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揺れ動く気持ちⅢ

 レイ様を目にした途端、私は一歩下がりました。ここにいてはいけない。いる資格もない。帰らなくては、私の役目はここまで、そう思ってリッキー様に従ったのですから。


「お待ちしておりました。さあ、フローラ様。中へどうぞ」


 部屋に促したのは相好を崩したセバス。


「いえ、私はここで。リッキー様をお連れしただけですから」



 中に入ることを固辞していると部屋の奥で、エルザ達がエプロンで目頭を押さえて涙ぐんでいる姿が目に入りました。護衛騎士達は拳を握って小さくガッツポーズを繰り返していて、侍従達は喜悦の表情で微笑んでいます。

 理解しがたい奇妙な光景に気を取られている隙に、ササッと歩み寄ってきたケイトとルーシーに腕を組まれました。離さないとばかりにガッツリと。


「さあ。フローラ様、お召替えを致しましょう」


 エルザの気合の入った声に二人の侍女も頷きます。


「えー。ローラおねえちゃん、どこに行くの?」


 レイ様に抱っこをせがんでいたリッキー様が不満げな声を上げました。レイ様は無言でこちらを見ています。私の訪問が突然過ぎたのか状況を把握できていないような表情。私は気まずくなって目を逸らしました。


「リチャード殿下、お着替えに行くだけですよ。しばらくお待ちくださいね」


「リチャード殿下。今日のおやつはメロンのショートケーキです。すぐにお持ち致しますが、いかがですか?」


 エルザの後に間髪入れずセバスが口を挟みます。


「メロン! やったー。食べるー」


 キラリンと目が輝きました。曇っていた表情がメロンの一言で一変したリッキー様。


「では、クリスとジャックは厨房へ行ってください。それから、ダンとアルは……」


「俺達はマロンのお相手を」


 と言いながらダンの手にはすでに猫じゃらし。アルはミニサイズのボールを持っています。ダンが猫じゃらしを左右に振るとマロンの目がキラッと光りました。


「ニャ、ニャン」


 エイブの腕の中から飛び出すと一目散にダンの下へ駆け出しました。猫じゃらしの後を追って動き回るマロン。ボールを持ったアルも待ち構えています。


「それでは、テーブルと椅子の準備をしましょう。それから……」


 セバスがテキパキと指示を飛ばしています。何気に統制の取れた動き。何が起こっているのかわかりませんが、みんなが張り切っているのはなんとなくわかります。 


「さあ、フローラ様、行きましょう」


 呆気に取られていた私はやっと我に返りました。


「エルザ、私はここまでよ。リッキー様をお連れしただけ。だから、ごめんなさい」


「せっかくですから、ここでゆっくりなさってください。わたくしたちも待っておりましたから。少しの間だけでも、お願い致します」


 頭を下げるエルザにこれ以上嫌だとは言えず困ってしまいます。


「ローラおねえちゃん。僕、ケーキを食べて、お利口にして待ってるからね」


 トコトコとそばまで来たリッキー様の健気な姿を見ると断るのも大人げないような気がしてきました。

 少しの間だけなら、レイ様のご迷惑にならないかしら。


「レイ様は、その、大丈夫でしょうか?」


「大丈夫ですよ。サプライズだったので、ちょっと固まっていらっしゃるだけだと思いますよ」


 クスクスと笑うエルザ達。

 私の訪問はレイ様をそんなに驚かせたのかしら? そうよね、プロポーズをお断りして逃げたのだもの。二度と宮には足を運ぶことはないと思っていたから。


「でも、レイ様にはご迷惑ではないかしら?」


「そんなことございませんよ。心配なさるのでしたら、直接お聞きになればよろしいかと。ただ、先にお召替えを致しましょう。わたくしたちの腕の見せ所ですからね」


 何を言っても解放してくれそうにありません。リッキー様も待っています。呆けたままのレイ様は気にかかりましたが、エルザに従うことにしました。




♢♢♢♢♢♢♢♢



「顔色も良くなられてスタイルも元に戻られたようですね。よかったですわ」


 ドレスに袖を通して鏡の前に座ると侍女達が安堵の息を漏らしました。


「心配させてしまって申し訳ないわ」


 あの時はまだ回復途中で体調が戻っておらず、顔色も体重も万全とは言い難い時でした。あれから、体調を整えるために食事や睡眠などに注意して健康の回復に努めました。


「お気になさらずに。この透明感のある肌が損なわれず、回復されてよかったです」


「本当。きれいですよね。素肌の方が透明感があるなんて、羨ましい限りです。すっぴんのままでもいいくらいです」


 お化粧を落として素肌をさらした私の顔を見つめて、ケイトとルーシーが見惚れています。自分では透明感のほどがわかりませんが、ディアナも同じことを言っていたような気がします。


「フローラ様って、ファンデを塗らない方が綺麗だと思うんですよね。あとは眉と口紅くらいで十分だと思っていたのですけど」


 そんなことを言いながら、ケイトが化粧水をのせています。

 それは、さすがに無謀では? ただでさえ地味な顔立ちなのに、お化粧がなくてはさらに地味になってしまうと思うのですが。


「わたしもそう思う。ファンデで透明感がなくなってしまうのは惜しいわ。まっさらの方がお綺麗なのに」


 綺麗って、ルーシーまで、何を言い出すのでしょう。二人共目が悪いのかしら? 眼鏡が必要ではないかしら。


「あなたたち、いい加減しなさい。そんなことをして、大変なことになったらどうしますか? わたくしは責任は取れませんよ。それに、このことは一人だけが知っていればよいでしょう」


「そうでしたね。余計な心労をかけてはいけませんものね」


 エルザが諭してくれましたが、少々、府に落ちないことがありました。一人だけってどういう意味なのでしょう。

 意味が理解できなかった私は首を傾げましたが、二人はエルザの意見に納得した様子。聞いてみた方がいいのか迷いましたが、これ以上、時間を取られるのはよくないと思い断念しました。

 それからは気を取り直したケイトとルーシーが素早くお化粧を施してくれました。




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