12☆かっこいいんですけど
満員御礼のオーシャンドーム。アクアマリンから電撃移籍してきた神月真鈴を一目見ようと、ドルフィンズファンだけでなくアクアマリンファンまでが押し寄せていた。
球場外のビジョンには、観戦チケットを手に入れられなかった多くのファンが詰めかけ、急遽設置された真鈴の特別映像に目を奪われている。
『さあ、今夜からサザンリーグ1位のクイーンマーメイドとの3連戦。連敗脱出の鍵を握るのは、超電撃移籍のスーパースター。ドルフィンズユニフォームに袖を通しても、変わらぬ実力で敵を圧倒するでしょう! セシアナが生んだサラブレッド。容姿端麗の天才。カリスマ・神月真鈴のストレートが勝利へ導く!』
ナレーションに合わせ、アクアマリン時代の眩しい名場面が次々と流れている。爽やかな笑顔のショットには、キラキラの効果音付き。試合後のインタビューの名台詞には、ピンク色のテロップまで付く過剰演出。
それでも、ビジョンを見上げるファンはいちいち目をハートにしているのだから狙いは的中である。
移籍の理由は、もちろん両球団内だけのトップシークレット。メディアもこぞって深読みや憶測を立ててはいるが、真実に辿り着くメディアなど今後も出るはずがないだろう。
「ちょっと、アイドルかなんかと勘違いしてるんじゃないですか? 広報部」
同じ映像が流れているロッカールームで、るなは1人シラケていた。つい言葉にしてしまったが、周囲の突き刺さるような視線に、慌てて口を覆う。るなの隣でモニターを見上げていたキャッチャーのサエまでも、「いや、アイドルだから!」とツッコんできた。
「あのね、るな。うちらは動く広告塔。神月真鈴はその頂点! 年俸を3分の1にしたって話しだけど、神月真鈴がうちに入ってきたことで、何百億というお金が入ってくるのよ? アイドルどころか、アイドルよりもアイドルだから! アイドルの中の神の申し子だから!」
鼻息荒く力説されても、最後のほうはなかなかにピンとこない……。だが、今日はすでに真鈴とサエのバッテリーということが発表されているので、サエのテンションがおかしくてもしょうがないのかな……と冷静に考察する。
「あー、そ、そうですよねぇ……。サエさん、今日も頑張ってくださいね」
「うん、ありがと! いやぁ、しかし……神月真鈴のあんな速いボール、私に取れるかなぁ」
「え? バッテリー練習、してないんですか?」
「そうなんだよねぇ。独りで投げたいんだって、ずっとブルペンで練習してる。誰も入ってくれるなって、中継ぎ投手たちは別んとこで練習してるの。天才といえど、やっぱ移籍後で緊張してんのかもね。あーぁ、私、信用されてないのかなぁ」
ロッカーをパタンと閉じ、肩を落とすサエ。真鈴はまだルナイダーにこだわっているのだろうか……。るなはヤキモキしながらも、試合用ユニフォームに着替え始めた。
「サエさん」
いきなり背後から噂の当人に声をかけられ、サエは「うひゃっ!」と飛び跳ねた。
汗だくの真鈴が立っていた。首からかけたタオルで、次々に流れ落ちる汗を拭っている。
いつもは落ち着きのある頼れる先輩なサエだが、真鈴の前だとどうしても緊張してしまうようだ。
「い、い、いやいやいや、信用されてないなんて思ってないよ? 思ってないよ? 私はただ、あなたの速球を受けられるかなぁーって……」
「……え? 信用?」
「い、いやいやいやいやいや、なんでもないの、なんでも! それより、そろそろバッテリー練習しない? サインの確認とかもしたいし」
「はい。一度着替えてから行くので、先にベンチ行っててもらっていいですか?」
るなは、真鈴がこちらをチラリと見たのを視野の端で感じた。
「もももももちろん! じゃあ先行ってるね!」
サエは足がもつれそうなほどに、わたわたと走って行った。キャップを被り、着替え完了のるなに「お願いがあるんですけど」と真鈴が耳打ちしてきた。
「るなさんのグローブ、貸してもらえませんか?」
「え? なんで野手用の? 自分の、血まみれにでもなったの?」
「違いますよ。御守りにです。るなさんの、あのボロボロのグローブを持ってれば、ルナイダーが投げれる気がするんです。今日も持って来てるんでしょ?」
「やーよ。また弱気になってるの? 今日はもうスライダーは諦めて、いつものストレートとフォークでいきなさいよ」
「ちぇっ。貸してくんないならチューでもいいですけど」
「どっちもイヤ」
るなはプイッと顔を叛け、バットとグローブを抱き抱える。
チームメイトたちの視線を感じた。まだ移籍して数日というのもあるのだろうが、スーパースターすぎる真鈴に話しかける勇気ある選手はいない。こそこそ話しが気になるらしく、支度しながらも耳を欹てているようだ。
しょうがないなぁ……と、るなはロッカー内に半身を入れながらゴソゴソする。
「これならいいでしょ?」
るなは御守りグローブに、水色のバスタオルを巻いた。それは真鈴と出会った時にもらった、非売品のタオル。真鈴は初め、それが何か気付かなかったようだが、「持っててくれたんですかぁ」とニタニタし出した。
「いつか返そうと思って置いてただけ。タオルなら、ベンチに置いといても誰もおかしく思わないでしょ」
「さっすがるなさん! この御礼は夜に身体で返しますねー!」
「ちょっ……変な言い方やめてっ」
タオルを抱え、ルンルンでロッカールームを出て行く真鈴。るなは周囲に聞かれていまいか肝を冷やしていたが、幸いにも会話までは聞かれていなかったようだ。
