第332話 焦土
「……閣下」
隣を進んでいるディミトリが、ぽつりと呟いた。
「これは、あまりにも……我らが同胞ではないとはいえ、哀れな……」
隣を往くディミトリは、怒ってはいなかった。そもそも、クラ人のことを同種であると思っていないからだ。
しかし、道中尽く焼かれた村々、抵抗の末の殺人であったのか、無造作に打ち捨てられている焼死体を見るにつれ、言葉を失っていった。
このような蛮行を、他国でやるのならば理解もできるだろう。あるいはそれがシャン人相手であったなら、異種族を相手に思いやりを忘れ、残虐になるのも理解できたのかもしれない。
しかし、ここは同胞であるクラ人が住まう村だ。ましてや、自ら治める自領であったはずの土地なのだ。
「このくらいはやるだろう。なにせ、意味もなく堤を切った狂人だ」
転がっている死体の数は、そう多くはなかった。せいぜい数人、多くても十人程度だろう。おそらく、住み慣れた家を焼かれることにあくまで抵抗した人々が殺されたのだ。容姿のよい適齢の女性などは連れ去られたかもしれないが、おそらく村人の大半は逃げ去ったはずだった。
もちろん、これから冬になろうという季節に家を焼かれ、備蓄を略奪された人々は、とてつもない辛苦を味わわされるだろう。しかし、生きてはいる。
それも、ただ凍えの中で飢えて死ぬだけではない。こちら側の食料支援が実施されれば、どうにか餓死だけは防ぐことができるはずだ。
この焦土作戦は、惨劇には違いない。しかし泥水に溺れながら村ごと息絶えた数万人と比べれば、かなりマシな部類の悲劇である。
「住民を皆殺しにして人肉を糧食の足しにしようとしても驚かない。なんでもやってくるぞ」
「まるで、化物退治ですな」
ふっ、と笑みがこぼれた。的を射た喩えだ。
まあ、この焦土作戦は常識の範囲内だ。こちらの進軍を妨害するという目的があり、やられたこちらは実際に困っている。非人道的ではあるにしろ、元々人道が尊重される世界ではない。俺の中では立派な軍事作戦の範疇に入る。
しかし、あの洪水は軍事作戦ではなかった。アンジェが激怒するところを想像して憂さ晴らしできたのか知らないが、そんな目的で将来自分で治めるべき領民を大量殺戮するなど、まさに化物という形容がふさわしい。
化物退治か。
「退治できりゃあいいがな。さすがに、このままだと……」
「兵站ですか」
まさか、戦わないまま焦土作戦を展開するとは思わなかった。そのため、兵站が伸びてしまっている。
厄介なことに、連中は王虎部隊という千名超の精鋭を兵站を切断するために残していった。どうやら残虐非道で名高く、アンジェ相手の戦争では随分と悪名を轟かせたらしい。
当然、命じられれば自国内の略奪も意に介さない。進軍路から外れた地域から、略奪で軍を維持しながら補給線を狙っている。
砦なり城なりを拠点に動いてくれれば叩きようがあるのだが、連中は転々と移動を続けている。こちらの正規軍との衝突を徹底的に避け、要するにゲリラ戦を展開しているのだった。
「まあ、兵站については苦しくはなっても破綻することまではないだろう。飯にも余裕があるしな」
最近になって、ようやく新大陸からの収穫が現れはじめてきた。食料自給が百パーセントを超え、こちらが送った輸送船に食料を詰めて戻す程度の余裕が生じてきたのだ。市場に流すと値崩れして農家が困窮することになるので、倉庫に詰め込んでいる始末だった。
アンジェとの同盟締結で、大盤振る舞いの食糧支援策を提示した裏には、そういった事情がある。
そのため、いくらか補給段列が襲われても、失った分を埋める食料には余裕があるのだった。少なくとも食料については、いまのところ危機的水準にはない。
それでも完全に兵站を絶たれれば大変なことになるが、それをするには補給線を持続的に絶ち続ける――つまり、一箇所にとどまり続けることを意味するわけで、そうなれば排除するのは簡単である。
「しかし、アルフレッドの本隊は必ずどこかに籠もります。領土を捨てたなら、これからやる事は一つです」
王虎部隊を捨て駒にしたのでないなら、おそらくは戻って来るつもりなのだろう。
補給線を伸ばしに伸ばして、限界点で砦に籠もる。むろん砲はついてこれないから、鎧袖一触、袖を払うように城壁を崩して叩き潰すことはできない。そこに援軍が現れたら、こちらは退却するしかない。おそらくは、そういう未来図を描いてアルフレッドは動いている。
「分かっている。まずは出方を見たい。それに、見方を変えれば追い込んでいるとも言えるしな」
引くということは、失うということだ。こちらは前進しているし、情報では途中に小規模な砦や城がいくつもある。アルフレッドがそれらを素通りして退却していくのであれば、向こうが逆襲に転じた時は防衛拠点として利用することができる。木造住宅が多い村落と違って、そういった施設は気軽に破却することはできないからだ。
「了解です。ところで、アンジェリカ姫が明日追いついてくるとか」
「らしいな」
「どこでお使いになるのですか?」
なに?
