第九話 発進
「戦況はどうなっている!」
ミランダはオペレーティングルームに入り、開口一番そう言った。
「敵のネフィリムは、こちらに侵攻しております!」
「それは分かっている! それ以外、ネフィリムの情報は!」
「不明です!」
舌打ちをして、オペレーティングルーム中心にある椅子に勢いよく腰掛けるミランダ。
「……まさかこんな早くやってくるとは思いもしなかったぞ。というか、そのためにネットワーク網を構築していたのではないか! 基地に近づくネフィリムを素早く察知するために!」
「そうなのですが……、なぜかそれに引っかかりませんでした! もしかしたら光学迷彩を使っているのかも……」
「ええい、使えないな! 科学班はもっと上手く科学を使いこなせ! ……とにかく、お姫様を使うしか無い。お姫様は、マリーディはどうした!」
「医務室に居るそうなので、今連絡をとりました!」
「いいから急げ! ……それまでこの基地がもてば良いが」
素早くかつ正確に指示を出し、それに従う兵士たち。
そして漸く彼女は一息吐いて、椅子にもたれかかる。
「……まさかこんなに早く」
その言葉は、誰にも届くことはなかった。
◇◇◇
「また、戦わなければならないのね」
先ほどまで電話をしていたスマートデバイスをポケットに仕舞うと、マリーディは小さく溜息を吐いた。
彼女は医務室に居たが、そんな事情など関係ない。パイロットにプライベートなど皆無だ。特に戦場に居る間は、二十四時間三百六十五日、常にネフィリムに乗れるようにしておかねばならない。そのために念入りにメンテナンスをしている――ということもあるのだが。
医務室での会話を思い返す。
『大分ホルモンバランスが崩れている。おそらく、生理も遅れ気味でしょう。そのままだと、健康に害を及ぼす。いや、もっと言わせてもらえば……もう「限界」は近い』
『案外、あっけないものね。パイロットって』
『そもそもネフィリムは人間に扱いづらいものだった、ということだけよ。文字通り、神の巨人だからね。あのネフィリムは』
『じゃあ……つまり、やっぱり終わらせるしかないのね。この戦争を』
『命には限りがある。そして、それまでに出来る限り終わらせていかねばならない。それが出来ればいいのだけれど。私にはアドバイスしかすることが出来ない』
「……アドバイスしか出来ない、か」
そこまで思い出して、マリーディは笑みを浮かべる。
「そのアドバイスもどこまで役立つか分からないといった感じなのに。まあ、それが彼女なりのアドバイスなのかもしれないけれど」
そう言いつつ、マリーディは整備棟へと走り出す。
その先に見えているのが――たとえ絶望であったとしても。
『パイロット心理状態、正常』
『ネフィリムとのシンクロ、開始します』
『心拍百十、百二十、百三十……。正常範囲内に入りました』
『ネフィリムとのシンクロ、安定モードに突入。いつでも出撃出来ます!』
待機状態のパイロットは、コックピットではただスピーカーを通して聞こえるオペレーティングルームの声を聞くだけだ。
夢うつつな状態で、マリーディは準備を進めていた。準備、といってもネフィリムにはあまり操縦方法を必要としない。理由は単純明快。ネフィリムと物理的に結合している関係で、脳波パルスにより操縦を可能としているためだ。そのため、パイロットが覚える必要があるのは、ネフィリムの搭載装備とその搭載数のみ。それだけで十分だった。
『マリーディ、準備はどうだ?』
ミランダの声を聞いて、彼女は夢うつつな状態から離れる。
戦闘モードへの切り替えだ。
「ええ、問題ないわ。いつでも出撃出来る」
『よし、了解した。……では、発進準備に入れ! 拘束具を外せ』
刹那、コックピットが大きく揺れたような錯覚に陥った。
否、正確には錯覚では無い。整備棟にネフィリムを保管している場合、ネフィリムに拘束具を取り付けている。そして、それはオペレーティングルームにて制御されており、このようなタイミングで無いと外すことは無い。
そして、それはその拘束具が外れた音だった。
『……ブラン、発進せよ』
「了解」
短く応答して、マリーディは強く力を込めた。
そして急速なスピードでネフィリム――ブランは整備棟から飛び出していった。




