【10話】懇願
そういうと縁さんは僕からターゲットを外し少し離れた場所で僕らを見つめていた悠に向かっていく。
一瞬で距離を詰めバールをものすごい速さで振り回す。
振り降ろされるバールは毎回、頭部や心臓等的確に人体の急所を狙っている。
「ちょ、待って!ゆかりん!わたっ、しはっ、関係ないっ、でしょ!
今日はっ、幹也のっ、訓練でっ、うわっ!」
悠はバールの切っ先が体を掠める寸前毎回息を止めて紙一重で透過を使って躱していく。
懸命に距離を取ろうとするが縁さんは必至で逃げようとする悠にぴったりと追いすがる。
僕も縁さん止めようと二人の間に割り込もうとするが二人に近づく度に手ひどく吹き飛ばされ
関節を抜かれまともに割り込む事も出来ない。
能力のおかげで吹き飛ばされてもすぐに戦線復帰する事も出来るが縁さんにとっての僕は
なんの障害にもなっていないらしい。
悠に関しても基礎訓練を積んではいるが移動に関しては本人の身体能力に依存する。
攻撃を避ける度に呼吸を止め、縁さんを説得しようとしながらも
攻撃から逃げるために体を激しく動かす。
更に近接戦闘に関しては歴然とした実力のがある。
懸命に逃げようとしてはいるがなかなか距離を取ることは出来ない。
そんな事をしていれば当然だが悠の呼吸に呼吸に徐々に乱れが生じる。
僕の目から見ても悠の呼吸は完全に乱れ、もはや肩で息をしている。
縁さんの攻撃はかなり厄介だ。
バールで殴られれば当然それなりのダメージを食らうがそれだけではない。
仮に軽くでも掠ってしまえば体の関節が外れその場から動くことが出来なくなってしまう。
一度でも攻撃が当たってしまえば終わり。
現状肉弾戦でしか攻撃手段がない僕らではその危険を避けながら致命打となる
攻撃を撃ち込まなければならない。
正直言って絶望的だ。
「ちょ、ほんとにっ、そろそろっ、…っっがはっ!!」
呼吸のタイミングを計られないよう不規則な呼吸を使い、逃げ回ってはいたが
激しい動きを続けていればどうしても息を吸い込まなければならないタイミングはわかりやすくなってくる。
恐れていたことが起きてしまった。
呼吸のタイミングを狡猾に狙っていた縁さんの攻撃がついに悠の脇腹を捉えた。
吸ったばかりの息が痛みと衝撃で肺から強引に押し出される。
そのまま吹き飛んでいく悠の体が地面に1、2回バウンドしてだらりと止まった。
脇腹に受けた攻撃で関節を外された状態の為まともに受け身も取れない。
体が地面を弾む際何度か頭部を強く打ち付けている。
力なく地面に倒れ伏す悠にすかさず縁さんが追撃を仕掛ける。
あっと思い僕も二人に間に割り込もうとしたがその時にはもう遅かった。
跳躍した勢いを殺す事無く落下の力をも乗せた鋭く固いバールの先端がズクリと悠の腹部に刺さったのを僕は目撃してしまった。
縁さんの行動は心のどこかで冗談だと思っていた。
あるいは自分が縁さんを止めることが出来ないから冗談だと思い込みたかったのかもしれない
ところが縁さんの行動には何の躊躇もなかった。
僕は目の前の光景を見て急速に頭に血が上るのを感じていた。
普通そこまでやるか?
たまたまそこに居合わせたから?
僕が不用意に悠を同行させたのが悪いのか?
藤宮さんを助けなかった僕が悪いのか?