「使うって、どういう意味だ」
「噂では、この地の地理については事細かに隅々まで知っているとか。後衛のドッラ殿のところに送れば、重宝されますでしょう」
「ああ、そういうことか。どうだかな」
王虎部隊の対処は、足の早いドッラの騎兵団に任せる予定だった。地理を熟知しているアンジェを送れば、確かに仕事をしやすくなるだろう。
しかし、まあ……幽霊が出たと思って腰を抜かさなきゃいいがな。
「あれは援軍に来たというより、兄の最後を見届けに来た、というほうが正確だろう。洪水を見た今となっては、手ずから首を取る意気込みかもしれんがな。まあ、好きにさせるさ」
「そうですか。なんにしろ、会うのが楽しみですな。随分な才女であるとか」
驚いた顔を見るのが楽しみだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お初にお目にかかる。ディミトリ元帥」
アンジェは恭しく頭を下げた。
「こんにちは、アンジェリカ殿下――いや、陛下とお呼びしたほうがよろしいか」
「私のことは、ぜひアンジェと。アンジェ殿、で構いません」
「それは助かります。格式張った呼び方では疲れてしまいますのでね」
「ディミトリ」
俺は思わず口を挟んだ。
「驚かないのか?」
「はい?」
ディミトリは俺を見て、次いでアンジェを見た。
「美しい御婦人ですな。いやはや、クラ人にこれほど美しい女性がおられるとは」
「お前、もしかしてキャロルと会ったことないのか」
「は? キャロルというと――前女王陛下のことですか?」
思いもしない人名が、なんの脈絡もなく出てきた、といった感じだ。
「ああ、そうだ」
「ええ。直接の面識はございませんが、それがなにか?」
考えてみれば、キャロルは女王として公の場で仕事をしていたわけじゃない。第一王女として社交界には出ていたが、近衛でない将家の諸将にとっては社交界に顔を出すこと自体が稀だった。そもそもディミトリの領地はホウ家の中で最も王都から遠い位置にある。言ってみれば辺境だ。
キャロルは、毒を盛られてホウ家に来てからは俺の実家で療養していた。その間に顔を合わせた人間は、ほんの数人しかいない。王城には肖像画が飾ってあるものの、実際に会っていなければ人物像というものがない。
考えてみれば、キャロルが死んでから随分と時が経った。これだけの時を経てもなお、顔を忘れないほど親密にキャロルと付き合ってきた人間というのは、そう多くはないのかもしれない。
「いや、なんでもない。では、早速軍議といこう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
諸将の前でひとしきり紹介が終わると、アンジェは切り出した。
「では、僭越ながら現地の地理についての説明をさせていただく」
地図の前に立つ。
「今となっては形骸化した制度なので、この国にかつて存在した選帝選挙制度については詳細な説明を省こう。かいつまんでいえば、この国には有力な大貴族が八家あって、そのうち五家までは滅んだ。残った三家がこの地域を支配している」
シャン語で三卿独立領、と書かれた地域を棒で示した。
「この地域はワールガール高原といって、周囲を低い山脈に囲われている、言ってみれば自然地形で区切られた一まとまりの地域だ。山脈は急峻ではなく、谷部を結ぶようにして無数の峠道が通っていて――まあ、さほどの苦労もなく幾つもの峠道を通せてしまう山間部を想像していただければ、おそらく正しい。とはいえ大軍の通行に適する峠道はいくつもなく、攻めるとなれば上り坂での戦いとなる。攻めるに難く、守るに易き土地であることは間違いない……なので、私としても敢えての手出しは避けてきた。三卿はこの地に籠もって防衛を続けている」
