6.余談そのに
「きちゃった人」
~ 鶏と不審者 ~
それは正さんが急激に細マッチョへと変貌してから、1ヶ月後のこと。
寄り道することなく真っ直ぐ家路を辿った昭君は、家の前に不審人物を見つけた。
門のところから、ちらりちらり。
うろうろしながら家を窺う、その姿。
まさに不審者と言わずして何と言おう。
ただ奇異なところがあるとすれば、その姿が小柄な子供だということだが……
子供の格好も格好で、全力で怪しかった。
だって、ドレスなのだ。
白とピンクで纏められた、現代社会の風潮に真っ向から反するドレスなのだ。
一体どこの絵本から抜け出てきたと?
そんな感想を抱かせる子供……少女は、波打つ見事な金髪を背に垂らしていた。
見るからに怪しい、不審な子供。
彼女が窺っている先が我が家でなければ、昭君はきっとスルーしていたことだろうけど。
そんな訳にもいかないな、と。
昭君は不審な背に声をかけた。
「すみません、通りたいんですけど。邪魔だから道あけてください」
不審者のかさばるドレス。
まさしく見事なプリンセスラインを描く裾は、思いっきり三倉家の門を塞いでいた。
だからこそ昭君は、声をかけた訳だが。
背後からの声は、予期せぬものだったのだろう。
ドレスの子供はびくっと肩を跳ねさせ、慌てた様子で振り返った。
真正面から、昭君と不審な子供は顔を見合わせることになるのだが……
向きたてのゆで卵を思わせる、その輪郭。
これ以上の配置は有得ない、見事なバランスで位置する目鼻立ち。
金色の前髪の下で、宝石のような青い目が瞬く。
額を飾るサークレットには本物の宝石にしか見えない石が輝いていたが……
宝石にも負けない瞳が印象的な、正真正銘の美少女がそこにいた。
しかしその胸には、何故か立派な雄鶏(白色レグホン)を抱えている。
だけどそんなことは気にならないくらいの端正な顔立ちだ。
年の頃は12,3歳……丁度、昭君より少し年嵩に当たる頃合。
年齢の近そうな飛び切りの金髪美少女。
彼女に向けて、昭君は重ねて言った。
「本当に邪魔だからどいて」
しかし昭君の声は、彼女への興味関心など皆無とばかりに平坦なものだった。
美少女になど目もくれず、頭の中はゲームのことばかり。
帰宅を急ぐ昭君の背に、少女の声がかけられた。
僅かに緊張と焦りを含んだ、震える声が。
「――あ、あの! こちらはミクラオサ様のご自宅でしょうか!」
「そこの表札に書いてあるよ」
昭君のお返事は、にべもなかった。
だが……恐るべきことに、少女はめげない!
「わた、わたくし……わたくしはっ! 前世でオサ様の妻であった者ですっ……オサ様は御在宅でしょうか!」
15分後。
三倉家の縁側で。
昭君とリアル王女様としか思えない美少女が、2人でお茶をすすっていた。
「それでですね、オサ様は最初の子は女の子が良いって仰られたんですけど……わたくしったら無理を言ってしまって」
「ふぅん」
もじもじしながら少女が語る、身の上話という名の惚気。
それをBGMに、庭に放牧された少女の鶏が闊歩する。
ゆっくりと湯呑の梅こぶ茶を傾けながら、気のない相槌を打つ昭君。
そこに帰ってきたのは当家の次男。
昭君の兄、和さんで……
「たっだいまぁ、昭君」
「おかえり、和兄さん」
「お邪魔しております」
「……ってそちら、どこのお伽の国のプリンセス?」
庭の定位置に自転車を置きに来た和さんは、知らないお客さんの度肝を抜く格好を見て目を点にした。
誰何を受けたプリンセス(推定)は、ぽっと頬を染めて両手で押さえる。
そんな少女の恥じらう姿に、和さんはおや?と目を見張る。
「もしかして、昭君のかn……」
「和兄さん、こちら酔狂なことに自称・元王女で、前世では正兄さんの奥さんだったマイアさん。マイアさん、あっちはうちの2番目の兄さんで和」
「まあ、はじめまして! わたくし、オサ様に前世で添わせていただきましたマイアと申します」
「――って違った! 予想とは全然違う電波だった!!」
「でんぱ? それは何ですか?」
「ええと、そうそう……和兄さん。こちらのマイアさんは一度没された後、生前の功績を神様に認められて天の園に転生したんだって。天使にジョブチェンジして」
