嘘と本当と希望と現実(4/4)
「よく反省しな。今日の食事は抜きだからね」
「ロナルト様は悪くないんです! あの人が怪我する前に使用人たちを止めてください!」
「あんなのを庇うのはおよし。まったく、流石はあの女の娘だね」
「お母様のことは今関係ないでしょう!?」
「あるね、大ありだよ。あんたは母親に似て惚れっぽいんだから……」
伯母様は酷薄な目付きになった。
「あたしの義理の妹が浮気してたって話、知らないのかい?」
「どうせ皇太后陛下のことでしょう!? あんなのは噂ですよ!」
「は? 陛下? 違うよ。帝都の外に住んでる、どこぞの不逞の輩さ」
思ってもみなかったことを言われ、私は立ち竦む。伯母様は眉根を寄せた。
「義妹が死んだのは、その浮気相手のところへ行く途中に事故に遭ったからなんだよ。あんたの父様は随分ショックだったようでね。娘は絶対にそんな浮ついた女にはしないと誓ったらしいよ。なのにこれだ。血は争えないねぇ」
一体どんな恐ろしい情報が飛び出してくるのかと覚悟していたけれど、話の意外さに拍子抜けしてしまう。
お母様は浮気なんかしていなかった。訪問していたのは、エドウィン様のいた離宮だ。
でも、お父様はそれを知らなかった。だから勘違いしてあらぬ憶測を立ててしまったんだろう。
誰も本当のことをお父様に話さなかったんだろうか? ロナルト様とか皇太后陛下とか。
……もしかして、二人ともお父様が事情を察していなかったと知らなかった?
お母様の日記によると、離宮への訪問は「バレると厄介なことになるから秘密にしていた」らしいけど……。ロナルト様たちは、家族には本当のことを話していたと思ったのかもしれない。
「あんたの父様は、昔はもっといい加減な男でね。そんな事件でもなけりゃ、今頃のあんたはもっと放埒な娘に育ってたはずだよ。母親の犠牲のお陰で、あんたは本物の淑女になれる機会を得たんだ。運がいいのか悪いのか分からないことだね」
伯母様は吐き捨てるように言ってドアを閉める。外からカギをかけられる音が聞こえ、物思いから覚めた私はドアを思い切り叩いた。
「伯母様、開けてください! 伯母様っ!」
けれど、返事はない。遠ざかっていく伯母様の足音だけが廊下に響いていた。どうやら伯母様は私をしばらく部屋に閉じ込めておく気らしい。
だけど、大人しく言いなりになる気なんか毛頭なかった。窓を開け、さっさとそこから外に出る。ここは一階だから脱出なんか簡単だ。
警戒しながら庭を忍び足で歩いたけれど、ネコの子一匹いなかった。そう言えば、庭師はロナルト様が倒しちゃったんだっけ。
難なく門の外に出ると、屋敷から少し離れたところに馬車が止めてあるのを発見した。ロナルト様が言っていたのはこれのことだろう。私は馬車の近くにいた御者さんと思しき中年男性に声をかける。
「ロナルト様が危ないです! 助けに行ってあげてください!」
続けて事情を説明すると、御者さんは目を剥いた。
「旦那様! 今参りますぞ!」
御者さんは腕まくりしながら屋敷にすっ飛んでいく。……あれ? もしかして仲裁じゃなくて助太刀に行った感じ?
まあ、事態が丸く収まるならどっちでもいいけど……。
そう思った傍から、二人が屋敷から出てくる。特に怪我はないらしく、元気そうな様子に胸をなで下ろした。
「あんな奴ら、旦那様の敵ではありませんな!」
御者さんが馬車のドアを開けてくれる。私とロナルト様が乗り込むと、馬車はすぐに出発した。
「勝ったんですか?」
「辛勝ですけどね」
ロナルト様が余裕たっぷりに答えたから、絶対に嘘だと確信した。詐欺師はやめて、宮廷の武術指南役にでもなった方がいいかもしれない。
「あなたの伯母様にも許可をいただきましたし、少なくとも後顧の憂いはありませんよ」
「あ、あの伯母を説得したんですか!? どうやって!?」
「名前と身分を明かし、『あなたの姪御さんを、是非宮廷にお招きしたいのです』と誠実に頼み込んだら許していただけました」
「跪いた旦那様に手を取られて甲に口付けられた時のあのご婦人の顔、お嬢様にも見ていただきたかったですな!」
話が聞こえていたらしい御者さんが愉快そうに言う。私は笑うしかなかった。
「人を誘惑するのはやめたんじゃなかったですか?」
「あれは説得ですよ」
武術指南役から詐欺師に戻ったロナルト様が心外そうに言った。




