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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
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入院前6

ヌートリアの話。その2。

 水中を泳ぐヌートリアは、動きも遅く、必ず呼吸のために水面に顔を出します。それを待って、鷹を投げたら簡単に捕獲が出来るはずだったのですが、さにあらず。私のミスは、遠近の関係で水中にあるヌートリアの大きさを見誤った事でした。

 「小さく」見えていたのです、ドブネズミサイズの「子ヌートリア」に。だからこそ、捕ろうとしたのです。もちろん、何処に出かけても「捕る獲物が居ない」というフィールドの状態が、最大の理由だったのは間違いありません。

 「ぷかあ」と、息を吸うために目の前の水面に浮いてきたヌートリアに、やる気の鷹を放ちます。ポンとつかみかかります。きっちり、鷹は頭部をつかんでいる━━━━━━なんか、大きい!?

 「親ヌートリア」なんです。相手がものすごい大きいのです。水中に居て、さらに水面からも少し高い位置から見下ろしていて、ヌートリアが小さく見えていたらしいのです。私は、大急ぎで水面に飛び込みまして、ヌートリアの頭部を革手袋でつかみました。鷹がヌートリアに反撃を受けると、切歯で片脚を食い千切られたりする事があるからです。

 事実、後で判明した事ですが、たまたま囓られたのが金属性の足環のある側で、これが脚部を守り、「切断」をまぬがれていた様です。アンクレットには、1センチ程度の生々しい切れ込みが出来ておりました。もちろん、脚部には出血している箇所が見付かっております。

 さて、本来鷹を据えるのに使う左手の革手袋で、ヌートリアの頭部をつかんでおります。迂闊に反撃でもされたら人間だって大怪我をしますから、絶対に放す訳にはまいりません。ガッチリ握ったままです。鷹の方で「これは無理」となって、獲物は放してしまいましたが、私は放しません。何が何でもトドメを入れるしかないのです。

 ヌートリア、実際はウサギ類とかでも同じなんですが、「どうやったら死ぬか」、わかりますか?本来なら、鷹狩の主旨の通りなら、鷹が実力で以て獲物を殺せないといけません。しかしながら、ヌートリアを殺せるとしたら、それはクマタカ以上の体格を有した連中でなければ難しいでしょう。そういう体格のある連中は、現代では特定動物に指定されておりまして、実猟に用いる事が出来ません。刃物を使うのはどうでしょうか?実はこれも駄目で、ヌートリアくらいの大きさのある生き物の心臓を一撃で刺し貫けるくらいの刃渡りのある刃物を持ち歩いていたら、現代では銃刀法違反で捕まります。そもそも、鷹匠の人たちには狩場で刃物を持ち歩く習慣がありません。頸動脈を掻き切るとかでもいいはずですが、ヌートリアくらい皮膚の分厚くて丈夫な生き物相手では、容易に皮膚を切り裂いて血管までアプローチする事が出来ません。

 答えは簡単で、それほど難しい行為を必要としません。「窒息」です。心臓ないし胸部に膝を当て、左手で頭部をガッチリつかんだまま、鷹の邪魔にならないように全体重を掛けます。それなりに平らな場所や斜面であれば、この方法で安全に時間をかけずに獲物の息の根を止める事が出来ます━━━━━━しかし、この時はそうではなかった。

 垂直に堀状になった、高低差のある用水路だったのです。水面から見上げると地面は私の頭の上です。実際には深さがあったので、水面に飛び込んで初めて、見上げるほどの高い所に地面がある事を知りました。これでは上手に窒息させる事が出来ません。


 失敗、大失敗です。後で分かった事ですが、獲物の重量はなんと7キロ弱、これを水に浸けて窒息なんか試みた日には「水を得た魚」、むしろ息を吹き返して逃げられかねません。やむを得ず、鷹には口餌を渡して地面に移動させ、完全に両の手が使える状態にしたところで、宙吊りのまま、ヌートリアをコンクリの壁面に叩き付けて死なせようとしました。ところが、一撃で殺すつもりが全く死なない。いえ、チカラが入らなくて足りなくて、勢いも何もあったもんじゃありません。今から振り返ってみれば明らかな話ですが、皮膚筋炎の影響で筋力が低下していたのです。自覚症状に乏しい病気なので、まさか出来ないとは思いませんでした。「失敗」の話は、これだけでは終わりません。腕の筋力が衰えていただけでなく、足腰の筋力も衰えていたのです。この3週間ほど前、薬研でカルガモを獲ったときは、「なぜか」息が上がっただけでした。筋力はまだ十分なものを有していたのです。ところが、この時は、水路をウェーダーをザブザブと履いたまま移動して(これだけで気を失いそうになりました)、ハシゴになっている所があるので陸に上がろうとしたのですが、濡れたウェーダーと水が重くて、上手く足が上がらず、何度もなんどもやり直して(勢いを付けながら足をかけ直して)、「這々の体」で地面に辿り着いています。這いつくばるようにして、「このまま死ぬんじゃないか」といった体たらくで地面に這い上がったのを覚えております。いえ、獲物のヌートリアにしても、一撃でトドメが入れられなくて何度も壁に叩き付けて、とにかく弱らせ、地面に放り投げ(これも、何度かやり直している)、とにかく地面に上がってから改めて足を使って体重を掛けてトドメを入れました(これは一回で出来た)。

 皮膚筋炎は、産生された抗体により筋肉が標識され、免疫担当細胞が筋肉を攻撃するようになる病気です。これは常時行われているもので、私の筋肉は普通の人たちよりも最初から傷んでおります。だから「いつの間にか」筋力が無くなっていくのですが、この状態にある筋肉を「ヌートリアにトドメを入れるべく」、普段使わないくらいの力を使って頑張って何度も繰り返し酷使すると、どうなるでしょうか?既に、修復する能力を、傷害する作用が上回り始めていた頃の出来事です。この日を境に、入院するまで、私の右手は強い痛みを放ち続けるように成りました。


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