1.言いたい
聖女・メリーアン
私達の国は、ずっと魔族と呼ばれる異形と争いを続けている。
戦場に出たと言うお祖父様は、どれだけご自分がご活躍なさったかは語ってくれるけれど、どうして魔族と戦っているかは教えてくれない。分厚い国史の教科書をめくると、冒頭の神話の伝説が終わる直後から魔族との戦いの記録が記載されていて、一番新しい最後の頁にも終戦の文字はない。
教科書以外のもう少し分厚い専門書を開いたところで、やはり魔族との争いの理由は見付からない。切っ掛けも詳しい理由もなく、ただ「遙か昔から魔族と敵対していた」とだけ。
教師に聞くと、魔族が領土侵犯をして来たとか、人間を襲って多くの村を全滅させたとか、そんな話を聞くことが出来る。でも人によって全然違うことを言うので、どれが本当のことなのかと問うても、皆、曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
その代わり皆が口を揃えて言うのは、「ここ数十年、魔族との争いが激化している」ということは共通していた。
そしてその魔族との争いをやめる方法はどの本にも書かれておらず、誰も教えてくれなかった。
------------------------------------------------------------------------------------
「魔族を絶滅させればいいんだよ。敵は殲滅。戦いの基本だろ?」
ケラケラと笑いながら当然のように言うのは、ジョルサ公爵家の嫡男クウリだ。私の実家の子爵家が寄り子だったのと、同い年ということで親しくさせてもらっていた、いわば幼馴染みの関係だ。
クウリは陽に透けると白く輝くような淡い金髪に、美しく澄んだアイスブルーの瞳をしている。その瞳に見つめられると、私の平凡な樺色の目とは同じものが見えているのかと疑問に思うほどだ。
クウリは同じ年頃どころか既に国の為に前線に出ている魔術師よりも優秀で、天才と呼ばれ、将来は王様に仕える最高指揮官になるのだと言われていた。そして本人もそれを疑っておらず、常に自信に満ちた態度だった。
「魔族を一所に集めてさ、そこを高温で一気に焼けばさすがの魔族でもひとたまりもないよな。いちいち急所を狙う、なんてまだるっこしいと思うしさ」
「その集める方法をどうするんだ」
「そこなんだよなぁ〜。あいつら、勝手に集まってくんねえかな」
「それが出来れば苦労はしない」
ヘラヘラと笑いながら空中に指で小さな魔法陣を描いて、飛んでいる羽虫を落としているクウリの隣で、もう一人の幼馴染みが静かに苦笑していた。
黒髪に黒に近い濃茶色の瞳の彼は、ジャックだ。元孤児で家名はない。一応私達の同い年という触れ込みだが、背は私よりも頭一つ分高く、クウリの倍くらい肩幅があってどう見ても年上のお兄さんだった。でも孤児だから産まれた日が分からないそうだ。
ジャックがこの場にいるのは、彼が幼い頃から剣の秀才で、それを見込まれてクウリの家の騎士団長の養子になったからだ。そして同い年の友人として傍にいるが、その役割はどう見ても護衛だった。
けれど出会った頃の私達はその身分差と役割を自覚するには幼く、一番身分の高いクウリが強く望んだ為に、私達は身分の垣根の低い仲の良い友人として子供時代を過ごした。
------------------------------------------------------------------------------------
そのまま私達は周囲の誰もに幼馴染みだと認識される程に共に過ごし、やがて人脈や社交を広げる目的の為に存在している国立学園に通い出した時も、同じ距離感のままだった。
「この前、王宮魔術師達の前で大規模殲滅魔法を披露したんだ。皆目を丸くしてさ、酷い奴なんかポカンと口を開けっ放しで。二人にも見せたかったぜ」
大きなパンにそのままかぶりついて、咀嚼の合間に自慢をするクウリは、とても公爵家令息とは思えない。だが彫刻のように整った容貌は、そんなマナー違反さえも美しく見せていた。
