけど」

「じゃあ、急ぐのにゃ!」

「そうは言っても、どうすれば魔術を発動できるんですか?」


 少年の問いにあたいは答えた。


「簡単にゃ! その指輪を主人の左手に装着する。それだけにゃ!」

「そ、それだけですか!?」

「簡単にゃ?」

「はい、思った以上に。では始めます!」


 少年は主人のベッドの右側に膝をつくと、ゆっくりと左手を持ち上げたにゃ。


「どの指にはめるとか、決まりはあるんですか?」

「どの指でもいいのにゃ。早くにゃ!」


 すると少年はほんの少しだけ迷い、そして人差し指に指輪をはめたにゃ。

 納まるべき場所に納まった指輪。

 すると先ほどまでの不規則な振動はおさまり、主人全体を赤い光が包む。


「少年、離れるにゃ!」


 この魔術は対呪術装飾の力を増幅させ、呪術による影響を中和するもの。

 一度中和してしまえば問題ないが、中和反応中は魔力活性も急激に励起して危険だにゃ。

 ようは、強酸にの薬品に強アルカリを少しずつ混ぜるようなものにゃ。

 少年が主人から距離を置くと、早速術同士の中和が始まった。


「なんかすごい火花散ってますけど、大丈夫なんですかね?」

「荒っぽい方法であることは間違いないのにゃ。でも、ちゃんと安定化するはずなのにゃ」


 目の前では赤や黒の火花がビリビリと飛び散り、主人の体表面で反発を繰り返していた。


「頑張るにゃ、もう少しにゃ」


 駆け寄ってしまいそうになるのを抑えながら、あたいは応援したにゃ。

 そして次第にその怪しげな火花はおさまっていき、主人を取り巻く光の色が蒼白いものへと変化していった。


「少年、安定域に入ったにゃ」

「成功ですか?」

「もう少し待つにゃ」


 焦る少年を落ち着かせ、呪いと対呪用の魔力が均衡状態になるのを待つ。

 少しずつ青白い光は薄れ、そして消えていった。


「少年」

「はい」


 ……………………。


「やったにゃ!」


 あたいは嬉しくなって少年の胸に飛び込んだ。


「うわぁ! ね、ネコさん。その……やったんですね!」


 何とかあたいを受け止めつつも、喜ぶ少年。


「やった、やった! 本当によく頑張ったにゃ!」


 あたいは嬉しさのあまり軽い猫パンチを胸にお見舞いしたにゃ。


「本当に……良かった……」


 すると少年は喜ぶのもつかの間、あたいを抱えたままベッドの横に崩れ落ち、頭を主人の横に並べて気を失ってしまった。


「少年! 少年?」


 少年の胸から抜け出し、ベッドの上に着地したあたいは少年の呼吸を確かめる。

 うん、大丈夫にゃ。

 息はある。


 魔術師になりたてなのに、膨大な魔力を消費してしまったからだろう。

 無理もないのにゃ。

 とにかく今は寝かせといてあげるのにゃ。

 そして今度は、少年と引き換えに主人が目を覚ました。


「ん? ……なになに? 少年! 何か寝てるし、大丈夫なのかな?」


 目を覚ますと横で少年が眠り込んでいるのにゃ。

 それは驚くにゃ。


「大丈夫なのにゃ」

「あれネコさん。そうなの? ならいいけど……ん?」


 主人は何か異変に気付いたようだにゃ。


「ネコさん、じゃべれるようになったの?」

「違うにゃ。少年の魔力の影響を受けて、使い魔の言葉が分かるようになったのにゃ」

「魔力? 使い魔?」

「詳しいことは追々説明するにゃ。とにかく少年が頑張ってくれたのにゃ」


 話したいことはたくさんある。

 近いうちにパパさんのことも話さなくてはならないにゃ。

 でも今はやめておこう。

 あたいはそう考えていた。


「そうなのか。確かに不思議と体調が良いわ」


 そう言ってベッドから上体を起こして腕を伸ばす主人。

 清々しい表情をしていたが、すぐにその表情は曇り、そして顔を伏せた。


「どうしたのにゃ? まだ調子悪いのにゃ?」

「ううん。違うんだ、ネコさん。でもね……なんでかな? 驚くほど元気になったの。それは私自身よく分かっているの。だけど、同じくらい誰かを失ったような悲しみで私の心があふれてしまうの」


 パパさんの意思を継ぎ、魔術を行使した少年。

 そしてその少年の魔術を受け回復した主人。

 おそらくその過程で、何か伝わったものがあるのだろう。

 あたいは勇気を出して伝えることにしたにゃ。


「主人、聞いてほしいにゃ」

「うん、ネコさん」

「その悲しみは気まぐれでも何でもないにゃ。誰かを失ったことは事実なのにゃ。主人……、パパさんは主人を救うために頑張って、そして亡くなったのにゃ」


 それを聞いて主人は一瞬目を丸くし、驚き、そして涙を流した。


「父さんは生きていたのね」

「そうにゃ。魔術の力を借りてにゃ。そして、ここに時々来ていたお兄さんは、実はパパさんだったのにゃ」

「そうだったのね。何となく似てるなとは思ってたんだ。そう……あのお兄さんが。本当に良くしてくれたものね」


 主人は今幸せではあるのだろう。

 しかし、押さえきれない悲しみは涙となってあふれてくる。

 その様子を見ていると、あたいも悲しくなってきたにゃ。


「主人。今まで話せなかった分、伝えたいことがいっぱいあるのにゃ。でも、今は一緒に悲しむのにゃ」


 あたいはベッドに潜り込むと、主人に寄り添い一緒にしばらく泣いた。

 ともにひとしきり泣き、落ち着くと主人は自分の左手を見ながら言った。


「ねえ、ネコさん。この指輪は何かな?」

「それは、魔術道具にゃ」

「魔術道具?」

「パパさんがそれを用意して、少年がそれを主人の指にはめたのにゃ」

「それで私の病気が治ったの?」

「正確には抑え込んでいるのにゃ」

「ふうん」


 不思議そうに指輪を眺める主人。

 そして視線を横で眠る少年に向けると、小声でつぶやくのだった。



「どうせなら薬指につけてくれればよかったのに」

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