そういった山脈というのは、山に入ってからの峠越えがきついだけではなく、山に辿り着くまでの裾野もゆったりとした上り坂になる。それ自体はちょっとした勾配でも、行軍する兵はどんどん疲弊してゆく。強行軍でないなら、進軍速度もグッと落とさなければいけない。
「その三卿ってのは」
俺は口を開いた。
「逃げてきたアルフレッドを、自領に入れる――つまり、匿う可能性はあるのか」
「それはない」アンジェは即座に断言する。「油断ならない狂犬を、わざわざ自国に招き入れる馬鹿はいない。ただ、他国からの援軍が救援に向かいたいとなれば、通行を許すだろう。おそらく教皇領の口利きがつくだろうしな」
「ふうん、なるほど」
「――状況を鑑みると、アルフレッドはおそらく援軍を待っている。でなければ、自ら撤退して土地の支配をみすみす譲るという行動は取らない。そこで数万の軍勢を収容できる堅城となると、最も有力な候補はアレジーンとなる」
アンジェは地図の山脈の中にある一点を指し棒で示した。
「この城塞都市は堅い。元々は、二百年前にいた偏執病の選帝侯が、我が帝家を警戒して整備したものだ。そういった経緯から、都市の経済規模や戸数からすると分不相応な城壁を備えている。城塞都市というよりは、領主が常在できる要塞、という認識のほうが正しいかもしれない」
シビャクもそうだが、ある程度商人が店を連ね、屋敷の使用人たちが快適に暮らせる程度の市街地がなければ、領主が常在するには支障がある。
純軍事的な要塞に籠もって国を統治するのは、まあ無理ではないが様々な面で不便だ。だから、いざ敵が攻め寄せてきたら逃げ込む避難先として整備するのが普通だが、まあ偏執病というくらいだから、その選帝侯はなんとかして安全な要塞に住みたかったのだろう。
「アレジーン市街地は傾斜のきつい小山を背にしている。しかし山側の防護は鉄壁で、稜線に沿って城壁が建っているうえ、等間隔に監視塔もある。急坂になるので、攻城塔を接近させるのも困難だ。仮に大砲を持ってきても、撃ち下ろせる位置取りはできないと思われる。谷を挟んで反対側にある丘は遠いうえに低く、投石機をそこに置いても意味がないよう設計されている。登坂が兵に疲労を促すのは言うまでもないと思うが、おそらく山側から攻めるのはかなり難しい」
「城壁を壊す、あるいは焼夷弾で焼けだすという手は?」
ディミトリが言った。
「城壁は近隣で採取された花崗岩で出来ていて、相当な厚みがある。大砲なら破壊は可能だろうが、空爆で壊すのは非現実的だ。もちろん、内部の建物を焼くことはある程度できると思われるが……それだけで守りの兵を切り崩すのは難しいだろう。食料庫や火薬庫は城館の中にあって、城館を瓦礫の山にでもしない限りは狙えない。水は要塞内に湧き水が湧いていて、そこから汲むことができる」
「……面倒だな」
アンジェの発言を端的に要約すれば、正攻法でしか攻略できない、ということだ。
大砲が追いつくまでは何ヶ月も時間がかかるし、空から要塞を攻略するのも難しい。人間に例えれば、出血を強いることはできるが、それは細かい切り傷を作る程度で、命を取ることまではできない。
「なにか弱点となる部分はないのか?」
「主門の他に二箇所、出撃口が設けられている」
出撃口というのは、主門の他に設けられた小さな出入り口のことだ。
城塞に出入り口などいたずらに設けるものではない。固く守られた主門以外に出入り口を設けることは、城塞の防御力を低下させるだけの愚行である――というのは、実は間違った考え方だ。
例えば、敵陣から破城槌が送られてきたとする。周りに兵はなく、単体でノロノロと近づいてくる。城壁の上から矢を射ても通らず、石を落としても切妻屋根に弾かれる。屋根には丹念に濡らした皮が貼り付けてあり、火を落としても引火しない。放置すれば城壁の表面は砕かれ、しつこく穴を穿たれ続ければ、いずれ全体が崩れてしまうだろう。