クウリは強大な魔力と、天才的な発想で新しい魔法を開発し、今や王家も注目している魔術師だ。将来、大魔術師として教科書にも載るような功績を上げるだろうと誰もが予想していた。更に成長してスラリと背が高くなり、本物の王子よりも王子様らしいクウリに、常に女子達から熱い視線が注がれ、それに比例して私には嫉妬の念が絡み付いた。けれど幼い頃からの私達の絆は、そんなものでは微動だにしない。
妙なちょっかいを掛けて来た公爵令嬢に、クウリがこてんぱんに言い返して一言も言い返させなかったのは、今でもちょっと痛快に思っている。
「これでクウリの夢に近付いたな」
「おうよ!俺の代で絶対に魔族との戦を終結してみせるさ。ま、その為にはジャックも活躍してもらわないとな」
「私は地道に出来ることをするだけさ」
「はははっ、次期剣聖様が謙遜が過ぎるぜ」
「まだまだ及ばないよ」
ずっと剣の腕を磨くことを続けて来たジャックは、より一層体付きも大きくなり顔立ちも精悍になった。それでいて控え目な物腰に、華やかなクウリの側にいるとまるで影のような存在だった。でも私は、ジャックがどれだけ努力を怠らずに真っ直ぐに生きて来たかを知っている。
口さがない者は、時折ジャックを公爵家の腰巾着と呼んでいるが、彼の良さは私が一番知っている。皆、彼がどれだけ素晴らしいか、それこそ天才クウリと並び立っても遜色ないことを声を大にして言いたい気持ちになる。本当に彼の良さを知らない、見る目のない者ばかりだ。
でもそう思いながらも、私はほんの少しだけ誰にも知られなければいいのにとも考えていた。
「メリの方はどうなんだ?聖女サマ?」
「もう、やめてよ。まだ候補なだけなんだから」
「おいおい、俺の親友達は自己評価が低過ぎるぜ」
私は学園に入ってから、自分に聖女の力があると認定を受けた。聖女は魔術師の攻撃魔法とは違い、結界や治癒などの補助魔法に加えて、魔族だけに効果のある浄化魔法が使えることで認められる。特に浄化魔法は稀少で、聖女に認定される者は滅多にいない。その中で私は、浄化魔法が最も強いと言われたのだ。
「クウリを見てると、自分はまだまだだって思うのは仕方ないじゃない」
「それは言えるな」
「メリもジャックも何だよ。確かに俺は天才だけど、一緒に並べるのはお前らしかいないんだぜ」
「お前はもう少し謙虚になった方がいい」
「何だよ〜俺が謙虚になったら嫌味だろ?」
「それもそうね」
私達は、学園では毎日のように一緒に過ごした。クウリはどんどん高みに登り、私とジャックはその背中を追いかけた。他の人ではあっという間に見失ってしまうであろう背中を追うことが出来るのは、私達以外にいないと思っていた。
だから、そんな日がずっと続くと、その時の私は愚かにも信じていたのだ。
------------------------------------------------------------------------------------
学園を卒業した私達は、多くの国民と同じように魔族との戦いに関わることになった。
予想通り是非にと切望されて魔術師になったクウリはすぐに頭角を見せて、卒業した半年後には一個師団を率いるようになった。広域の攻撃魔法で魔族達の本拠地を次々と攻め落とし、戦場から傷一つ負わずに帰還する。その圧倒的な強さを誇るように、クウリはわざと白い魔術師の制服を身に纏い、染み一つないまま王都に凱旋して、民衆からは「白の英雄」と呼ばれていた。
ジャックも剣の腕を認められて常に最前線へ赴き、幾多の功績を上げた。敵将を打ち取る度に与えられた勲章は、一年も経たないうちに彼の広い胸でも収まり切れなくなり、一つで百の勲章と同等の価値があるものが新たに作られたほどだ。それでもその後も増え続けているので、そのうちにまた新たな勲章が作られそうな勢いだった。
私はといえば、聖女として王宮に留まって、浄化魔法の研究と強化を行っていた。その中で、私は魔族だけを選んで攻撃出来る魔法を構築中だ。もしこれが完成すれば、どんな戦場でも人に被害を出すことなく魔族のみを倒せる。更に遠距離で、広範囲で発動が可能になれば、安全な場所で魔族を殲滅が出来る。これを使えば、クウリの願った戦争の終結が叶うかもしれないのだ。
