9.美少女を調教。そして新たなる能力
まだまだ続きます!
「ふえーん。できないよ……ひっぐ……もうダメです。私は何もできません」
二十回目の失敗をしたウンケルは情けなく膝をつき、ビービーと泣きじゃくった。
確かに魔王の模型から繰り出される、五つの素早い粒型の魔力を攻略することは困難なことだが、ここまで泣くことはないだろう。
「ど、どうしてできないんだ……」
喉元に閉まっておいた本音がとうとう漏れてしまった。いや、別にウンケルにスパルタなわけではない。むしろかなり譲歩したほうだ。
他のみんなはアクセラテッドシューズを履き、模型から五メートル離れたところでスタートなのに対して、彼女は自動で進む靴を使いこなせないため素足のままで、しかも間合いはたった一メートルという一番簡単なコースを設けている。
それにも拘らず、未だに成功しないとは一体どういうことなのだろうか。
「違う! もっと! もっとコンボを狙うんだ。ノルマクリアじゃダメだ! 」
やむを得ず俺はコントローラを使い、【コマンド③の味方を操作する】を選んでウンケルの体を操る。
「体に覚えさせないとな」
アナログスティックを前に傾ける。同時にウンケルも体を前進させ、再び魔王の模型の前にたち、赤い粒を叩きのめす態勢を作る。
「アイルン。頼んだ」
「了解!」
俺の指示に二つ返事をすると、アイルンは模型のスイッチを押した。途端、模型の頭部から五つの小さな魔力が出現する。
「目で追うからダメなんだ。問題はタイミングだ。この五つの魔力のリズムは、このスマホ内臓アプリゲーム【酔拳少女まおまおちゅん】の音楽と同じリズムなんだよ!」
模型の中で流れている五つの魔力の音調は、俺のお気に入りの音楽ゲームアプリ、【酔拳少女まおまおちゅん】に流れてくる音楽にそっくりだった。
音ゲーという分野を知っていて、それに必要な技術を既に会得している俺だが、口下手な自分ではその体に染みついた技を他人に教えてやることはできない。
そこで、まずは楽しく実戦しようという作戦をとることにした。
こいつら四人がなぜ模型相手に苦戦しているのか、それは己の動体視力と反射神経だけで強引に解決しようとしているからだ。
勿論この二つも重要なことだが、力技は音ゲーでも、他のゲームでも一番ダメなスタイルだ。まずは、そこんところを成るべくストレスフリーでわかってもらうために、俺は【酔拳少女 まおまおちゅん】をわざわざスマホにインストールしたというわけだ(この世界でも、地球製の機械は一応使えるらしい。充電亡くなったら終わるが)
楽しくコツを掴んで模型を攻略する。実に効率のいい練習だ。
「おい、竜二郎。この酔拳少女ってゲーム楽しいなあ」
「本当だぜ。まおちゅん超かわいい」
魔王対策そっちのけでゲームに没頭しだしたフォウズとフォウンヌは無視し、俺はウンケルの体を借りて、各自に散らばった赤い粒の対処に取りかかった。
自分の体でやるのは楽だが、人の体――しかもそれをコントローラーで操作――しているため、普通に叩くよりも高度な技術が求められる。
「キュイン、キュイン!」
俺はリズムよくアナログスティックを操作し、ウンケルが両手に持っているバチを全タンクに向かって叩いた。
「凄いな。またクリアだよ。竜ちゃん凄いな」
「竜ちゃん……」
女子にあだ名で呼ばれたことなんて小学生以来だ。あの時も、俺はクラスの女の子からキモヲタゲーム人間という素敵なあだ名……あれ? これ悪意のみで作られた蔑称じゃね?
