18☆食べられないんですけど
オムライス店の扉を開けると、人の良さそうなおじいさんが出てきた。真鈴を見るなり、両手を広げて歓迎する。
真鈴も嬉しそうに駆寄る。るなを紹介したらしく、おじいさんのほうから握手を求めてきた。
「ようこそ。真鈴の大切な人なら、大歓迎だよ」
肌の色からするに、現地の人だと思われる。真鈴とは英語で話していたが、るなには日本語で話してくれた。笑うと出来る目じりのシワが、おじいさんの穏やかな笑顔をより引き立てている。
るなは何と言ったらいいか分からず「初めまして」とおじいさんの手を取った。
席に通されてからも、真鈴とおじいさんの会話は続く。英語なので何を話しているのかは分からないが、真鈴の表情がとても柔らかい。小さい頃から知っている存在なので、きっと心を許しているのだろう。
「るなさん。あたしのおすすめオムライスでいいですか?」
「うん。魚介類が入ってなければ」
「了解です。お任せください」
オーダーを受け、おじいさんはようやく厨房へ戻って行った。真鈴はまだ、嬉しそうににこにこしている。
「真鈴、嬉しそうだね」
「ふふっ、そりゃそうですよ。るなさんとの初デートですもん」
「デートじゃなーい。これは外食。ご飯食べに来ただけ。そうじゃなくてさ、あの店長さんと話してる時の真鈴、初恋の人に会った時みたいな顔してたよ?」
わざと茶化すように言うと、真鈴はムッと口を尖らせた。
「はい? 初恋はるなさんだって言ったでしょう? あたしの初めて奪っておいて、無責任な比喩やめてくださいよ。店長とは長い付き合いなので、親戚みたいなもんです。るなさん、『初恋の人に会った時みたいな』って、そんな状況になったことあるんですか?」
「ない」
きっぱり言ったにも関わらず、真鈴はテーブルに頬杖をつき、ジト目でるなを覗いてきた。
「ふーん、ふーん。るなさんのプリティハートを射止めた不届き者はどんな野郎なんですかねぇ。ムカつきますねぇ。るなさんの次にかっこいいこのあたしが、超高速ストレートでそいつの顔面にデッドボール食らわしてやりたいですねぇ」
「聞いてる? 物騒なこと言わないの。ボールは人に当てちゃダメって、小さい頃習わなかったの?」
「んなこと習いませんよ。恋敵には恋敵らしく、正々堂々と野球で勝負してもらわないと」
「デッドボール食らわすとか言ってる人の、どこが正々堂々よ。そもそも、初恋なんか……」
るなが言いかけたところで、真鈴はガバッと身を乗り出してきた。
「あっ、るなさんお兄さんいましたよね。まさかの『お兄ちゃんのお嫁さんになるー』ですか!」
「お兄ちゃんなわけないでしょー? うちのお兄ちゃん、優しい時は優しいけど、ほんっと意地悪ばっかしてくるんだもん。メディアにはいい顔してるから、お兄ちゃんの意地悪エピソード、ファンの人にバラしてやりたいくらいよ。近いうちにこっち来るかもって言ってたから、真鈴にも紹介してやりたいわ」
「……る、るなさん? それって……」
「勘違いしないでよ? 私とあなたは『チームメイト』。真鈴が期待してるような『紹介』じゃないからね?」
「なぁーんだ。がっかりですよ」
ようやく興奮が覚めたらしく、真鈴は背もたれに身を預けた。いじけてるようだが、おとなしくなったのでよしとする。
「お待たせしました」
一息ついたところで、ちょうどオムライスが2つ運ばれてきた。
……が、るなはすぐに異変に気付く。
「真鈴、これって……」
とろみのある、黄色いたまご焼き。その上にかかっているのは、デミグラスソースでも、ケチャップでもなく……。
「ね、ねぇ、この緑色……」
「もちろん、メロンソースですよ? ここの一番の人気メニュー『メロナオムライス』です」
迂闊だった……。
セシアナは、カレーに南国フルーツを入れる国……。
酢豚のパイナップルも、生ハムメロンも、ドライカレーのレーズンでさえ許せないるなには、あまりにも相性の悪いソウルフードであった……。
「久しぶりだなぁ。いただきまーす」
スプーンを持つことすら躊躇うるな。そうとは知らず、真鈴はいつになく早いペースでオムライスを頬張っている……。
思えば、日本人の血が半分流れているとはいえ、真鈴はセシアナ育ちのセシアナ人だ。
そして、るながフルーツカレーが苦手なことは知らない……。
「い、いただきます……」
とはいえ、ここまで連れて来てもらった手前、食べないわけにはいかない……。
そっとスプーンを構える。鮮やかな緑色のメロンソースがかかっていない、端のほうにスプーンを入れてみた。
断面を覗いてみた。恐れていた現実が、るなをどん底へ突き落とす。なんと、中のライスも薄っすら黄緑色。そして、ジューシーそうな果肉がこんにちわした……。
ありえない……!