そうすれば、クウリもジャックも、戦場に行くことなく私の傍にいてくれるようになる。また幼い頃のように並んで他愛のない話をしながら、二人に囲まれてのんびりと一日中過ごせるのだ。それが私のささやかな夢だ。
こうして場所は離れてしまって滅多に会えなくなったが、互いの活躍はどこにいても耳にする。王都に戻って来た時は必ず会う機会を設けたし、手紙もやり取りしていた。もっとも、ずっと王宮にいて研究を続ける私とは違って、戦場にいる二人からの返事は殆どなかったが、私は三人の絆は確かなものだと信じていた。
しかし、それが変わってしまったのは本当に突然だった。
------------------------------------------------------------------------------------
「ちょっと!?どうしたの、クウリ!」
夕食も終えてのんびりとしたひとときを過ごしていたとき、先触れもなくクウリが訪ねて来た。まるで人目を忍ぶように黒いローブを頭から被っていた。そしてそのローブを外した瞬間、私は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
どんな戦場に行ってもかすり傷一つ負わないで戻って来るクウリの頬は、赤黒く腫れ上がっていた。
「すぐに治してくれ」
「一体どうして…誰がこんなことを」
「いいから、早くしろよ!」
そんな風に怒鳴られるのは生まれて初めてだった私は一瞬固まってしまったが、苛々とした様子のクウリに再び怒鳴られるのが怖くて急いで治癒魔法を掛けた。私の得意は浄化魔法だから、完治するには時間が掛かってしまった。また大きな声を出されるかもしれないという恐怖に集中出来なかったので尚更だった。けれどクウリは痛みが引いて来たのと同時に落ち着いたのか、治療が終わった頃に小さく「ごめん」と呟いたので、私は痛みで苛立っていたのだろうと理解する。
「クウリに怪我を負わせるなんて、一体誰が」
「…ジャックだ」
「ジャック!?まさかそんな…!だって貴方達、ううん、私達は親友だったじゃない」
「……そう思ってたのは俺だけだったみたいだ」
クウリが言うには、先日魔族が国王陛下の暗殺を目論んでいると情報が入り、それを利用してわざとおびき出して迎え撃とうという作戦があったそうだ。その作戦を提案し、陣頭指揮を執ったのはクウリだった。
そしてその作戦は成功し、暗殺を実行しようとした魔族の中でも名のある魔王の側近を倒し、あちらに大打撃を与えた。だがこちら側も、国王陛下やお付きの者の影武者を務めた者達が犠牲になってしまった。
「こちらの被害は十名足らずで、あちらは側近と小隊以上を失ったんだ。俺達の完全勝利だった」
「そうね」
「だが、その犠牲者の中に、ジャックの退役した元上司がいたらしい」
「そうだったの…お気の毒にね。でも、だからと言ってクウリを殴ることはないと思うわ」
「ああ。あいつは変わってしまった。もう…俺に付いて来られる奴はいなくなった…」
クウリはそう言って皮肉げな笑みを浮かべたけれど、その目の奥は哀し気だった。
「ジャックは混乱してただけよ。落ち着けばきっと…」
「…だといいけどな」
ジャックは戦場から王都に戻って来るのはほんの僅かな間で、またすぐに戦闘の激しい最前線へと派遣される。幸いにも大きな怪我はないようだったが、酷く疲れているようで、ここ最近では会う度に目の下のクマが常に張り付いているような状態だった。
「ここのところ疲れているみたいだったし、今度こっちに帰って来たら話を聞いてみるわ」
「…頼んでも、いいか」
「勿論!私達はずっと一緒にいた親友よ。魔族を倒して平和になったら、三人の昔の夢を叶えましょう」
「冒険者になって、世界中を旅するってヤツか」
「ええ!ジャックも忘れていない筈よ。私に任せて」
子供の頃、みんなで話した他愛もない夢物語。でも、それは私の辛い時に道を照らしてくれる大切な思い出だ。それはクウリもジャックも同じ。
この二人が仲違いなんて、あってはいけない。もしあったならば、それを再び繋ぐことが私の役割だ。
この時の私は、そう信じて疑ってなかった。




