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遠い告白Ⅳ

 私の姿を認めたレイ様はそばまで来ると


「よかった。姿が見えないから帰ったかもしれないと思って焦った。よかった。ここにいてくれて」


 息を整えながらも一気に話すレイ様に驚きつつも嬉しさがこみ上げてきます。探してくださったのね。


「すみません。ちょっと疲れたので風にあたっていました。私もレイ様にお会いできてよかった」


 額に汗を滲ませてどのくらい探してくださったのか。胸が熱くなってどんな言葉で表せばよいのでしょうか。言葉が見つかりません。ハンカチを持った震える手で額を拭いました。

 目をつぶって大人しく汗を拭かれているレイ様は無防備な幼子のようで、微笑ましくて、知らずに笑みが零れてしまいます。


「ありがとう」


 パッチリと目を開けたレイ様のきれいな菫色の瞳に、とくんと甘く心臓が脈打ちます。覚えのあるこの感覚。ずっと、ずっと前から、私はレイ様が好きだったのだわ。レイ様の瞳に映る自分を見つめながら、過去の出来事を辿り感慨に浸っていました。

 

「ハンカチは洗って返すからね」


 レイ様は私の手からハンカチを取ろうとして手を伸ばします。


「いえ。大丈夫ですよ。汚れていませんし、私でも洗えます」


 後ろ手にハンカチを隠すとレイ様も負けじとさらに手を伸ばしてきます。


「そんな、ローラの手を煩わせるわけにはいかないよ」


「大丈夫ですよ。私だってハンカチくらいは洗えますからお気になさらずに」


「いやいや、ローラが洗うくらいなら俺が洗うから」


「えっ?」


 ちょっと信じられない言葉が返ってきて一瞬、動きを止めてしまいました。王子殿下が洗濯って想像もつかなくて面食らっている間に


「隙あり」


 いたずらっ子のような顔したレイ様に後ろに隠していたハンカチを取られてしまいました。


「あー。レイ様」


 気づいた時には遅く、ハンカチはレイ様の懐に収まった後。ふふんと勝ち誇った顔のレイ様が子供のようで、口元が綻んでしまいます。


「洗って返すからね」


「あの……レイ様はやめてくださいね」


「えっ?」


 とても心外な顔をされました。やっぱり。ご自分で洗うつもりだったのですね? なんとなく、そんな気がしたので先手を打ったのですが。


「ローラに洗えるなら俺にもできると思うんだよね。まかせて」


 なんだか自信ありげに片目をつむって見せたレイ様ですが、果たして大丈夫でしょうか? 


「ん? 私にできるならっておっしゃいましたよね? どういう意味なのでしょう?」


 これはちょっと聞き捨てならないような気がしてきました。 


「俺、そんなこと言ったっけ?」


「言いました。とぼけないで下さいね。それって、褒めているわけではないですよね」


「ローラだって洗濯したことないよね? 俺と同じで」


「あります。いつも洗濯してますから。布類ですけれど」


 レイ様の声にかぶせるように答えました。研究や料理に使った布などは自分で洗いますからね。ちなみに食器類や鍋とかも洗います。あらぬところに発展しそうなので、これは内緒です。


「洗濯するのか。凄いな。じゃあ、洗濯の仕方をローラに教えてもらおうかな」


 王子殿下に洗濯をさせるなんてできません。教えるわけがありません。


「それでは、そのうちに機会があれば」


 言い出したら聞かない方なので、適当に答えておきましょう。


「今からでもいいけど」


 また、突拍子のないことを。レイ様らしくて頭を抱えてしまうわ。


「今は祝賀会なので、この次にしましょう」


 ここはきっぱりと断っておかないと危ないわ。曖昧な返事をしていたら宮に直行コースになりかねない。洗濯場所ってそこしか思い浮かばないんですもの。


「わかった。この次ね。楽しみに待ってる」


「はい。この次に」


 よかった。聞き分けてくださったわ。


 なぜ、そんなに洗濯がしたいのかしら?

 楽しみだなんておっしゃっているけれど、王子殿下のやることではないですよね。ハンカチ一枚くらいなら洗濯に時間はかかりませんが、側近の方々が困るのではないかしら。絶対、この話題には触れないようにしましょう。


 隣に腰を落ち着けたレイ様はどことなく得意げに見えました。

 それにしてもくっつきすぎではないでしょうか? 隣に座るレイ様に慣れたといえ、この距離は許されるものなのでしょうか?

 先程の令嬢達の姿が思い浮かびました。チクンとした痛みをともなって。


「星がきれいですね」


 憂いを払うように空を見上げました。

 数多の星々が夜空を飾り光輝いています。大きな満月がぽっかりと浮かんでいました。


「そうだね。でも星よりもローラの方が……」


 レイ様が何かを言いかけた時、ミシッと音が聞こえました。

 私達は顔を見合わせました。


 ここは木々が立ち並んでいて人の姿があっても見えず目隠し状態になっています。

 悪いことをしているわけではありませんが、二人きりですから見つかるとまずいかもしれません。じっと様子を窺っていましたが、声も足音も姿も現す気配がありません。

 気のせい? そう思い始めたところに


「もっと、奥に行こう。王家の庭園があるんだ」


 レイ様が耳打ちをしました。

 うっかりしてました。今夜は大勢の貴族達が集っています。用心した方がいいのかもしれません。レイ様の迷惑にならないように。


 私達はベンチから離れて奥へと進んでいきました。


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