最後の戦い
大富豪・剛皇寺源十郎が生き返った。
決して死んだフリをしていたわけではなく、本当に生き返ったのである。
「地獄でお前たちの戦いを見ていたぞ。腑抜けたトーナメントだったなら、あのまま死んでいてもよかったのだが……」
目を見開く源十郎。
「皆の戦いぶりを見ていたら生き返るしかない、と決心してな! 閻魔大王に頼んで生き返ったわ! ガッハッハッハッハ……!」
白髭を生やし、死に装束を着たまま大笑いする源十郎。とてもついさっきまで死んでいたとは思えない。
妻である妖子が生き返った夫に話しかける。
「ああたが生き返ったのは残念ざますが、嬉しいざます。夫婦喧嘩の戦績は561勝561敗だったざますから。未練もあったざます」
「うむ、そうであったな。妖子」
どうでもいいが、561+561は1122となり、1122(いい夫婦)となる。本当にどうでもよかった。
「一郎、ワシも飛び入り参加するぞ。スーパーシードになってしまうが、遺産は元々はワシの財産だし、文句ないな?」
「もちろんだよ、父さん」
急遽、剛皇寺源十郎vs剛皇寺一郎という対戦が決まってしまった。「女房を質に入れてでも」という言葉があるが、自分を含めて一族全てを人身売買組織に売り払っても見なくてはならない好カードである。
ここで弁護士の江戸川が一つの指摘をする。
「しかし、源十郎様が勝った場合、遺産はどうなるのでしょう?」
「当然、ワシが相続する。自分の遺産を自分で相続してはならないなどという法はなかろう」
「たしかに! そんな法律はありません!」
多分ない。きっとない。細かいことは気にしてはならない。
とにかく、源十郎vs一郎が始まるのである。
「始めッ!!!」
源十郎と一郎が睨み合う。
「一郎よ、三試合を戦い抜いてダメージを負っているお前を相手に本気を出すのは少々気が引けるな」
「笑わせるなよ、父さん。ダメージとかいうなら、父さんはさっきまで死んでただろ」
「それもそうだ」
源十郎は笑うと、両手から炎を召喚した。
これには妻である妖子が驚く。
「おかしいざます。生前の主人には炎を操る能力はなかったはずざますが……」
まるで炎以外は操れたような口ぶり。
「親友になった閻魔から教わったのだよ。地獄の炎のあやし方というものを」
まるでペットをあやすように炎を動かす。
「燃え尽きるがよい……地獄火炎!!!」
紅蓮の炎が一郎にまとわりつき、包み込む。どうにか社気でガードする一郎だが――
「ククク、地獄の炎は10億℃……いくらお前でも防御し続けられんぞ」
苦悶の声を上げる一郎。
もちろん、リング外で観戦している他のメンバーもタダではすまない。あまりに暑いので、手で自分を仰いだり、薄着になったりしている。
メイドの凛が気を利かせて、冷たい飲み物を用意した。
「皆さま、どうぞ」
しばしドリンクタイムとなるのだった。
周囲はドリンクを飲む一方、一郎はリングの上でバーニングしていた。
「ぐあっ! あづいっ! ぐぞおおおおっ!」
一郎は炎を振り払おうとするが、全く振り払えない。地獄の炎は生き物のように絡みつく。蜘蛛の巣でもがく虫状態だ。
「なんつう炎だ……!」
「兄さんでも振り払えないなんて……」
繁三、鋭二の兄弟が、ソフトドリンクを飲みながら驚愕する。
「一郎さん……!」と妻・麗美も顔を青ざめさせる。
「あれを振り払う方法は一つしかありませんな」と山田さん。
「それは一体……!?」
弁護士・江戸川の問いに、山田さんは真剣な面差しで答える。
「光です。地獄の炎はいわば“闇”……それを吹き飛ばすほどの“光”が必要なのです」
ただし、と付け加える。
「炎に焼かれている今の一郎さんに、そんな光を出せるかどうか……」
――ゴォォォォォッ!!!
