8章:キミは一体!?何故オレの名前を?
「さてと、ぼちぼち帰ろうかな。」
ついつい髪型を研究していたら時計の針は21時を回ろうとしていた。
「この髪型は今度ナオちんにでも試してみるかな。」
オレはウィッグ(練習用の人形)を片付けて戸締まりをしてクリクリを後にした。
車を運転しながらついさっきの出来事をぼんやり考え込む。
(答えは、自分で出してみせます、必ず。)
フッ、なんかカッコよくなっちゃって、ナオちん。そろそろオレも恋のゲームでも始めてみるかな?
車を走らせて赤信号で停まる。隣りにコンバーチブルのスポーツカーがオレと並んで停車した。何気に乗っていた女性と目が合う。暗くて顔はよく見えなかったがなかなかの美人だと思われる。熱い眼差しでも送ってみようかな?
しかし彼女はクスッと口元をつり上げただけで、車のタイヤを鳴らしながら行ってしまった。フッ、照れ屋さんだね。オレは微笑して車を発進させた。
郊外の幹線道路に出て先に車が一台ハザードを点けて路肩に停車していた。さっき信号で並んだコンバーチブルのスポーツカーだ。ボンネットを開けているところを確認すると、故障でもしたかな?オレは彼女の車の後ろにBMWを停車させた。
「何かトラブルかい?」
「ええ、エンジンが急に止まっちゃって…。」
さっきの彼女が困ったような面持ちで苦笑いをした。さっきは暗くて顔がよく見えなかったが、オレの車にはっきり照らされたその顔はやはり美人だった。フッ、運命の出会いってのは7割がた“トラブルから始まる”って知ってるかい?
「オレでよければ見てみるよ?」
「お願いするわ…。」
フッ、緊張しちゃって。
まずエンジンを掛けてみたが、セルモーターが回るばかりで吹ける様子がなかった。燃料が入ってないわけでもない。さてどうしたものか?こんな時ノッカがいれば良かったんだが…。仕方なくエンジンルームを覗いてみる。
燃料パイプの破損は無さそうだった。バッテリーも生きている。あっ!何だ、ディストリビューター(点火装置)のコードが抜けてるじゃないか!どうりでエンジンが掛からないわけだ!振動で抜けちゃったのかな?オレは抜けて下がったコードを本体に差し込んだ。
「ところで…」
その時彼女からオレに声が掛かった。
「この人、知ってる?郁斗さん?」
エンジンのヘッドに一枚の写真が置かれた。その写真に写っていたのは………ノッカ!?
「キミは一体!?何故オレの名前を?」
オレは写真から目線を彼女に移した。さっき信号で見たクスッと口元をつり上げた微笑がそこにあった。
ヴォォォォン……
後ろからバイクが2台やってきた。一瞬そっちを振り向いた途端に…
パァァンッ!!
「うっ!?」
バイクから発射された金属弾がオレの脇腹をかすめた。
彼女の方を振り向くと手には拳銃が握られていた。オレはとっさに自分の車に戻ったが、ドアノブを掴んだところで右肩に鈍痛を覚えた。ガラスに血が飛び散った。
キキキキィィィーーッッ!!
被弾しながらも何とか車をターンさせて逃走に移したオレ。一体どうなってるんだ?バイクの奴等、彼女は何者だ?
「くっ、出血が止まらない…」
右肩を押さえながらハンドルを握るが力が入らない。脇腹も相当の出血だった。
パリィッ!!
サイドのガラスが砕け散った。さっきのバイクの奴等だ。銃弾が命中したらしい。オレはアクセルを踏み込む。スピードは120キロを超え始めた。
パンッ!!パァンッ!!
うっ!?しまった!!
バイクから発射された金属弾が後輪に命中したらしく、オレのBMWはハンドルを取られてしまった。そして……
ズギャァァッッ…グワッシャァァァンンン………ドッパァァァンン!!!!
そのまま橋の欄干に激突して、それを突き破って川に転落した。夕方まで降っていた雨で増水していた川に、オレは流されてしまう。
「オレは……死ぬのか?」
次第に意識が遠くなっていく。傷の痛み、水の冷たさ、不思議と息苦しくはない。死ぬ時ってのは意外と苦しいものではないのかも知れないな。ゴメンよ皆……オレはどうやらこれまでのようだ……許してくれよ…。
「ターゲットは川に転落しました……ええ、……助からないでしょう、恐らく。」
☆☆☆
身体中が痛む。
眩しい光…。
オレは……一体……何がどうなったんだ?
眼を開けると朝日が染みて反射的に瞼を半分閉じてしまう。
再び眼をはっきり開けると見慣れない部屋の風景が見える。オレはベッドに寝かされていた。ここは何処だ?
「ああっ!良かった……目を覚ましたのね!」
すぐに女性の声がしたかと思うと目の前には亜麻色の髪にダークブラウンの瞳を潤ませた顔が覗き込んだ。
「こ……こ………は……?」
声にならなかった。というよりは単に声が出なかった。喉の奥が酷く乾燥しているのに気が付く。
「ここは私の家よ。ちょっと待っててね、いま水を持ってくるから。」
そんな状態のオレの声を聞き取った彼女は部屋の扉の向こう側に出ていった。
…?。そもそもオレは何故ここにいるんだ?彼女は誰だ?何かおかしい。さっきから頭がボヤッとして何も考えられない。
「ハイ、水よ。」
差し出されたコップの水を右手で受け取ろうとしたが、危うく取りこぼしそうになったのを彼女の両手が支える。そのままオレは彼女に水を飲ませてもらった。
「ありがとう…。キミの名前は?」
「私は奏歌。あなたの名前は?酷い怪我をして河岸に倒れていたんだけど、何をしていたの?」
「オレは………?」
彼女…奏歌にそう聞かれて言葉に詰まった。本能的に言葉が出なかった。それもそのはず、自分が何処で何をしててこうなったのか全く思い出せなかったからだ。
そんなバカな……!?
いくら記憶をたどってもこの部屋で目覚めた以前の事象を頭に浮かべることが出来ない。何故だ?分からない。何も覚えていない。
(………ってる?郁斗さん?)
かすかに蘇る記憶の断片。そうだ…郁斗とオレは呼ばれていた。しかし、その名前を呼んでいたのは誰だ?確か女性だったような………駄目だ、思い出せない。どうしても…。
「ううっ!」
急に頭痛がしてきて、頭を抱え込む。そして身体が震え出す。
「やだっ、ちょっといきなりどうしたの!?ねぇっ!?」
「オレは……誰…なん……だ?」
「あなた…まさかっ!?」
何かを察知したように驚いた奏歌の表情を見た途端に、さらに頭が締め付けれた。
「うううっ……?」
気が付けばオレは彼女の両腕の中に抱き締められていた。
「もう大丈夫よ。ここは安全だから。きっと無理に思い出そうとするから頭が痛むのね。なにしろまる2日間意識がなかったんだから。さあ、もう少し眠りましょう。」
彼女はオレを開放すると、ベッドに寝かしつけた。頭痛が少しだけ治まった気がした。
スッと目を閉じるとオレを呼ぶ誰かの声が微かに聞こえた気がした。
――おーい、郁斗!行くぞ!
――なーにやってんの郁斗!置いてっちゃうよ!
――どうしたの郁斗さん?みんな行っちゃうわ?
――郁斗さん、こっちですよ!
白い霧の向こう側からオレを呼ぶいくつかの声。だが、誰なのか顔が分からない。彼らはオレに背を向けると霧の向こう側に消えていった。
オレの意識も白い闇の中へゆっくりと静かに落ちていった。




