表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校一のインフルエンサーは、わたしのガチ恋リスナー  作者: ほりりん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/11

第10話 【奇妙】意図せずして回答は歩みよってくる

 週が明けても、南ひまりの供給は止まらなかった。


 月曜、机に置いた麦茶のペットボトルに「あ、それ、わたしも好き」と共鳴され、火曜、移動教室で歩幅を完璧に合わせられ、水曜、『先週の歌枠の雑談パート、二十三分十秒からが優勝』というピンポイントすぎる布教が届き、木曜、その二十三分十秒――わたしがくしゃみを堪えて変な間を作った箇所である――を確認して、枕に顔を埋めた。優勝の基準がわからない。


 距離は、確実に縮まっていた。そして縮まるほどに、「中身がわたし」という隠しごとの重さも、少しずつ、実感を増していった。


    *


 金曜、二十二時。


「――こんばんは。夜にだけ咲くほうの花、夜顔ルネです」


 いつもの毛布の壁。いつもの、わたしじゃない声。同接は三千八百からのスタート。


「今週のルネはですね、ちょっといいことがありまして。何かは言えないんですけど。言えないなら言うなという話なんですけど。でも皆さん、ありますよね、『いいことがあった』とだけ叫びたい夜。中身は言いたくない、でも『いいことがあった』の五文字だけは提出したい夜。今夜のわたしがそれです。以上、提出でした」


『なにそれw』『かわいい』『受理します』『こちらでも受理しました』『いいことおすそわけして』


「おすそわけはこのあとの歌で。……はい、では今夜も、いきましょうか」


 歌った。


 四曲。いつもどおりの選曲で、いつもどおりの夜のはずだった。


 ただ、二曲目のとき、ふと思ってしまった。この同接三千八百の中に、川沿いの白いマンションの八階が、いるだろうか。いるとしたら、あの祭壇の前で、クッションを抱えて、画面の中の月を見上げているんだろうか――そう思ったら、サビの最後のロングトーンが、自分でもわかるくらい、やわらかく着地した。


『今の何』『息とまった』『優勝』『今日のルネちゃんなんか違う』


 なんか違うのは自覚がある。理由は国家機密である。


 そして、ラストの曲が終わったとき。


 流れるコメントの中に、今夜も、それは咲いた。


『さいた』


 よるのひまわりさん。定位置、定文言。いつもの様式美。


 ――のはずだった。


 三秒後。同じIDが、もう一行、続けたのだ。


『今夜のルネちゃん、なんだかたのしそうでした』


 ……指が、フェーダーの上で止まった。


 よるのひまわりさんが『さいた』以外の言葉を打つところを、わたしは、一度しか見たことがない。


 あの、咲けなかった冬の夜。


 ――今夜で、二度目だった。


 しかも――たのしそう、って。


 声だけで。姿も出していない、歌と雑談だけの配信で。今週のわたしの「いいこと」の温度を、この人は拾った。


「……ふふ。ばれてますね。はい、たのしかったです。理由は言いませんけど。……それでは、今夜の夜顔はこのへんで。おやすみなさい。いい夢を。夜顔ルネでした」


 配信終了。


 同接四千二百人ぶんの夜が切れて、六畳間が戻ってくる。


 ヘッドホンを外そうとしたとき、机の上のスマホが、ぶ、と震えた。


 『南ひまり』。


『すみれちゃん、まだ起きてる?』


『起きてるよね? なんとなく、電気ついてる気がする』


 勘が鋭くて困る。既読をつけるべきか三秒迷った――その三秒目に、スマホが本格的に震えだした。


 画面いっぱいの、着信表示。『南ひまり』。


 ……電話!?


 待て。待て待て待て。まずい。今のわたしの喉は、まだ「夜」のままなのだ。二時間歌ったあとの声帯は、あたたまりきったエンジンと同じで、すぐには冷えない。このまま出たら、三十デシベルの野々原すみれではなく、限りなく夜顔ルネに近い何かが電話に出てしまう。


 でも、出なければ「電気ついてる気がする」の人は、たぶん納得しない。


 ええい。


 咳払いをふたつ。喉のギアを、意識して三段、落とす。昼のわたし。教室のわたし。三十デシベル。


「……も、もしもし」


『あ、出た! よかった! ごめんね、こんな時間に』


 スピーカー越しの声は、弾んでいた。弾んでいるのに、昼間の教室よりすこしだけ低くて、すこしだけ速い。夜の南ひまりの声だ、と思った。


『いまね、ルネちゃんの配信が終わったばっかりで、興奮が指に収まらなくて。文字打つより、しゃべったほうが早いと思って!』


「そ、そうなんだ……ど、どうだった、今日の……」


 どうだった、じゃない。自分の公演の感想を電話で徴収する演者がどこにいる。でも、聞かずにいられる精神力は、わたしには残っていなかった。


『すっっごくよかった! 最後の曲のロングトーン、聴いた? ――あ、ごめん、すみれちゃんリアタイ勢じゃないか。あのね、鳥肌立ったの。ほんとに。部屋でひとりで拍手しちゃった。無観客の拍手』


「む、無観客の拍手……」


『そう。届かないのにしちゃうやつ。……あのね、それでね』


 南ひまりの声が、ふ、と一段、やわらかくなった。


『今夜のルネちゃんね、なんだか、たのしそうだった』


 ――スマホを持つ手に、力がこもった。


 なんだか、たのしそう。


 ついさっき、コメント欄で見たばかりの言葉が、今度は右耳のすぐそばで、声になって、同じ温度で、再生された。


『いいことあったって言ってたし。その中身は言ってくれなかったんだけどね。ふふ。でも、いいことがあった週のルネちゃんの歌って、着地がやわらかいの。わたし、それ聴くと、自分までいいことあった気になっちゃう。今日は過去一凄くてね』


「…………」


『……すみれちゃん? もしもし? 電波?』


「あ! う、うん、聞いてる。聞いてます。……その、南さんは、ほんとに、よく聴いてるんだね。ルネちゃんの、こと」


『えへへ。ガチのやつなので』


 ガチのやつ、が音声で来た。文字で見るより三割、破壊力があった。


 そのあと、南ひまりは五分ほど今夜のセットリストの感想を語り(概ね、演者の意図と一致していた。こわい)、『月曜、学校でね! おやすみ、すみれちゃん』と言って、通話は切れた。


 しん、と静かになった六畳間で、わたしは、スマホを机に置いた。


 置いて、天井を見た。


 ――いいことがあった週の歌は、着地がやわらかい。


 その分析、ついさっき、画面の向こうの『さいた』の人にも、されたばかりである。


 ……いや。


 いやいやいや。偶然だ。感想なんて、みんな似る。四千二百人が見ていたんだから、同じことを思った人が四千二百人いたっておかしくない。


 おかしくない、が。


 よるのひまわりさんは、メン限開設初日組。開設は、去年の六月。もうすぐ、一年。


 ――南ひまりのルネ歴、そろそろ一年。


 ……。


 合ってる。時期が。合ってしまっている。


 落ち着け。あの時期はバズの直後で、リスナーがいちばん増えた季節だ。同じころに来た人なんて何万人もいるし、その中でメン限に入った人だって数百人いる。ひまわりを名前に使う人間なんて、この国に何万人いると思ってるんだ。統計を信じろ。


 信じろ、と三回唱えて、三回とも効かなかった。


 わたしはその夜、初めて考えてしまったのだ。


 毎週金曜、『さいた』の三文字を置いていくあの人は――いったい、どんな顔で、この画面の前に座っているんだろう、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