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さよならを言うために  作者: すずきあい


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4/4

4.さよならを言うために


その日、王宮は静かに陥落した。


突如玉座の間に魔族が現れ、あっという間に国王と側近達の首を刎ねた。守ることばかりを生業としていた護衛騎士も、守るべき対象が突然いなくなってしまったことによる動揺は抑えられず、統制が取れないまま制圧された。


その知らせを聞いたクウリは、急ぎ玉座の間に駆け込んだ。普段ならば帯剣することも許されないのだが、緊急事態の今は抜き身のままだった。


玉座の間に足を踏み入れた瞬間クウリの目に飛び込んで来たのは、真っ赤に染まった玉座とそこに座る不遜な態度の男の姿だった。しかし、王の威厳を示す為に必要以上の大きく作られた玉座は、かつて座っていた国王よりも今の男の方が余程誂えたように体に馴染んで見えた。


「……ジャック、なのか?」


男は片方の口角だけを上げて皮肉げな笑みを浮かべていたが、見下ろして来る目はひどく凍てついて、視線だけで周囲の温度を下げるような気がした。だがその顔は、クウリもよく知る男のものだった。


「今はその名を捨てた。ただの『魔王』だ。『白の英雄』殿」

「何故…」


魔王を倒す為に単身突撃して行き、それ以降行方が分からなくなっていた「黒の剣聖」ことジャックがそこにはいた。だがそれは外見だけがクウリの知るジャックで、全身から醸し出す禍々しいまでの魔力が肌を突き刺して来るようだった。


「私はお前の言ったことが正しいかを、証明しに来た」

「俺の言ったこと、だと?」


ジャックはさも面白そうに喉の奥で微かに笑う。


『魔族を絶滅させればいいんだよ。敵は殲滅。戦いの基本だろ?』


かつてクウリが言った言葉を違わず繰り返した。が、その声は別の声が混じっていた。クウリが目を凝らすと、ジャックの影から滲み出るように黒髪の女が出現した。まるで作り物のような整った顔をした女は、クウリに赤い瞳を向けると挑発的にクスリと笑い声を漏らした。


「何者だ…」

「ああ、お主とは初対面だったな。さあて、どう名乗るか」

「ふざけるな!」


クウリは女の名乗りを聞く気はなく、問答無用で一番得意としている炎魔法を容赦なく放った。しかしクウリの手から放たれた炎は、ジャックが軽く手を振ると一瞬で消失していた。


「なっ…!?」


これまでに幾多もの魔族を焼き払って灰燼にして来たクウリの魔法が一瞬で無に帰したのを見て、彼は絶句する。その様を女がジャックの肩に手を回しながらクスクスと笑う。


「さすが。わたくしの魔力だけでなく、更に上乗せされている。何とも興味深い」

「貴様…一体…」

「わたくしは、かつて人族には『魔王』と呼ばれた者。今はまあ…こやつの『母』であるか」


彼女は玉座の肘掛けの場所に座って、ジャックの頭を胸に抱え込むように首に手を回した。


「は、母、だと?まさかお前」

「ああ、私は魔族の血を引いているそうだ」

「では最初から裏切るつもりで」

「裏切ったのはお前だ!」


クウリの声に被せるように、より強いジャックの声が言葉を遮った。これまで身分のこともあって、クウリは自分の発言を遮られたことは殆どなかった為、ひどく屈辱に感じたのかサッと顔を赤くする。


「私の義父を死なせ、妻も手に掛けた。私の家族を奪ったお前を許すことはない」

「なっ…!」


ジャックの妻であったレナを焼き殺したときは周囲に誰もいないことを確認していた筈なのに、それをジャックに知られていたことにクウリは思わず息を呑んだ。


「私が魔族であることを自覚してから、魔力を感知することを意識せずにも行えるようになったからだ。妻の、レナの遺体からは、お前の炎で気道を焼かれもがき苦しんだ最期だったと魔力の残滓が教えてくれた」


魔法が得意ではなかった筈のジャックから、突き刺さるような魔力を感じてクウリの肌がザワリと粟立つ。けれどクウリの顔は、何故か笑みを浮かべていた。


「は…はははっ、たったそれだけのことで?小せぇなあ?ジャックよぉ!」

「黙れ!」


ジャックが声を荒げると同時に風魔法が刃となってクウリを襲い、彼の白い頬に小さな赤い筋が走った。クウリは一瞬キョトンとした顔で指先を頬に這わせ指先についた赤い血を確認すると、まるで上限の月のように唇がニィ、と引き上げられた。


「いいぞ、それでこそ俺の隣に立たせてやってもいいと思った相手だ。いや、隣では物足りない。そうだ、こうして相対することこそ望ましい!」


弾かれたように再び笑い出したクウリを、ジャックは眉根を寄せて虫けらでも見るような目をした。今までクウリよりも上の立場の者、国王ですらそんな目を向けることはなかった。ずっと畏怖と憧憬の混ざった眼差しで見上げられる存在がクウリだったのだ。それを同等、もしくは蔑むような目を向ける者が目の前にいる。クウリはそれだけで背筋がゾクゾクするような感覚に囚われる。


「ああ、何で気付かなかったんだろうな。背中を見せるのでも、隣に立つのでも駄目だ。やっと、やっと俺(・)を(・)見(・)た(・)な(・)」


ケラケラと笑うクウリに、ジャックはますます温度のない冷え込んだ目を向けた。


「ふふっ、良いの。人族とは不安定で、未知数であるな。生まれてから死ぬまで、母系魔力で定められた魔族とは大違いだ。面白い、面白いの。気まぐれに人族と交わってみた甲斐があったというもの」

「母上」


彼女は舌舐めずりをしながら、フワリと肘掛けの上に立った。いつの間にか、片手には極端に刀身が反った短剣が握られている。


「何だ。魔王の側近として一番手柄を務めさせてはくれぬのか」

「アレは、私の獲物(もの)です」

「では、他の者ならば良いか?」

「ご随意に」


ジャックが言い終わらないうちに、彼女は弾むような魔力の残滓を置いて即座に消えていた。



彼女は好戦的な魔族の中でも極めて戦闘狂な性質を持って生まれ、一族の中でもかなり早く女性体に変化した。だが、魔族の頂点である強さに到達した瞬間、彼女は魔族繁栄の為の母とならざるを得なかった。産まれる子は母系魔力を必ず受け継ぐ。だから魔王の座に就いた彼女は長年最前線に赴くことはなく、はるか後方から戦いを眺めるだけだった。


しかし今はようやくその地位をジャックに譲り渡し、踊るように喜々として戦場で血の海を渡り歩いていた。



「さあ、これより人族に永劫の別れを与えてやろう」

「ははっ。お前のような男に、簡単に出来るかな」


ジャックは玉座から立ち上がり、手にしていた剣をスラリと抜いた。それはかつて「剣聖」の称号を賜った際、特別に作らせた長剣だった。幾度も手入れをし、戦場を共に駆けた彼の愛剣だ。

その見慣れた剣の切っ先が初めて自分に向けられたことに、クウリの目が狂気を帯びて爛々と輝き出す。



「さて、先にこの世に別れを言うのはどっちかな?」



この国の頂点が瓦解した日。


この日より人と魔族の争いは苛烈を極め、未だ決着はつかぬままだと遠き国の書物には残されている。しかし魔王と英雄の行方は、どこにも記されてはいなかった。



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