高笑いする源十郎。
「燃える我が子を見るのもまた一興よ! ガハハハハハ!」
鬼畜丸出しの発言をする。さっきまで地獄で鬼と酒盛りしていたので無理もないが。
燃えながら一郎は考える。
俺はここで負けるわけにはいかない――
敗退した7人のためにも――
俺を信じてる社員のためにも――
ここまで勝ち上がった自分のためにも――
そう、俺は社員! 社長である前に、『俺株式会社』という企業の社員なのだ! 俺を倒産させてはならない! 父さんを倒すために!
「うおおおおおおおっ……!!!」
「な、なんだ!?」
驚く源十郎。
一郎の体から謎の光が放射される。
「なんだ、この光は――」
「やっと体得できたよ……。伝説の社員だけが放射できるという……社員閃光!!!」
激しい閃光が、炎を吹き飛ばした。
目を丸くする源十郎。
「このまま父さん……あんたを……殴るッ!!!」
猛ダッシュから、一郎の全てを込めた魂の右ストレートが炸裂した。
右拳が源十郎を真正面から打ち抜き、その体ごと吹き飛ばした。
「ぐはあああっ……!」
リング外に墜落した源十郎は、ついに起き上がることはなかった。
審判はその様子を見て、戦いを終わらせるのだった。
「勝負ありッ!!!」
***
倒れた父を抱きかかえる一郎。
「父さん、しっかり!」
「うう……」
「死なないでくれ!」
「フッ、さっきまで死んでいたワシに無茶を言う……」
しかし、源十郎は体を起こすと、
「心配無用だ。お前との戦いで、かえってワシの体も回復したらしい」
優れた戦士は死闘を繰り広げると、かえって回復するものなのである。もし身近に体調を崩した戦士がいたら試してみよう!
源十郎は先ほどまでとは打って変わって穏やかな表情になり、言った。
「一郎、母さんだけでなくこの父まで乗り越えてくれて、親としては本当に嬉しいぞ……」
「ありがとう、父さん……!」
同じく息子である鋭二と繁三も駆け寄る。
「父さん!」
「親父!」
「鋭二と繁三、お前たちも成長したな。優勝は逃したが、今日の敗北を糧に立派な医者とプロデューサーになるのだぞ」
さらに他のメンバーにも――
「麗美さん、今後も一郎をよろしく頼む」
「もちろんです!」
「メイドの鈴代君、剛皇寺家のメイドが務まるのは君しかおらん」
「お任せ下さい」
「山田さん……。ええと、いい通行ぶりを見せてもらいました」
「いえいえ、楽しく通行ができました」
さすがの源十郎も、山田さんに対するコメントは困ったようだ。
いよいよ表彰式。
実の父をも下し、優勝した一郎に、1000億円が相続される。
「兄さん、遺産は何に使うんだい?」
鋭二からの問いに、
「そうだな。まず、10億円を審判さんへの報酬に」
この大会が円滑に行われたのは審判がいたからである。この報酬は当然であった。審判は最初固辞したものの、号泣して土下座までする一郎に根負けし、10億円を受け取った。
「それと親孝行をしたいな」
一郎が源十郎・妖子に振り向く。
「やれやれ、ワシならもう孝行してもらったというのに」
「いい息子を持ったざます」
そして、宙を仰ぐ。
「あとはいつも俺を支えてくれている社員たちに使いたい」
社長である一郎がこのトーナメントを優勝できたのは、紛れもなく社員たちのおかげである。
「……とまぁ、模範的な回答はここまでにしておいて」
一郎が笑う。
「とりあえず、トーナメントに関わったみんなでパーッとやるかぁ!!!」
皆が同調する。
かくして、一郎、鋭二、繁三、源十郎、妖子、麗美、凛、江戸川、山田さん、審判の10人は打ち上げに向かうことになった。
楽しい夜になりそうだ。
山田さんは家族に電話をかける。
「ああ、トーナメント終わったよ。今日はちょっと遅くなるから……うん、楽しんでくるよ」
遺産相続トーナメント ― 完 ―
完結となります。
最後まで読んで下さりありがとうございました!