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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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37/39

37☆直接なんですけど

 


 メロナドーム第3戦。予告先発が戻って来たことで、球場のボルテージはプレイボール前から最高潮だった。

 オムライス屋の店長と兄夫妻を観客席に招き、若干テンション低めのるなを除いては……。

 スタメン発表。ウグイス嬢によりピッチャー・神月真鈴が告げられると、球場の屋根が震えんばかりの大歓声が起こった。

 ビジターであるドルフィンズは先攻。ブルペンで投球練習中の真鈴は、1回裏まで、姿を見せないつもりらしい。

 今日もショート8番でのスタメンのるなは、ベンチからヒカルの横顔を盗み見ていた。流れるような指使いでサインを出し、ドルフィンズ上位打線をあっという間に打ち取った。

 スリーアウト。るなはグラブを手に、守備位置へ向かう。


「るなー! しっかりなー!」


 振り返りそうになって思い留めた。最前列から兄に似た声がしたが、気のせいということにしておく。

 ピッチャー以外の8人がポジションについた。ホームベース後ろに立つ、サエが頻りにベンチを向く。


『絶対、大丈夫です。るなさんが後ろ手守ってくれてるんですもん』


 試合前、練習場で最後に話した時の真鈴は、余裕の笑顔だった。

 ……信じてないわけではない。だが、るなはたまらずサエに駆け寄った。


「サエさん、真鈴は?」

「いや、ベンチ裏までは一緒に来たんだよ? なんかトラブったのかなぁ……」


 どうしよう。迎えに行こうか。探しに行こうか……。

 そわそわするサエ。あまりにも遅いエースに、球場もざわめき始めた。


「……来た!」


 サエのトーンが高まった。るなもベンチへ向いた。何事もなかったかのように、真鈴が姿を現した。

 一気に盛り上がりが増す球場。その声援を背に、真鈴はマウンドへ駆け上がった。


「あいつぅ……」


 大歓声の中、マウンドを足でならす。遅すぎたエースの登場にホッとしているサエに向かってグラブをパタパタさせている。『ボールください』の合図だ。

 投球練習が始まる。るなは駆け足で守備位置に戻る途中、「真鈴」と声をかけた。

 だが、真鈴は横目をよこしてきただけで、すぐに投球練習に入った。

 集中しているのだろう。表情はいつものりりしいエース様だ。ボールの軌道もスピードも申し分ない。不安が伝わるといけないので、るなも過剰に気にするのはやめた。


「プレイ!」


 球審のコールで、1番バッターに投じる。自慢のストレートで3球三振。レフト側外野スタンドだけでなく球場全体から、わっと拍手が起きた。


『2番・キャッチャー ヒカル・アリサワ』


 アナウンスと共に、ライトグリーンのユニフォームを身に纏ったヒカルが、ゆっくりとバッターボックスに入る。その瞳は、マウンドの真鈴を射抜くように見つめていた。るなには口元が少し綻んでいるように見えた。


「プレイ!」


 バッターボックスに立つヒカルは、一度も真鈴から目を逸らさない。

 対する真鈴は、キャップを目深に被り直す。ギリギリまでヒカルを直視しないつもりらしい。サエのミットだけに集中しているようだ。

 サエがそのミットを構えた。だが、サインを出した様子がない。真鈴はセットポジションに入る。るなはごくりと唾を飲んだ。

 1球目。外角高め。ギリギリストライクを取れたが、バットを構えたまま微動だにしないヒカルが、るなには不気味に見えた。

 サエから返球されたボールをキャッチする真鈴。穴が開くほど見つめるヒカルの視線を避けるように顔をそむけている。

 何も知らない人からすれば、しれっと投球に専念しているピッチャーにしか見えないだろうが、全ての事情を知ってしまったるなからすれば、『今度こそ逃げない』と『今度こそ逃がさない』の攻防にしか見えない……。

 2球目。内角に入りすぎ、ヒカルの腹部すれすれを行く。ヒカルはピクリとも動かない。1ボール、1ストライク。

 3球目。危うくワイルドピッチ。ヒカルの頭上を越える投球を、サエが伸び上がってキャッチした。2ボール、1ストライク。

 不気味に見つめ続けるヒカルからは『私は逃げないから、あなたも逃げないで』というオーラが感じられる。それに真鈴が気付いているのかそうでないのかは、るなの位置からは判断できない。

