傷心の令嬢は、裏切りに気付く(1/3)
あれからどうしたのか全く覚えていない。お父様に声をかけられて、初めて我に返った。
「クリスタ、また出かけていたのか」
屋敷の玄関ホールにいた。歩いて帰宅したのか、馬車を使ったのか、それすら判然としなかった。
一つ分かっていたのは、ずっと自分の指先を反対の手で握っていたということだけ。そこは、エドウィン様にキスされたところだった。
「殿下と会っていたんだな? 手紙の差出人捜しは終わっただろう。あれの送り主は私だったということ、お前たちも納得したはずだ。なのに、何故まだ一緒にいるんだ。今度は何をしている?」
そういえば今日はお父様に何も言わずに出て行ったんだ。そのせいもあって、お父様はご立腹のようだった。
だけど、私はそんなことを気にするどころじゃない。先ほど気付いたばかりの事実にすっかり心を奪われてしまっている。
エドウィン様に恋をしてしまった、という事実に。
「クリスタ、聞いているのか?」
上の空の娘に、お父様が苛立ちを隠そうともせずに言った。
「何をしていたんだと尋ねている。きちんと答えろ」
「デートですけど……」
指先をぼんやりと撫でていた私の頭からは、言い訳をするという発想がすっぽりと抜けていた。
言ってしまった直後に大失態を犯したと気付き、恐れおののきながらお父様を見る。お父様は氷の塊を飲み込んだような顔をしていた。
「デート……だって?」
お父様が動揺を隠せない声で言った。
「まさか……あの噂は本当だったのか? お前と殿下がよからぬ関係になっているとかいう……」
「『よからぬ』って……。ただの恋人で……」
ああ、もう! さっきから何をやっているんだろう!? 墓穴を掘りまくって、ついには私たちの関係を暴露しちゃうなんて!
苦々しい思いで服の上からポケットを握りしめる。そこにはエドウィン様が描いてくれた私の似顔絵が入っていた。おぼろげな記憶によれば、どうしても欲しくなって彼にねだったものだった。
「約束だったんです」
今さら遅いかもしれないけど、慌てて言い添えた。
「手紙の差出人を見つけたら彼の恋人になる、っていう。それで私……」
「仕方なく恋人になったのか?」
お父様は呆れと怒りが半々の表情を作った。
「それなら、そんな約束はなかったことにしてもらえ。まったく……。なんということをしてしまったんだ……。かつてお前に恋人がいた時、奴が何をしたのか忘れたのか?」
「エドウィン様はそんな人じゃありません」
反論はしたけれど、痛い所を突かれてしまった。
これは恋なんかじゃなくてただの契約です。
そんな風に言い返せたらよかったのに、それすらもできない。エドウィン様への恋心を自覚してしまった今となっては、どんな種類の言い逃れも虚しく聞こえてしまうだけだ。
「クリスタ……。やはりお前は帝都にいるべきじゃない」
お父様は失望を込めて言った。
「前から言い続けていたが、さっさと実行に移すべきだった。荷造りをしろ。お前には当面、私の姉のところで暮らしてもらうことにする」
「お父様!」
この話題を出されるのは久しぶりだったから、私はショックを受ける。お父様以上に頑固で古風な伯母様。お父様はあの人の元で、私を「理想の淑女」に生まれ変わらせるための教育をするつもりなんだ。
「私はそんなところへは行きません! 何があっても!」
「聞き分けのないことを言うんじゃない! このままだと、お前の未来にはろくなことが待っていないんだぞ!」
「そんなの知りません!」
「クリスタ! これは父親としての命令だ!」
「命令!? ふざけないでください!」
いつも以上に激しい口論の末、破れかぶれになった私は後先考えずに屋敷を飛び出した。