「ま、まあいいや。アイリン。ウンケルが元通りになったらもう一度模型のスイッチを押してくれ」
「え? いいのかい? ウンケルの体には教えたけど、彼女自身には何もアドバイスしてないよ?」
首を傾げるアイリンに、いいよとだけ伝えてから、俺はウンケルに体の自由を返してやった。
「あ? あれ。私さっきまでなにを……」
「ウンケル! 模型のスイッチ入れるよ! 準備して」
ポーっとさせていた顔が瞬時に涙目に変わる。状況がつかめずあたふたしている間にも、魔族の模型は自身の脳を光らせ、また五つあるタンクを目指して粒を飛ばす。
「そんな……いきなり言われてもできま……せんよ?」
キュン、キュンという理想のタイミングでウンケルは二つのバチを操った。結果は先程のオールミスから一転、四つのタンクを仕留めることに成功した。
「よし、成功だな!」
俺はやった! と胸中でガッツポーズをする。俺のレクチャーはちゃんと身になるんだ。
例え彼女は覚えていなくても、体は俺が指導したあの感覚と、リズムを忘れてはいない。
俺がそういう風に調整したのだから。
「結構な数の敵を倒した経験値か知らないけど、いつの間にか新しい武器と魔法が増えていたな」
彼女達と訓練をしていたお蔭で、俺はだいぶこの武器のことを知れた。
まず一つ、このコントローラーはゲームのプレイヤーのようにレベルが上がり、自動的に新しい機能や技が追加されるということ。
初期時のスペックではコマンド①の【装備した魔法を使って戦う】には氷系統の魔法しかなかったが、いつの間にか炎系統の魔法が二つ、治癒系統の魔法三つほどが追加されていた。
武器の方も、五種類くらい追加されていた。ウンケルには、その内の一つである、他者共有機という、他者の体と自分の感覚を共有させる道具を使った。
ウンケルが覚えていないはずなのに、あのキュンキュンというリズムを覚えていたのはそのためだ。
残りの四つの武器もレア級の豪華な武器で、本来なら即刻四枠の装備欄に埋め込んでいるのだが、俺には既にどんな武器でも復元可能な完全武装もとい汚い手袋があるため、結局俺の武器の装備欄はすかすかなままだった。
「俺さーんできましたよ」
とてとてと俺の方へ駆けながら、ウンケルはニパアと眩しい笑みを見せてきた。その姿はさながら天使のようで、俺の心は一瞬であの笑顔に持ってかれてしまった。いやあ、こんな可愛い子と一緒に過ごせるなんて異世界悪くないじゃん! 殺し合いは嫌だけど。
「よかったねー。ウンケル」
アイリンも年相応の無垢な笑みを浮かべていた。彼女は見た目だけはと小動物みたいに可憐で、あるはずのない母性をくすぐられる。急いで保護したくなってしまうほどだ。
本当、印象で人を判断するものじゃない。ウンケルの次に繊細で、か弱い娘かと思いきや、彼女は俺のレクチャーを誰よりも早く飲み込み、たった一回の指導で【酔拳少女】フルコンボし、挙句の果てには魔族の模型の粒とタンクを片手だけでぶっ叩き、一発でクリアしてしまったのだ。
一本の棒を器用に動かすその様は、筋肉ダルマの男二人よりも屈強で、勇ましかった。俺が女だったら間違いなく惚れていた。百合エンドだった。
「おい、お前らも二人を見習って練習しろよ」
俺の必死の呼びかけも空しく届かず、フォウズとフォウンヌはずっとゲームをしていた。こいつら、これから死に物狂いの戦いが始まるってことを理解しているのかな?
「まあ、いいや。ちょっと外で休憩してくる」
四人の練習に付き合ってからかれこれ五時間はたっている。
ただでさえその前に大剣振り回したり、魔王サイドの将軍と死闘をしたりと無茶をして心身ともに限界をきたしているというのに、このまま無休でこいつらの面倒を見ていたら流石に死んでしまう。
元々地球では引きこもりのような生活を送っていた人間だ。今は奇跡的に平静を保っているが、いつ蓄積された疲労が襲ってくるかはわからない。
ここは無茶をせず、いったん休息をとるべきだ。
「おう、行ってらっしゃい」
「何言ってやがんだ。これを返せ」
フォウズからスマホを奪う。休みの最中に弄るものといえばスマホしかありえない。
「うわ! バッテリーがもう二%しかないじゃんか。やり込みすぎだ」
さっきまでは九十%はあったはずだ。こいつら、まおまおちゅんの魅力につかりすぎだ。
「すまねえな。あと、お前さんのスマホって奴はこのゲーム以外に入っているものはないのか? 電話帳って欄も、メール受信ボックスってとこも空だったが」
「人が気にしてることを言うんじゃねえ!!」
もうここに来てから胸がずっと傷付きっぱなしだ。フォウズがそんなこと言うから実の両親にまで着品拒否と受信拒否されたトラウマが蘇ってくるじゃねえか……
いやあね、メールで友達招待したらゲームにお得なポイントが付くんですよ。それ目当てでメール送りまくったら拒否されちゃった。ついでに電話もしてくれなくなっちゃった。てへ。
これ以上気持ちを静めさせないためにも、一刻も早く外に出て休憩をしよう。そう決心した俺は誰の声にも反応せず、急いで扉を開けた。