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第八話 役職

「たぶん今頃ネットは大変なんだろうな……」


 関連ニュースを見ると、彼女の引退理由について様々な憶測が立てられていた。宗教に入信したことが原因だとか、体調不良が原因だとか、彼女にパイロットの素質があったから軍に入隊するためだとか、本人サイドが何も言わないことをいいことに色んなことが言われていた。

 芸能人というのは大変だな。俺はそんなことを考えながら、スマートデバイスのボタンを押した。ボタンを押すとソーシャルネットワーキングサービスが表示されていた画面はもともとのスタート画面に戻る。


「歩きながらスマートデバイスの操作は感心しませんね」


 ふと声が聞こえたので、スマートデバイスから視線を逸らす。

 するとそこに立っていたのは、ミランダだった。

 ミランダは黒い特殊警棒を持っていた。理由は無い。なぜ確定した発言かといえば、かつてミランダ本人に聞いたことがあるからだ。なぜ警棒を持っているのか、ということについて。答えは至ってシンプルなもので――「特にない、それがどうかしたか?」といわれて一蹴されてしまった。

 まあ、別にそこまで詳しく情報を得たいとは思っていなかったから別にいいのだけれど、いざ軽くあしらわれてしまうとそれはそれで辛い。


「あー、何をしているのかと聞きたいのですけれど、どうやら自分の世界に入っているようですからそれも叶いませんね?」


 ミランダの溜息混じりの諦観にも似た声を聞いて俺は我に返る。

 ミランダの表情を見ると、面倒事を無理矢理押しつけられたような――そんな感じに見えた。因みに、確定的事項と言っても過言では無いだろうが、その『面倒事』は九割九分は俺のことだろう。


「いえ、何でもございません。……それはそれとして、歩きながらのスマートデバイス使用は禁止となっていなかったと思いますが?」

「マナー的にはよろしくありませんよ。たとえ禁止されていないとしても」

「そんなものでしょうか」

「そんなものです。……さて、話を続けましょうか。あなたはいったい医務室で何をしていたのですか」

「何を……って。あなたも知っているでしょう。俺の『仕事』についてですよ」


 仕事。

 その会話自体には特に変なところは見つからないだろう。

 しかし、仕事に二面性の意味を持っていて、そのいずれも知っている数少ない人間の一人であるミランダは、普通の人とは違う反応をする。


「……この部隊はあなたがいないと何も出来ませんからね。そのあたりはほんとうにありがたいと思っていますよ」

「……別に俺は、凄いことをしているつもりはありませんよ」


 そう。

 俺はただ仕事をこなしているだけなのだから。

 ただ『普通』にしているだけ。


「その普通が普通ではないのですよ、ラルース一級兵。あなたはもう少し、あなたに課せられた『役職』の重要性について考えたほうがいいと思いますよ。余計なお世話かもしれませんが」


 警棒を収縮させて、そのままミランダは立ち去っていった。

 ほんとうに、彼女は何がしたかったのだろうか――そんなことを一瞬考えたけれど、あまりそれについては言及しないことにした。正直、ミランダは思考が堅いところがある。それでたまにうまく部隊が回らないことも少なくない。何だかんだ言って彼女もまだまだ子供だということかもしれない。俺と大して年齢が変わらないから、ミランダから言わせてみれば何を偉そうなことを言っているのか、という話になるのかもしれないけれど。


「あ、そうそう」


 ミランダは何かを思い出したのか、踵を返した。

 俺は何があったのかとミランダに視線を合わせる。


「あなた、そういえば昼ご飯は食べたのかな? 別に食べないとか、もう食べているのなら別にいいのだけれど、今日はビーフシチューらしいから色んな人が続々と集まっていたよ。在庫がいつまで残るか分からないけれど……、食べたいなら早めに行ったほうがいいと思うわよ?」

「ビーフシチュー、だと? そんなこと、初耳だぞ! 急いで向かわないと……! ありがとう、ミランダ大尉!」

「ございます、をつけろ。ございます、を!」


 ミランダが最後に何かを言っていたようにも見えたけれど、すでに俺は食堂へ向かって走り出していたのでその言葉の詳細まで聞き取ることは出来なかった。



 ◇◇◇



 ミランダは、通路を走っていくラルースを見ながら深い溜息を吐いた。

 そもそもミランダはあまりラルースのことを知らない。ラルースは色々な部隊を異動しているため、別に彼と初対面の人間が部隊の大半を占めていてもおかしくはない。

 では、どうしてそんなことになっているのだろうか? 人は噂話が大好きだ。だから彼の異動についても、ラルース自身が深く語らないことから、色々な憶測が立てられている。前の部隊で人を殺してしまったとか、そうではなくても大きなミスを犯してしまったとか、或いは彼と関わった部隊は死神の如く滅んでしまうとか。

 ミランダから見てみればそんなものは下らないことばかりだった。核心を突いているものは当然ながら一つも無いわけだし、プライバシー或いは名誉を著しく毀損していると言っても過言では無かった。

 しかし、ラルースはそれについて言及したことは無い。きっと目立ちたくないのだろう。それは彼の『役職』をやっていく上でやりづらいことだからかもしれない。

 そんなことを考えながら通路を歩き始めるミランダ。

 彼女も彼女で、多くの仕事を抱えているためだ。

 この戦場でいかに死人を出さないようにするか――そう言った理由で配属される司令官だが、データ上では戦場で死人はほとんど出ない。だからこのような平和な状態が続くのは致し方ないことなのかもしれない。

 ミランダはそんなことより溜まった仕事を片付けねば、と自分の部屋へと向かおうとしていた。

 ちょうどそのときだった。

 頭上からけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 サイレンが宿舎内に鳴り響く事と言えばあまり種類は多くない。一つ、宿舎内に何か重大な問題が発生したか。そして、もう一つは――。


「もう来てしまったのか、『敵のネフィリム』が……!」


 そう。

 もう一つのサイレン。それは、敵襲の合図だった。


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