揺れ動く気持ちⅣ
支度が整い、部屋に案内されるとテーブルでケーキを食べているリッキー様が目に入りました。
大好きなメロンがのったケーキはあと少し。
「リッキー。口にクリームがついてる」
レイ様がナプキンでリッキー様の口を拭いてあげています。ほんわかと心が温まる光景に頬が緩みました。
「あっ。ローラおねえちゃん」
リッキー様は私の前まで来ると
「きれーい」
ためらいもなく褒めてくださいました。幼くても王子様。人を喜ばせる術を知っていらっしゃるのでしょう。
「ありがとうございます」
額面通り受け取ったりしませんが、侍女達が一生懸命着付けてくれたドレスとメイク。彼女達が褒められているようで嬉しくなりました。
「ねえ。レイおにいちゃん。見てー。おねえちゃんきれいだよ」
手を引きレイ様の元へと連れて行かれました。西の宮まで来たのだもの。彼に会わないわけにはいかない。グイグイと引っ張られる勢いのまま部屋の中に入っていくと、あっという間にレイ様の前。
椅子に座ったままのレイ様を見下ろす格好になってしまい、気まずくて俯きました。
久しぶりに会うレイ様は、相変わらず見目麗しくて美形な王子様。ドキドキと心臓が脈打ち落ち着かない気持ちで、挨拶をしなくてはいけないのに、それすらも憚れて声が出ませんでした。
「レイおにいちゃん。きれいでしょう」
心の中であたふたしている私の気持ちを知らないリッキー様は、自分の事のように褒めるくださいます。
もしかして、怒っていらっしゃるかもしれないとあの日の無礼な出来事が頭をよぎって、視線が上げられず下を向いていると
「うん。綺麗だね。ローラ、顔を上げて」
レイ様の優しい声に恐る恐る顔を上げるとレイ様が微笑んでいました。
「レイ様、いえ、レイニー殿下。先日の非礼をお詫び」
「ローラ」
最後まで言い終わらないうちにレイ様が名前を呼びました。ハッとしてレイ様を見ると悲し気な表情を浮かべています。
「今まで通りでいいのに。なぜ、呼び方を変えるの?」
「ご迷惑ではないかと思って……」
私なりにけじめをつけたつもりだったのです。馴れ馴れしくしては、いつまでも勘違いをしてしまうかもしれません。それにお相手の方にも失礼になると思い、改めたのですが……
「俺はそんなこと言ってないし、思ってもいないよ。今まで通りでいいから。それとも、これから俺に、フローラ嬢もしくはブルーバーグ侯爵令嬢と呼んで欲しいの?」
それは、考えていませんでした。
「あ、あの……」
なんと答えていいのかわからなくて言葉が続かずつ口を閉ざしました
フローラ嬢。ブルーバーグ侯爵令嬢。
これからのことを思えばその方がいいのでしょう。けれど、急に遠くなった距離感にショックを受けている自分がいました。これに慣れなければいけないのかと思うとズキッと胸が痛みます。
ドレスを握りしめてどう答えればいいのか迷っていた私にスッと影が差しました。
「これからもローラって呼ばせてくれる?」
力が入った手にそっと触れたレイ様の手。
「……はい」
これ以上は抗えませんでした。
「俺のことはこれまで通りでいいから。これで、おあいこだね。さあ、おいで」
レイ様の温もりに力が抜けて、触れたところから熱が灯っていくよう。用意された椅子に座るとレイ様が微笑んでいました。
「おかわり」
リッキー様の元気な声が聞こえてきました。
「畏まりました。どうぞ、殿下」
空になった皿を手早く片付けたルーシーの後にケイトがケーキの乗った皿を差し出しました。
「リッキー様。もう、お腹いっぱいでは? あちらでもおやつ召し上がりましたよね?」
「だって、お腹すいてるもん」
目をキラキラさせながら、二つ目のメロンのショートケーキを食べ始めました。
今日の東の宮でのおやつはミルクとクッキー。夕食も控えているとなると妥当な量だったと思うので、ここでケーキを二個も平らげると夕食は入らないのではないかしら。
「おやつ目当てで遊びに来ているもんだからな。咎める者もいないし」
そういってセバス達側近に視線を移すレイ様。セバス達は目を合わせないように、顔をあらぬ方向に向けて聞かないふりをしています。その通りなのでしょう。少々、バツが悪そうな顔をしていました。
「レイ様もですか?」
先ほどの言い方からするとレイ様も例外ではないのでしょう。場の雰囲気を壊さないように、思い切って聞いてみました。緊張してぎこちなさはあるけれど。
「俺? 俺は違うって言いたいところだけど、一番甘やかしているかもしれないな。甥っ子って無条件にかわいいから、ついつい甘くなるんだ」
なんとも甘やかな表情で紅茶を口にしたレイ様。思わず見惚れてしまいました。私を見る目が温かくて少しだけ妖艶な色も孕んでいて、いけないと思うのに目が離せなくて……
「ローラおねえちゃんは食べないの?」
甘美な雰囲気に酔っているところへリッキー様の声に空気が霧散してしまいました。目の前にはケーキと紅茶がセッティング済み。レイ様に見惚れている場合ではなかったわ。恥ずかしい。
「いただきます」
小さめにカットされているから、これだったらお腹に入りそう。食べている間は会話をすることもないでしょうから、ちょうどよいかもしれないわ。
「ローラもおかわりしていいからね」
「……いえ、一個で十分です」
からかい気味な声でレイ様が笑っています。レイ様の元には紅茶のカップだけ。テーブルに肩肘をついてリッキー様を見て、そして、私を。
会話のない方が、食事に夢中になっている方が、気が楽だと思っていましたが、時間稼ぎになると思っていた自分の考えが浅はかだったと身に沁みました。
熱を持った瞳が私を見つめている。感じる視線に気づかないふりをして、紅茶に手をつけました。
沈黙の時間がこんなに神経を使うものだったとは思わなかったわ。それに自分から沈黙を破る勇気もなくて、レイ様が送る熱い視線に耐えながら、時々、美味しそうにケーキを頬張るリッキー様の様子を眺めて、やり過ごしていました。