るなは震える手で『口に合いますように……!』と祈りながら、恐る恐る口にした。
「うわっ、甘っ!」
思わず言葉に出てしまった……。真鈴が驚いて顔を上げた。いつもは倍以上のスピードで食べるるなの手が止まっていることに気付き、真鈴は不思議そうに首を傾げた。
「どうしました? 甘くておいしいでしょう?」
「えっ……。う、うん。甘い……ね……」
それ以上は言えなかった。るなが葛藤している間に、真鈴の皿は残り半分を切っていたのだ。いつもは優雅に食べ進める真鈴が、ぺろりと平らげそうな勢いのオムライスを……。
まずいだなんて……。
言えない……。
先ほどまでは、メロンとオムライスが仲良くダンスしている妄想をするほど楽しみだったのに、まさか本当にこの2つが手を取り合っていたなんて……。
頑張れ、頑張れ、夕海るな! と腹に力を入れ、もう一口だけ頑張ってみた。
……やはり、2つは仲良くなれない。ハーモニーどころか、お互いがお互いの存在を消さないよう尊重し合っているような、お互いの尊厳をかけて殴り合っているような……。
「るなさん」
もはや、飲み込むことすらも身体が拒絶している。呼ばれて視線だけ上げると、真鈴が不安げに見つめていた。
「無理しないでください。あたしが食べますから」
すでに完食していた真鈴は、空になった皿と、ネズミがかじったようなるなの皿を黙って入れ替えた。
真鈴は黙々と2つ目を食べ出した。さすがに申し訳なくなったるなは、なんとか口の中のものだけ飲み込む。オエッと声が漏れそうになるのを必死で堪えた。
おじいさんが厨房から出てきた。るなが先に完食したのだと勘違いしたらしく、嬉しそうに目を細めている。居たたまれなくなり、るなは水を飲むふりで俯いた。
「サービスですって。……これは食べれますか?」
おじいさんが去り、るなの前には、シャンパングラスに注がれた緑色の液体と、メロンシャーベットらしきデザートが置かれていた。
「メロナシャンパンと、メロンソルベです。これもあたしの好物なんですけど……」
「う、うん。いただく……」
まずは果肉入りのシャーベットを一口。こちらはビビらずとも、普通においしい。シャンパンのほうも、メロンの芳醇な香りで飲みやすかった。2人きりの店内には、カトラリーの音だけが静かに響いている。
気まずさしかない。るなと違って大食いではない真鈴は、スピードを落としながらも着々とオムライスを減らしていく。るんるんで入店してきた2人に、食事前のような会話は一切なくなった。
結局、真鈴が2人分のオムライスを完食するまで、お互い一言も発さなかった。車の運転がある真鈴はシャンパンを断り、シャーベットだけ食べ終わると「行きましょうか」と立ち上がった。
真鈴が席を立つと、その向こうの景色にパネルやトロフィーが飾ってあるのが見えた。
パネルは少しだけ若い真鈴が、ボールを投じた瞬間の写真だった。トロフィーには、『Rookie of the Year』と書かれていた。
実家でもなく自宅でもなく、このオムライス店に置いてある理由……。
聞かずとも、ここが真鈴にとって、とても大切な場所なのだと物語っている……。
「あの……真鈴。ここは私に払わせて?」
「……何言ってるんですか。誘ったのはあたしですから。るなさんは先に出ていてください」
「でも……」
真鈴は目を合わすことなく、るなの背を押す。仕方なく先に退店しようとしたるなに「また来てくださいね」とおじいさんが微笑んだ。なんとか笑顔を造り「はい。ごちそうさまでした」と会釈をする。
真鈴がカードを差し出しながら、おじいさんと英語で談笑し出した。表情からするに、るなの話ではなさそうだ。邪魔しないよう、そっと扉を開ける。
店の外は、日中の蒸し暑さが嘘のような冷たい風が吹いていた。るなは腕を摩り、窓ガラス越しに見える真鈴の嬉しそうな横顔を見つめていた。




