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捜鷹記  作者: 檻の熊さん
16章

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オオキンケイギクの道

やる事のない2週間を、ぶちぶちと愚痴りながら過ごしておりました。


 文部省唱歌で『ふるさと』というのがありますが、驚いた事に今でも小学校で歌われているそうです。この歌詞の中で、今の世の中ではちょっとお目にかかれない独特なフレーズというか生き物が出てまいります。例えば「小鮒(こぶな)」という生き物です。これが分かるだけで「昭和の人間だ」と言われてしまうくらい、今ではちょっと見かける事がありません。「フナ」という魚を見かける事が珍しくなっている上に、この魚は当時なら断りを入れる必要が無いくらいありふれた、そこいら中に居た()()()()という魚です。今どき、もしもフナを見かけるとしたら、その魚はゲンゴロウブナか放流された金魚の成れの果てだと言われます。中には、放流されたマゴイの稚魚を「フナ」だと誤認しているケースもある様です。もう一つ、これもなんと申し上げたらよろしいのか、「恙無しや(つつがなしや)」という歌詞です。これ、ツツガムシ病の事なんです。正しくは「Mite」と言われる、顕微鏡で見付ける様な小さなダニが媒介する感染症で、ダニ自体は犬や猫が感染するカイセンとか耳ダニと同じ物です。要するに、その昔の日本では野外でこういう生き物に咬まれる人がたくさん居て、具合が悪くなったのです。つまり、()()()()()()()と無縁であるという意味で、「つつがなし」とは「無病息災」という意味で使われたのです。今となっては、分かる訳がない単語です。私が最後にその辺の川でギンブナを釣ったのは、中学校に上がる前でした。私が中学生時分、理科の実習ではまだ魚の解剖がありましたが、用意出来た魚はブルーギルでした。それほど昔の話です。


 ああいえ、何故か無駄に気になったのがオオキンケイギクでした。駆除もだいぶ進みましたが、一年前の春、あちこちの病院に通院を始めた頃、つまり春に特定外来生物であるオオキンケイギクが咲き乱れていたのを覚えていたのです。「とうとう、見かけなく成ったのだろうか?」「季節がまだ早いのか?」とかやっておりました。たかだか2週間先に予約があっただけなのですが、気が付くと春の野の花々が色々と変わっていくし、近所のガソリンスタンドは閉めちまうしで、私の病気以上に世間はめまぐるしく変わります。そんな様子に、感慨深げにしておりました。

挿絵(By みてみん)

オオキンケイギクです。この場所の大群落だけは、例年消えて無くならないでおります。


参考文献

矢口高雄, ニッポン博物誌『ケダニ先生奮戦記』, 山と溪谷社, 2020

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