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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
16章

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蓮華とは蓮や睡蓮のことでもある

直腸ポリープの件だけが病気ではない。

 もちろんちゃんとしたオチがあったはずですが、私自身は忘れてしまっている。「お寺さん」という所では檀家の衆を集めてはありがたいお話を聞かせてくれるのですが、子供の頃に聞いた話で、蓮池(はすいけ)の故事みたいなのがありました。当時子供の私が聞いて、いい加減に覚えている内容ですが、それなりの含蓄(がんちく)はある。

 蓮池(はすいけ)というのは池の底に光が差す様に手入れをしないと、その池の中の生き物が死滅してしまう。お寺の小僧は、この作業が嫌いで蓮の葉を間引かないでいた。蓮の葉というのは、一枚が二枚、二枚が四枚と、倍々に増えるのだという。サボりにサボっていた蓮池(はすいけ)(はす)の葉は、気が付くと増えに増え、池の半分を占めるまでになった。このとき小僧は、いよいよ作業を面倒くさがり、「まだ半分だ」と言って、いつものように(はす)の葉を間引かないで寝てしまった――――――翌日は地獄絵図が広がっていた。という、昔の『日本昔ばなし』みたいな説法。つまり、「大丈夫そうに見えている間に何とかしないと、手遅れになる」という、獣医さん御用達(ごようたし)の教訓だったのです。私はそう(おぼ)えていた。いえ、私はこの話を「お寺さん」で(おぼ)えたという記憶があるだけで、実は当時お寺のテレビで何かやっていたかもしれず、お坊さんが話したかもしれず、かなり記憶はいい加減です。『説法百選』みたいな元ネタ集みたいな物でもあるのかと思い、探したこともあったのですが、結局この年になっても分からず(じま)いでした。


 「まだ半分だ」という立ち位置・状態が、実際には引き返せるギリギリで分水嶺(ぶんすいれい)というのは、もちろん獣医師としての教訓ではあるのですが医師にしても同じらしく、私は退院して1()()()()()()()2()()入院を勧められました。いえ、その後のも含めたら3回です。面白いのは、医師によって考えがあるらしく、同じ治療を勧めてきた方はおりませんでした。これは入院の話をしなかった医師についても同じで、あちらはあちらで「やらない」という考えがあって、その様にしていたのです。先方は先方で色々考えてくれて、おそらくは「自分の能力の範囲で今ならなんとか出来る」という見込みで(もっ)て提案をしてきてくれたんですから、それを()()()()()蹴った患者なんて、池の生き物たちを死滅させた坊主並みに阿呆で(たち)が悪いと思っております。いえ、どうやら患者目線というのは「まだ半分だ」に見えるものらしいと、つくづく思うようになりました。視点が違うのです。

 「今月の私はどれくらい死にかけですか、先生?」なんて開口一番に言っちまうのは、べつに医師に対する嫌みでも何でもないのですが、医師側にしてみれば「またコイツかよ!」と思われているのかもしれない。いえ、体感上は不調は標準仕様で常に具合はどこか悪く、それでも調()()()()()のです。


 7ヵ月ぶりにステロイドが減薬されて、とうとう日量13mgになった日の朝、私はこんな事を書いていたらしい。


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