帝都へ(1/1)
そこからの旅は順調だった。
道中、私はロナルト様からお母様の思い出話をたくさん聞かせてもらった。日記だけでは分からなかった生の記憶に触れ、私の心はとめどとなく弾んでいく。
この短い旅で、ロナルト様とはいい友人になれたと思う。
交流を重ねていく内に、私はロナルト様のあらゆる面にレディーの鱗片を垣間見て、あの優しい手紙を何度も書いて寄越してくれたのは本当にこの人だったんだとはっきり実感できるようになっていったんだ。
彼は自分の犯してしまった罪を片時も忘れないようにしているらしかったけど、私は過去の出来事でロナルト様を批難するのはやめようと思っていた。
昔起こった事件の数々は、全部あらゆる偶然が積み重なり、それが悲しい結果となってしまっただけのことだった。それよりも私にとって重要なのは、ロナルト様がレディーとして私を支え続けてくれたという実体験の方だった。
それに他の嬉しい発見もあった。ロナルト様は中々几帳面なところがあり、やり取りした書簡などは全て控えを残しているそうだ。もちろん、「レディー」として私に送ってくれた手紙も例外ではない。
事故によっていくつか紛失してしまったレディーの手紙があると話すと、ロナルト様はもう一度同じものを届けると約束してくれた。
大切なものなのに永久に目にすることは叶わないと思い込んで、そのことが心のどこかにずっと引っかかっていた私は有頂天にならざるを得なかった。
私たちが帝都に戻ってきたのは、伯母様の家を出てから数日後のことだった。宮殿の前で停車した馬車からロナルト様の手を借りて外に出る。
「ここ最近の殿下は、ずっと皇太后陛下の元に身を寄せておいでですよ」
ロナルト様が教えてくれる。私は「お世話になりました」と、ロナルト様や御者さんにお礼を言った。
「ここから先は一人で行きます」
「健闘をお祈りいたしますね」
ロナルト様は親愛に満ちた言葉を残し、去っていった。私は城の中に入る。そんなに長く離れていたわけじゃないのに、ここに来るのは本当に久しぶりな気がした。
「クリスタ」
玄関ホールを抜けようとした時のことだった。列柱の影から出てきた男性に、私は目を見張る。お父様だった。
「ど、どうして……?」
「姉上から早馬で手紙が届いた。お前を帝都に送り返す、と。しかもあの宮内大臣の口車に乗せられたとか……」
お父様は額に手を当てた。
「クリスタ……本当に……お前には何と言っていいのか分からん。いつになったら自分が何をするべきか理解するんだ?」
「……その言葉、そっくりそのままお返しします」
私は挑戦的に言い放つ。
「伯母様から話を聞きましたよ。お父様は昔はもっと寛容な人だったんでしょう? だけど、お母様の死によって変わってしまった。お父様は、お母様が愛人と密会しようとして事故に遭ったと推測しました。だから……」
「何てことを言うんだ、クリスタ!」
私の話を遮り、お父様は怒鳴り声を上げた。
「そんなわけないだろう! 愛人などと、そんな……!」
お父様は否定したけれど、声が裏返っていた。
当時のお母様は皇太后陛下と仲がよすぎると噂になったり、ロナルト様に言い寄られたりしていたんだ。そこから奔放なイメージがついてしまって、きっとお父様はありもしない想像をしたんだろう。
私が最低男と駆け落ちしようとしたと聞いて、お父様が激怒したのも無理はなかった。自分の妻を誘惑していた男の息子が、今度は娘を毒牙にかけた。これほどショッキングな惨事もない。
「お父様の言った通り、お母様には愛人なんかいませんでした」
私は本当のことを告げる。
「お母様はエドウィン様のところへ行っていたんです」
「……殿下の?」
「それに今、私はお母様と同じことをしようとしています。私はエドウィン様のところへ行きたいんです。そこを通してください、お父様」
当惑顔をしつつも、お父様は動かない。私はため息を吐いた。
「また私を叱りますか? 閉じ込めたり、伯母様のところへ送り返したりしますか? でも、何をされたって私は諦めませんから! 今日みたいに何度でもエドウィン様のところへ行きます!」
私の宣言に、お父様は瞠目した。それから五秒、十秒と経ち、たっぷり一分も経過した頃、ようやくお父様が口を開く。
「お前が外見だけではなく、中身まで母親と同じだったとは。彼女も、やると決めたらてこでも動かなかった」
お父様が脇へ退いた。
「間違っていたのは私の方だったというのか……? ……もういい、クリスタ。好きにしなさい」
「……ありがとうございます、お父様」
私はお父様が空けてくれた道を早足で進んだ。
お父様との関係も、きっと今後は今までと違った風になるかもしれない。だけど、今はそんなことを考えている時ではないだろう。
ロナルト様に教えられた通り、私は迷いのない足取りで皇太后陛下の部屋に向かった。
緊張しながらもお目通りを願うと、まるで私の訪問を予期していたかのように陛下はあっさりと入室を許可してくれる。
「あなたがクリスタさんね。本当にお母様にそっくりですこと」
皇太后陛下はエドウィン様を華奢な女性にして、もっと儚い雰囲気を足したような方だった。
お母様が「真珠姫」とあだ名をつけたのも納得だ。硬い貝殻に守られながらひっそりと輝く宝石のように健気な魅力がある人だもの。
「息子に会いに来たのでしょう? ……ごめんなさいね、ずっと昔のつまらない争いに巻き込む形となってしまって」
「陛下……私は……」
「どうか何も仰らないで。その代わり、今度は私のところへ遊びに来てね。あなたのお母様との思い出話を聞いて欲しいの」
皇太后陛下は壁に近寄り、そっと手を触れた。薄水色に塗られた壁は、よく見るとそこだけ「M」という文字を取り囲む貝殻のマークが彫られている。
皇太后陛下が少し力を込めると、そのマークがへこんだ。陛下はそこに手をかけ、横に引く。すると、音もなく周りの壁が動いて、奥へ続く通路が出現した。
「この先はね、私の秘密の部屋なの」
内緒よ? とでも言いたげに皇太后陛下は唇に人差し指を当てる。まるで少女のような表情をしていた。
「エドウィンはこの中にいるわ。……あの子をよろしくね」