「お恥ずかしながら、ご紹介いただきました通り天使の末席に位置する者ではありますが……今のわたくしは神の使いではなく、マイア個人として失礼させていただいております。どうぞお構いなく……」
「天使に生まれ変わった後も頑張って徳を積んだり修業したりしたお陰で神様に休暇とボーナスとご褒美もらって正兄さんに会いに来たらしいよ。神様に今生でも正兄さんと添い遂げたいっていったらお願いを認めてもらえたんだって」
「前世の身体を元に人間の肉体を調整し、育てるのに時間がかかってしまいましたけれど……こちらの世界とは時間の流れが違っていたお陰で、大きな誤差もなくオサ様にお会いしにくることができました。これも神のお導きですわね」
先ほどマイア自身の口から聞いた事情を改めて和さんに伝える、昭君。
隣で言葉に偽りなしと頷くマイアも満足そうだ。
表面上は無邪気で愛らしい少年少女。
口から垂れ流される、電波漂う違和感の羅列。
和さんは頭を抱えた。
「な、なんという電波……昭君、不審な人に敷居を跨がせちゃダメ!」
「だから家には上げてないよ。家には入れず、縁側で話を聞いてる」
「その手口で白雪姫は一服盛られて毒殺されてたでしょ!?」
「おお」
ぽむ、と。
わざとらしい仕草で左手のひらに右拳を軽く打ちつける昭君。
本当にわかっているのかと、和さんは弟の将来が心配だ。
むしろマイアの方がおろおろとしているくらいだ。
「あ、あの……わたくしは、ただオサ様にお会いしたかっただけで……あの、オサ様は何時頃に御帰宅でしょうか?」
「正兄さんなら修学旅行でチベットだよ。明後日まで帰らない」
「そんな!?」
なんと運悪く、折の悪いことに……どうやら美少女マイアは愛しい殿方に上手いこと遭遇するタイミングを外してしまったらしい。
実は数日戻らないとの返事にショックを受けて、少女は目をうるっと涙ぐませた。
「オサ様……やっとお会いできると、思いましたのに……」
その姿は、真に迫る。
真に迫るというか……どこからどう見ても、正さんを慕っていることだけは確かなようで。
兄のことを想ってくれているのだと、言動からひしひし伝わってくる。
それがわかったからこそ、和さんの態度も一瞬緩和した。
緩んだ、次の瞬間。
顔を伏せ気味にしていた少女は突如がばっと顔を上げた。
驚き、仰け反る和さんにも構わない。
構うことなく、昭君の両手を握ってぶんぶんと上下に振った。
「いらっしゃらないのであれば仕方ありませんわ。ですがそれならば、それで……先に御助言いただいた通り、オサ様と添い遂げる為の用意に取り掛かることに致します!」
「ああ、それが良いんじゃない?」
「はい! 相談に乗っていただいたこと、感謝します。まずは助言いただいた手順で戸籍と住民票を用意し、生活基盤を整えてから出直すことに致します!」
「あと12,3歳にしか見えない女の子とか正兄さんとの年の差犯罪にしか見えないから。日本の基準じゃ、女性が結婚出来るのは16歳からだよ」
「はいっ! それではまず、肉体を16歳まで育てることに腐心することと致します。16歳になってから再挑戦ですわ!」
勢いよく、言いたいことを言って。
自分の決意を区切りとし、言いきってから。
少女は満面の笑みで思いっきり頭を下げると、次の瞬間には鶏を胸に抱えて離脱していた。
ぽかんと口を開けた和さんが声をかける暇もない。
見送る少年達に背を向けて、少女は三倉家の敷地から駆け去っていた。
硬直する和さんの、横で。
昭君が梅こぶ茶をすする音だけがのんびりと響く。
「……昭君、あの子に何を助言したって?」
「別に。ただ身元の不確かな不審者に諸手を上げて子供を差し出す親なんていない……って言ってみただけだけど?」
しれっと言い放つ、昭君。
言っていることはもっともだけど。
言っていることはもっともだけど……!
一瞬なんと言葉を返すべきかわからず、和さんは地面に崩れ落ちた。
ただ遠いチベットの地で団体行動中の兄が帰宅しても、このことだけは語るまい……和さんは、胸の中でそんな誓いを立てたのだった。
4年後。
金髪青い目のセーラー服美少女高校生が三倉家の近辺に出没するようになったのだが……それはまた、別のお話。
か、書ききりましたー!
今度こそ、本当に正さんのお話はおしまいです。
皆様、ここまでお付き合い本当に有難うございました!