あるいは、工兵のような連中が掘った土を壁にして、地道に塹壕を掘って近づいてきたら? 兵が外に出られなかったら、城壁に簡単に取り付ける安全な通路を作られてしまう。
それらはいずれも現実に起こり得る話で、出入り口が主門しかない場合、籠城側が手も足も出ない状況が簡単に作れてしまうわけだ。
そういった戦訓から設けられたのが出撃口である。少数の部隊がそこから出撃し、城にとっての厄介事を片付ける。当然、その際は壁上や側防塔にいる守備兵から手厚い支援を受けられるので、圧倒的に有利な状況下で仕事を行える。
「二つの出撃口はいずれも城壁の屈折箇所にあって、側防塔と城壁上から攻撃できるようになっている。当然ながら、門自体も表面には鉄板が貼り付けてある上、筋金を入れて強化してある。やはり攻略するのは容易ではない」
俺は考えた。鉄板と鉄条で強化されているといっても、例えば樽一つ分の火薬を上手いこと炸裂させれば、扉ごとぶっ飛ばしたりはできるかもしれない。
ただ、それをしようとすれば、恐らくは出撃口から出てきた敵と、奥まった袋小路のような部分で押し合いへし合いの攻防をすることになるだろう。もちろん、挟むように両側に立ち上がった城壁と、側防塔からは、ありったけの火力が投入される。矢はもちろん、火も投じられるだろうし、一片のレンガでさえ、高低差を利用すれば容易に人を殺傷する兵器になる。
そんなところに兵を送るのは、まったく気が進まなかった。
俺は、今まで主要な戦いでは野戦でイニシアチブを握る戦いをしてきた。しかし、この戦いはイニシアチブがどうこうという代物ではない。圧倒的に不利な状況に兵を山盛りで投入し、大量に死なせ、障害を力づくで突破する。
よく考えられた城塞というのは、あらゆる場面で敵にその状態を強いるように設計されている。そして、アレジーンはその”よく考えられた城塞”だった。俺は、兵の命を預かる者として、そんな無様な戦争はやりたくはない。
やるならもっと、自らの智謀を敵の出血と交換できるような、自分が考えて策を練るほど、味方の被害が減るような、そういう戦いをしたかった。
「……やめとくか」
ぽつりと言った。なんだか猛烈に気乗りしない気持ちが、無自覚にぽろりと言葉になり、口から出ていた。
「閣下。追うのをやめる、ということですか?」
ディミトリが意外そうに言う。
敵は退き、追撃で数を減らせていないまでも、言い方によっては土地を得ることで戦果を拡張することはできている。
合流を看過したとしても、向こうが逆襲に転じてきたところで野戦を演じることはできるだろう。その際は、先にティーフラントとかいう低地でやった会戦を、ちょうど兄と妹を取っ替えたような形で再び演じることになるはずだ。
「もちろん、援軍が来るのなら、合流する前にアルフレッドを叩き潰せたら理想だ。だが、その都市に入る前に捕捉できないのなら……ここらで進軍を停止して、腰を据えて敵を迎え撃つのも一つの手だろう。そうしたら、アンジェ殿の本隊も合流できるだろうしな。後方の王虎部隊とやらは、どうにかする必要はあるが」
「まあ……確かに」
しぶしぶ納得するような声を出した。ディミトリのほうも、補給線が伸び切ったところで厳しい要塞戦を演じるという行為に、気乗りしない気分があるのだろう。
「ここでみすみす見逃すおつもりか」
強い声が届いた。どうやら、アンジェのほうは反対のようだった。
「……いや、べつに追ったって構いやしないんだがな」
俺は頭を掻きながら言った。べつに、追うことは無謀ではない。諸将にきちんと軍議でいいふくめれば、甚大な被害が発生するような、大きな間違いにはならないだろう。
だが、おそらく、小さな間違いにはなる。
「こちらは、ええと……アレジーンだったか? そこで熱心な攻城戦をするつもりはない。行ってみて、一発で城壁を粉々にできるような妙手が浮かべば実行するだろうが、そんな都合の良いことにはならないだろう。そうなったら、まあ……睨み合って、援軍が遠くに現れたら一目散に撤退することになる。囲むだけなら、おそらく大した被害はないだろうしな」
