新たな思いⅠ
「ねえ、ディアナ。さっきおかしなことを言っていなかった?」
課題がひと段落した頃合いで気になった事を聞いてみました。そこそこ賑わいをみせていたサロンも人がまばらになってきています。
「おかしなこと?」
ビビアン様が去ったあとのサロンの席で、ディアナが首をひねって真剣に考えています。
「ないわね」
思い至るところはないときっぱりと言い切るディアナに肩を落とす私。曖昧な言い方では伝わらないみたいだわ。
「あのね。私の結婚のことだけれど、何も決まっていないのよ。お相手なんていないのに、ビビアン様に嘘を言ったらいけないと思うわ。しかも高貴な方とかなんとか……」
高貴な方って、一人しか思い浮かばない。言っている自分が恥ずかしくなって、段々と声が小さくなってしまいました。
「いいんじゃないの? 時には、はったりも必要よ。ビビアン様にはそのくらい言っておかないとまた絡んでくると思うわよ」
「はったりって……でも、嘘はいけないと思うわ。ないものをあると言ってはご迷惑をおかけするかもしれないし」
巡り巡って、もしもレイ様の耳に入ったら? 事が軽くすまなくなる可能性だってあるのに。
「そう? あながち嘘でもないでしょう?」
「えっ?」
私は大きく目を見開きました。驚く私にディアナはクスクスと笑っています。
「何か知っているの?」
レイ様のプロポーズのことは両親にはもちろんの事、ディアナにも誰にも話していません。それなのに事情を知っていそうなディアナ。
「知らないわよ。でも、あなたたち二人を見ていれば、なんとなく予想は出来るわ。進展していそうで進展していない状況がね」
「……」
全て見透かされていそうな気配に彼女をまっすぐ見ることが出来ずに俯いてしまいました。
こうなったら正直に話してしまった方がいいのかしら? 助言をもらった方が解決するかしら?
自分の気持ちに折り合いをつけるのは難しくて、完全に断ち切ることが出来ない。かといって、レイ様の思いを受け止めることも出来なくて……ゆらゆらと自分の心が揺れている。
「フローラ。躊躇う必要はないと思うわよ。あなたに必要なのは自信よ。自信を持つこと。それが何より必要な事ではないかしらね」
「自信……」
たぶん、これが一番ないものなのかもしれないわ。
取り柄と言えば研究が好きなことくらいで、見た目は地味で冴えない平凡な容姿。ビビアン様のような華やかな容姿やスタイルを持っているわけでもない。おまけに婚約者に見向きもされず婚約解消された傷物令嬢。
どこに自信を持つ要素があるのか分からないわ。
「そうよ。あなたはもっと自分を誇っていいのよ。フローラの研究は国益を齎しているし、性格だって素直で優しくて純粋だし、容姿だって可愛らしいわよ。フローラはさしずめ森の奥に咲く野ばらというイメージね。朝露に濡れて瑞々しく咲いている可憐な野ばらよ」
「それは……ちょっと褒め過ぎでは?」
スラスラと賛辞の言葉がディアナの口から飛び出してきて、面食らってしまいました。
研究はともかくも性格だって気弱で言いたいことも言えずにしり込みしてしまう消極的な性格。暗い、根暗ってよく言われていたわ。容姿だってビビアン様が大輪の薔薇なら私は道端のぺんぺん草よ。いえ、ぺんぺん草に失礼かもしれないわ。どこをとっても褒められるところなんてない。
自分の欠点はスラスラと出てくるのに、良いところはちっとも思い浮かばないわ。
「褒め過ぎって、褒め足りないくらいよ。わたしが言うのだから間違いはないわ」
胸を張って答えるディアナの顔は自信に満ちています。わたしのどこを見て断言できるのか頭を悩ますところ。手放しで褒めてくれるのは友人だからということが大きいのでしょうけれど、嬉しい気持ちがないわけではありません。でも、やっぱり褒め過ぎよね。
ディアナの半分でも誇れるところがあればいいのに。
「それで、レイニーとはどうなっているの?」
「えっ?」
自己嫌悪に陥って沈んでいるところに、レイ様の名前が飛び込んできて、180度転換した話題に思考がフリーズしてしまいました。一瞬、何を聞かれたのか分からなくて、ディアナの顔を凝視します。
「今現在の状況を知りたいと思って。予想はついているけれど、予想は予想だもの。本人から話を聞くのが一番いいと思ったのよ。それで、どうなってるの?」
「どうなってるのって、言われても……」
予想もしていなかった質問にドギマギしてしまって答えに窮してしまいました。
「告白はされたの? プロポーズはされたの?」
矢継ぎ早に聞かれて思考が追いつかないわ。
ディアナの瞳が爛々と輝いているように見えるのは気のせいではないわよね。
今まで具体的なことは聞かれたことがなかったし、私もレイ様とのあれこれは話したことはなかったわ。人に話すような内容でもなかったから。思い返せば、顔から火が出るほど恥ずかしい数々が掘り起こされそうで怖いわ。
「どう、答えればいいの?」
「どうって、ありのままを答えればいいと思うわよ」
「それは……そうかもしれないけれど」
どうすればいいのでしょう? ディアナに事の次第を話してもかまわないのかしら?
ディアナを見れば答えを待つ姿勢で悠然と構えてこちらを見ています。
適当に誤魔化して帰るわけにもいかないでしょうし、彼女に対してそんなことはできるはずもありません。事実を話すだけなのに、なんと勇気のいることなのか。
ごくりとつばを飲み込みました。
レイ様は第三王子。ディアナは王家に近しい令嬢だもの、厳しい目を持っているに違いないわ。
もしかしたら、私の判断に的確な答えを出してくれるかもしれない。
「きちんと話すわ」
私は紅茶で喉を潤して姿勢を正すと話しを始めました。できるだけゆっくりとわかりやすく切実な気持ちが伝わるように。