 真鈴が一度、プレートから足を外した。左手をぷらぷらさせている。違和感でも出たのだろうか。力みを取るためだろうか。あるいは、自分を落ち着かせるためだろうか……。

 肩で大きく息を吐き、再びセットポジションに入る。

 4球目。真ん中高め。だが、今度は肩の高さなのでボール。3ボール、1ストライク。

 ここまで、サエは毎度内角高めにミットを構えている。構えと違うところに跳んでくる真鈴の豪速球をかろうじて取ってはいるが、表情は引きつりまくりだ。

 るなはベンチを確認した。監督もサインを出していない。腕組みをして、静かな戦いを見守っている。

 監督もサエも、真鈴に止められたのだろう。『絶対に打ち取るから、サインを出してくれるな』と……。


「……ったく、プライド高いわ、わがままだわ……。しょうがないなぁ」


 るなはたまらずタイムを取った。3ボール、1ストライク。次を外せばフォアボールでクリンナップに回ってしまう。

 内角高めに拘らず、いつもの真鈴の投球でいけばいいものを……。


「なんですか?」


 マウンドへ駆け寄ったるなを、真鈴は不機嫌に見下ろしてきた。真鈴越しに佇むヒカルは、一度バットを降ろし、今度はるなを見つめてくる。


「手、貸して」


 るなには分かっていた。真鈴が怯えているのではない。彼女の身体が、細胞が、拒絶しているのだ。大好きな姉に向かって、再び致命的な一球を投じることを……。

 るなは真鈴の指を取り、ボールの縫い目にルナイダーの並びをかたどっていく。意図を察した真鈴は「マジですか?」と驚いた。


「顔面目がけて。大丈夫、絶対当たらない。これなら内角高めに浮く軌道から外角低めに逃げていくから」

「……ルナイダー? あたしには無理だってるなさんが……」

「大丈夫! ポイントは中指をこの角度よ? 忘れないで!」

「でも……」

「私が大丈夫って言ってんだから、大丈夫なの! 信じられない?」

「……」

「大丈夫だって。さすがにヒカル先輩も、今の真鈴の豪速球を避けないほどバカじゃないから。当たったら、もう自分も真鈴も今度こそ再起不能になることくらい分かってるよ。だから、力を抜いて?」


 強い眼差しを向ける。真鈴はしばらく自分の指を見つめていたが、ふっと笑ってグラブで包んだ。


「三振取れたら、今夜一緒に寝てくれます?」

「……ほっぺにチューくらいはしてあげてもいい」

「もうっ、小学生ですか、あなたは」


 最後に「けちっ」と付け足し、真鈴はホームに向き直った。添い寝の約束に応じなかったのは、真鈴が三振を取れる確信があるからだ。

 守備位置に戻ると、ヒカルと目が合った。互いに、にやっと口角を上げた。『何を話してたの?』という顔だ。対してるなは『お楽しみに』と返す。


 5球目。るなは手に汗握りながら、真鈴のセットポジションに合わせて身構える。ヒカルのグリップに力が入るのが分かった。

 真鈴の指からボールが放たれていく。そのフォームは、これまでで最もダイナミックで、最も美しかった。

 まるで、湖面から飛び立つ白鳥のようだった……。

 ボールは、一直線にヒカルの顔面、左目を目掛けて突き進む。

 場内から悲鳴が上がった。ぶつかる! 誰もがそう思った。

 ヒカルだけが『待ってました』と言わんばかりに目を細める。わずかに後ずさり、バットを大きく引き寄せる。

 まるで魔法にかかったかのように急激に軌道を変えるボール。、ホームベースのわずか手前で、対角線上の外角低めへと、吸い込まれるように逃げていく

 ヒカルが、その細身の全てをかけて強振した。乾いた音が響いた。

 宣言通り、ヒカルは打ち返した。打球は真鈴の足元目がけ、一直線に跳んでいく。


「真鈴っ!」


 打球は真鈴の大腿を直撃し、跳ね返ってマウンドへ転がる。ピッチャーライナーに反応し遅れ苦痛に顔をゆがめる真鈴は蹲りかけたが、それでも打球を追いかけ一塁に素早く投げた。駆け抜けるヒカルより先に一塁手のグラブに収まり、結果ピッチャーゴロに仕留めた。


「真鈴っ!」


 るなを始め、内野手もコーチもトレーナーもマウンドへ集まる。ヒカルのアウトを見届けてから崩れ落ちた真鈴を囲む。


「真鈴、大丈夫っ?」

「……大丈夫です……。と、言いたいとこですけど……」


 トレーナーの肩を借り、治療のため一度ベンチへ下がる。球場は騒然となった。ベンチがブルペンとの連絡やらで慌ただしくなった。

 何も出来ないるなは、顔面蒼白で硬直しているヒカルに寄り添いたかった。心ない観客が、ヒカルに罵声を浴びせている。一塁コーチャーが、ヒカルの肩に手を回し、宥めながらベンチへ下がらせた。


 *


 真鈴はマウンドへ帰って来なかった。

 検査の結果、骨には異常なかっったが、打撲が酷く、痛みが引くまでは投球はしないようにと意思に告げられた。

 急遽、真鈴の後を引き継いだのはリホ。試合開始ツーアウトしか投げれなかったため、結果的にスライド先発登板のようになったが、振り回されっぱなしのリホは、そんなトラブルやプレッシャーに臆することなく淡々と自分の投球をし、終わってみれば3対0で勝利投手になった。

 義姉妹の密かな戦いは、表面上は打ち取った真鈴の勝ちだ。

 だが、きっとあの義姉妹にとっては、納得のいかない勝負になったに違いない。

 真鈴の足に当たらなければ、ヒカルの打球はセンター前に抜けていたはずだ。運悪く当たってしまったためにゴロアウトになっただけである。

 ヒカルはきっと詠んでいた。真鈴がやはり内角高めを投げられないことを。そして、るなのアドバイスによって、斜めに落ちるルナイダーを投げてくることを。

 ヒカルの、勝ちだ……。











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