「……アレジーンから撤退するとき、背を向けたこちらに、アルフレッドが単独で追撃を仕掛けてくる可能性も」
そうなったら逆に嬉しい。
「まあ、あるかもな。仮にそうなったら、策の練りようもある。首を取ることも可能かもしれない。追撃してきたらな」
俺がそう言うと、アンジェリカは黙った。今俺は、仮定の仮定の話をしている。もしアルフレッドがこうして、ああしたら、首を取れるかもしれない。
軍行動において、そういった思考は危険だ。もし突撃すれば、そこに敵将がいて、首を取れるかもしれない。そういった、なんの目算もない実現可能性の低い話を、検討もせずに実行しようとしている。それは建設的な思考ではない。
「ここで待って合流した敵軍を迎え撃つのと、城塞を一旦囲んでみるのと。どっちでも大きく話が変わるわけじゃない。だが、それなら前者のほうが軍行動としては正しい。低いとはいえ山間部を往復させるのは、兵を疲れさせるからな。森林が残りがちな山間部の行軍は、奇襲のリスクも高い。アンジェ殿には、言うまでもないことと思うが」
どうせ無駄足になるなら、行かなくてもいいんじゃないの? 疲れるし。
要するに、それだけの話だ。
「――私は」
アンジェは、言葉を区切った。その眼には決意が滲んでいる。
「自信がある。この国のことなら、天土の隅々までも知っている。内戦を通じて、地の利に関して兄の軍に後れを取ったことは一度もない。だから、援軍が来るとしたら使う街道は確実に同定できるし、極めて早期に捕捉できるはずだ。奇襲の危険がある谷筋についても助言できる。追っていけば、新たな情報を得ることもあるだろう。兄を成敗できる可能性は、十分にある」
この自信は根拠のないものではない。実際、自国の地理に関してのアンジェの知識は大したものだ。目の前にいるこの女は、軍略家としての才はないのかもしれないが、内政家としては間違いなく一流である。おそらく、王としても相応しいのだろう。世界に覇を唱えるのでないなら、軍略家としての才など必ずしも必要とされるものではない。
「私は、ここで兄を降したい。戦火に疲れ果てた我が国の人々を、少しでも早く安堵させてやりたい。そのために、兄を追いたい。無理を押してお願いしたい」
アンジェは机に頭が着くほど、深々と頭を下げた。
「まあ、それもそうか。元はと言えば、この戦争自体、半分は俺が始めたようなものだしな。ちょっとは責任がある」
もちろん、この戦争は兄妹の諍いが発展したものだが、更に元を辿れば、俺の陰謀によって作られた戦争だ。製造元は誰かと言われれば、枯れ木から生えた茸のような自然物なのだ、とはとても言えない。間違いなく、俺が作為によって製造した戦争なのだ。
じゃあ責任を感じるかと言われれば、敵国民の生活を破壊したことに責任など感じるわけがない。しかし今や友邦となったのだから、現在の苦しみについては多少の責任は感じるべきだろう。ここまで苛烈な虐待を受けているところを見ると、さすがに気の毒だという感想もある。
本来なら養い殖やさなければならない、人間という有限の資源が、なんの意味もなく死体という無価値な物体に変えられている現実には、ある種のもったいなさも覚えた。一人の生命は地球より重いとは思わないが、これほど粗雑に扱われていいようなものでもない。
「なんの意味もなく堤を切って、必要とあらば自領の村も焼いていくような奴だ。他国の民といえど、苦境に喘いでいるのを見るのは忍びない。アンジェ殿が足を運ぶ価値があるというのなら、まあ、やってみようかね」
よっこらせ、と椅子から腰を上げた。
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