なんだかんだ真鈴の要望に応えてしまったのは、昨夜あんな顔を見てしまったからだろう……。
いつまでも真鈴の心配してる場合ではない。自分は今日もスタメンから外れたのだから、出番が来たら即結果を出さないとだ。
*
球場内にスターティングメンバーの発表が告げられると、割れんばかりの大歓声が起こった。1回の表、マウンドへ向かう真鈴に、黄色い真鈴コールが谺す。
るなはベンチの最後列で、タブレット片手にグラウンドを見つめる。るなの前だところころと表情を変える真鈴だが、今は真剣そのもの。集中している姿はまるで別人だ。
黄色い歓声がよく似合う、王子様のような真鈴。マウンドに立つ真鈴は、るなが画面越しに見ていた『神月真鈴』の姿。キリリとしまった表情に、るなでさえぞくぞくしてしまう。
やっぱり、かっこいいな……と見惚れてしまった。
「プレイボール!」
球審の合図で、真鈴がセットポジションに入る。緊張で顔が強ばっているサエとは裏腹に、新しいユニフォームでも、真鈴の涼しくりりしい姿は変わらない。
「ボール!」
1球目。球審の頭を越える暴投。キャッチャーの取れる球ではない。サエの顔色が明らかに蒼白になっている。
るなは「マジで……!」と呟いた。斜め前に座る監督も察したようで、表情筋をピクつかせている。
2球目。避けきれなかったバッターの肩に辺り、デッドボールで、ノーアウト一塁。真鈴はキャップを取り、軽く頭を下げた。
2人目。1球目でまた暴投。慌ててサエが取りに行くも、ノーアウト二塁。
まだ3球しか放っていないというのに、いきなりのピンチ。先程までの黄色い歓声は、見慣れない姿のエースにどよめいている。
「真鈴!」
見かねた監督が怒鳴った。真鈴が振り返る。『ストレートで押せ』、そうサインを出す監督のほうではなく、明らかに斜め後ろのるなを見ている。
まるで、アドバイスを求めているかのように。
こっちじゃないでしょ! と、るなは視線で監督のほうを見るよう促した。だが、真鈴は中指の第一関節だけを器用にぴょこぴょこ動かしている。
しょうがないな……! イラつきながらもるなは、放る際の形に中指と薬指を曲げた。ピンッと弾いてみせる。真鈴の口角が片方上がった。伝わったらしい。
しかし、一向にルナイダーは決まらない。蒼白を通り越して冷や汗ダラダラになったサエがマウンドへ行く。口が『OK』と動いたように見えた。サエの説得に応じたようだ。
それでも暴投は続く。サエのサインに、真鈴はすました顔で、しきりに首を横に振っている。あっという間にノーアウト満塁になった。
「タイム!」
監督がコーチに耳打ちし、伝書鳩のようにコーチがマウンドへ走っていく。真鈴はうざったそうな顔で頷いている。グローブをコーチに向け、話を遮った。
その後、真鈴がルナイダーを投げることはなかった。お決まりのストレートとフォークで3連続三振を取った。今までのピンチが演出であったかのようだ。
「さすがね……」
監督が呟いた。るなも同じことを思っていた。
長い手足を活かし、上から振り下ろされるダイナミックなフォーム。試合前の練習であれほど汗だくだったにも関わらず、マウンドでは涼しい顔が1ミリも崩れない。
これが、セシリアナンバーワンピッチャー……!
キャッチャーのサエの表情は多少強ばりを残してはいるけれど、構えたところに吸い込まれていくボールを落ち着いて受けている。
一回の表はバッター6人と対戦するも、簡単に討ち取りチェンジ。真鈴はひょうひょうとベンチに戻ってくる。一言申そうと立ち上がった監督をひらりと交わし、ちゃっかりるなの隣に座った。
「へへっ。やっぱダメでしたぁ」
「……カメラが向いてる。話しかけないで」
小声で突き放す。るなの視線は、相手チームの先発ピッチャー。『神月真鈴と会話なんてしてませんよー』という表情を作っている。
「冷たっ。ちゃんと押さえてきたのになぁ」
るなは冷たくするしかなかった。平然と話しかけてくるカリスマに、誰もがハートの目を向けているからだ。バッテリーを組むサエですらも気軽に話しかけられないのに、ちんちくりんの新人日本人選手が公然の場で話していい人ではないのだ。
そんなるなの心情も知らず、真鈴は口笛を吹きながら肩をクルクル回していた。
サザンリーグの1位を独走するチーム打線相手に、ドルフィンズの新エースは赤子の手をひねるかように次々三振を奪っていく。
8回が終わり、80球にも満たない圧巻の投球で、相手チームだけでなく所属チームまでも黙らせている。
こりゃ誰も彼女の破天荒を注意できないわけだ……と、るなも納得してしまった。
試合は相手のエラーでもらった1点のみだったが、結果オーライ、ドルフィンズの久しぶりの勝利。お立ち台はもちろん、弱小チームに降臨した勝利の女神・神月真鈴。
「るな」
途切れることなく浴びせられるフラッシュの中に真鈴の姿がある。記者に囲まれているその女神に視線を向けながら、監督がるなを呼び止めた。
「はい」
「分かってるね。真鈴の暴投の理由はシークレットだよ?」
「……もちろん、分かってます」
もちろんだ。今日も出番のなかったさえない選手が、カリスマにルナイダーを教えているなど、誰も信じないだろうし、烏滸がましくて言えるわけがない。
小柄なるなには縦の落差が付けにくいので、横や斜めに揺さぶる変化球が合理的。一方、身長もパワーもある真鈴は、るなのようとは真逆。縦の変化と力でねじ伏せる今のフォームが最適である。
今日の投球を見ていても、習得には程遠い。真鈴の不安が現実にならないうちに、速く諦めてくれることを祈るしかない……。