僕に嫌な思いをさせたいのなら僕に向かってくればいい。
なんで関係ない悠を狙うんだ。
いや、考えてみれば簡単かもしれない。
僕の能力ならいくら傷つけられたところですぐに元に戻る。
僕にとって一番傷になりやすいところを狙っただけだろう。
縁さんの言っていた僕が悪いという言葉を一瞬思い出しかけたがそれは違う。
意地でも僕は認めない。
そんなくだらない事で悠が殺されてたまるか。
悠の腹部についた傷を見て血の気が引いたが替わりに体が熱く熱を帯びる。
怒りで手先が震えた。
気づくと右手を血が出るほど握りしめていた。
数メートル先では縁さんがとどめを刺そうとバールをもう一度頭上高く振りかぶっている。
それを見た瞬間僕は何も考えられなくなってやめろ!!と大声で叫びながら縁さんに飛び掛かっていく。
助走をつけた蹴りが縁さんの側頭部を捉える。…はずだった。
僕の体重を乗せた渾身の蹴りは素早く構え直したバールで一寸の狂いもなくガードされる。
そのまま二打、三打と打ち込むが先ほどと変わらず弾かれる。
攻撃を避けられるたび今の僕に悠が救えないという事をわからされている気がして
益々気が焦り感情が高ぶる。
そして、焦り、怒りで大振りになってしまった蹴りを打ち込もうとした時ついに縁さんの攻撃が牙を剥いた。
蹴り出した左足の骨からミシリと鈍い音が僕の体内を伝わる。
痛みに歯を食い縛りながらも足を素早く治癒をする。
が、そこまでだった。
右足を地面に着こうとした瞬間、鋭い痛みと共にガクンと体勢が傾く。
バランスを崩し転倒したが気づいた時にはもう遅かった。
バールが僕の眼前まで迫ってきており次の瞬間には顔面をフルスイングで打ち抜かれ僕の体は宙を舞う。
顔が焼けるように熱い。
脳が痛覚の処理でオーバーフローを起こして痛みではなく熱さとして認識したのだろう。
吹き飛ばされながらも全身にわたって複数個所の関節が外れているためまともに受け身も取れない。
僕は体中を固いコンクリートの地面に叩きつけられながらゴロゴロと転がっていく。
「今更本気になったの?さっきの蹴りは少し重かったわね。
初めからその威力を出せていたら少しは違ったかもしれないわね。
貴方が手を抜いていたから悪いのよ。あなたの判断ミス。私も悪いところがあったかもしれないけど
あなたが悪いの。」
床に転がされた僕の方まで歩み寄ってきた縁さんはその場でしゃがみ込むと、その容姿と同じとても穏やかな口調で話しかけてくる。
僕だって初めからこうしたかった。
僕は人よりアドレナリンやエンドルフィン等脳内麻薬の分泌量が多いらしいというのは
研究職員が言っていた。
ただ、多いだけで自由には出来ない。
研究職員からは訓練次第である程度はコントロール可能だとは言われているけど
未だに意識しては出来ていないのが現状だ。
僕の努力不足だ。
……この人と話していると自分を責める癖がついてしまいそうだ。
こんな性格だから縁さんと藤宮さんは相性が良かったのかもしれない。
内罰思考の縁さんと全てを許容する受け皿としての藤宮さん。
ただ、問題なのはどちらの思考も勇者に与えられた偽物だっていう事。
そんなどうでも良い事をぼんやりと思う。
「でも、遅かれ早かれ私が貴方の大事な悠さんを殺すことには変わりはないわね。
貴方が成長しようがしまいがどうでも良いの。私はこのつらい気持ちを誰かにわかって欲しいだけなの。」
「やめろ!やめてくれ!なんでだよ!悠は関係ないだろ!お前おかしいよ!」
僕は悠には死んでほしくないでも、どうあっても縁さんには敵わないそれが悔しくて、受け入れられなくて半ば駄々を捏ねるように声を上げる。
脱臼を直す時の痛みはあるが我慢できない程じゃない。
勇者に腹を切り裂かれたり両腕が砕けるまで殴りつけた時の方がよっぽど痛かった。
グキっと鈍い音を立てて無理矢理足の関節をはめ込むとよろよろと立ち上がる。
そのまま悠にゆっくりと歩み寄ろうとするゆかりさんめがけて襲い掛かる。
それでも結果は大して変わらない。
能力で関節を外されたり時にはバールで抉られるような一撃を叩き込まれるがその都度何度も
立ち上がり彼女に追いすがった。
だがそんなことを何度やっても状況は何も変わらない。
駄々を捏ねる子供とはいはいとあしらう大人のような状況に自分の無力さを感じ、情けなくなる。
次第に縁さんと悠の距離は近づいていきもう目の前まで来ている。
僕はどうしようもなくなって悠を守るように覆いかぶさる。
僕の能力で悠の傷を治すが意識を失っているらしく目を覚まさない。
「お願いします。殺さないで。悪いのは僕です。藤宮さんを助けられなかった僕が悪いんです。
僕にならいくら怒りをぶつけても構いません。だから、お願いします。」
「そうね。じゃあこうしましょう。可哀想だから私はあなたともう一度戦ってあげるわね。
…あなたが諦めるまで。
もしあなたが諦めたら改めてこの子を殺すことにするわ。
私はあなたが絶望してゆく様が見たいだけなの。
貴方にとってはただの引き延ばしにしかならないかもしれないけれど
もしかしたら痛めつけていれば私の鬱憤も晴れるかもしれないわね。精々頑張ってね。」
絶対に負けられない。
考えるのはやめた。悠を殺させるわけにはいかない。
今の僕はどんなに惨めでもその場に立ち続けるしかない。