31.バレンタインデーを楽しみにしてる
「面白そうじゃないの」
その日の夜、わたしは矢島くんへLINEで通話をかけた。
そして慎重に言葉を選んで計画を告げた。
わたしの話を一通り聞いて、出てきた感想がそれだった。
自分で話を持ちかけておきながら、正直、信じられなかった。
嫌だと言われる可能性は大いにあった。
矢島くんが仮に少しでもわたしに好意を抱いていた場合、それが消え去ってしまう可能性だって。
「本当に、いいの?」
もう一度たずねると、矢島くんは例のよく通る声で、わたしに告げる。
「もちろん。むしろ、そういうのに誘ってくれて嬉しいぐらい。だってさ、俺もおかしいと思ってたんだよ。バレンタインデー禁止、なんてさ。青春にはありえないだろ、そんなの」
矢島くんが軽いトーンで言うその言葉に、なぜだかひどくほっとする。
そう、そういうことなんだ、と言い出したいけど、言葉にならない。
見えないとはわかっていても、わたしはスマホを握りしめながら、何度も大きく、うなずく。
そして矢島くんが続ける。
「こういうのはどうなんだ、って、全校生徒に見せてやろうぜ」
矢島くんの明るい声を聞いていると、何もかもがうまくいくようにさえ、思えてくる。
このまま暗い話なんかせず、電話を切りたくなってもいた。
それでもわたしは、一応、たずねた。
「……停学になるかもしれないけど、いいの?」
「いいよ」
即答だった。
「どうせ帰宅部だし、推薦なんか取れっこないし。はじめから普通に大学受験をするつもりだったから、停学なんてのは、大したことじゃない。かえって、いい経験になるの」
いい声なのと、軽い言い方で、妙な説得力がある。
それがなんだかおかしくて、わたしはつい、笑ってしまった。
「そうなの?」
「そうだよ。それに浦下と一緒に停学になるのなら、どこかに遊びに行く相手にも困らなくていい」
不意に言われたそんな言葉を、わたしはずるいと思う。
どきりとした心を鎮めるため、ゆっくりと一つ、息を吐く。
それからわたしは言った。
「停学中って、どこかで遊んでたりしちゃダメなんじゃないの」
「そのあたりは、実際になってみないことには、な。ほら、いい経験になるだろ」
そう言った後、画面の向こうで笑い声が響く。
そして、不意に話題が移り変わる。
「そういえば、来週は遊園地に行くんだろ?」
「うん、行きたい」
「どこに行く?」
そういって矢島くんは様々な遊園地の名前を口にする。どれも電車で行けるところにあるらしい。
近くがいいか、遠くでもいいのかを矢島くんはたずね、わたしはどちらでもいいと答えた。
そして距離よりも知りたいのは雰囲気だと言った。
それからしばらくは、来週の外出についての話になり、やがてただの世間話になった。
絵美里の弓道の腕前についての話をすると、矢島くんは意外そうな声をあげていた。
どうやら絵美里には真面目に部活にはげむイメージがなかったらしい。
わたしも同感だと答えると、おかしそうに笑っていた。
「じゃ、バレンタインデーを楽しみにしてる」
通話の最後に、矢島くんはそう言った。
電話が切れると、わたしはスマートフォンの表面を撫でた。
バレンタインデー自体はまあ、それはそれとして。
わたしの初恋も、うまくいくといいなと、そっと願った。