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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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13/24

13☆お祝いなんですけど

 


 まさにカリスマの力を見せつけたデビュー戦であった。

 鮮やかなピッチングがまだ、るなの瞼の裏に焼き付いている。いや、自分だけでなく、あの球場にいた全ての人間が同じに違いない。

 思い出しても鳥肌が立つ。打てるはずがない。るなはバッター目線として、改めて敵にしたくない人物だと思った。


「夕海様。おかえりなさいませ」


 ふわふわした気持ちのままホテルに戻ると、フロントスタッフに呼び止められた。


「お荷物が届いております。お部屋までお持ちいたします」

「荷物? どこからですか?」

「日本からです。送り主は『夕海春平』様です」


 夕海春平ゆうみしゅんぺい、兄からであった。スタッフがゴロゴロと台車を押してきた。かなり大きめの段ボール。るなは「お願いします」と頭を下げた。


「もしかして、もしかして……!」


 部屋に着くや否や、期待がるなの手を早める。野球用具の入ったスポーツバッグを雑に置き、早速段ボールの開封に取り掛かる。

 まず目に飛び込んできたのは、クッション材変わりの新聞紙。それもスポーツ新聞だ。しかも、ちゃっかり兄が一面に映っている。

 あーはいはい。と流し、るなは更に手を進めていく。


「やったー! お茶漬けー!」


 るなにとっては宝箱であった。チンするだけのカトウのご飯。レトルト食品の牛丼や親子丼や中華丼。ビーフカレーに麻婆豆腐。カップラーメンはグルテンフリーという気遣い付き。その他にもフリーズドライの雑炊やお粥などなど。全てるなのお気に入りのメーカー、しかも特盛りで揃えられていた。

 ズラリと並んだレトルト食品と缶詰たち。それらを床に広げ、るなは高揚感に満たされる。アスリートとして身体には良くないと分かってはいても、『腹が減っては戦は出来ぬ』である。


「ん?」


 ごちそうの中から、一枚の便箋がひらりと落ちてきた。日本語とは思えないこの字の汚さは、紛れもなく実兄からだ。


『かわいい妹へ。どうせ魚介類に泣かされてんだろ? 優しいお兄様から、お子ちゃまな妹のためにプレゼントだよ。長い休みが出来ちゃったから、落ち着いたらちょっとだけそっち行くかも。そん時は、御礼に高級セシアナ料理に連れて行けよ?』


 最後に、ケガすんなよーと締めくくられていた。


「長い休み……?」


 日本もまだシーズン中だ。るなは首を傾げ、先程のスポーツ新聞に目を落とす。そこには『夕海春平、左手首押さえ緊急降板。長期離脱か?』というショッキングな見出しが書かれていた。

 宝箱の高揚感は一瞬で吹き飛んだ。るなは慌ててスマホを手に取る。あちらの時間では夜中の1時過ぎ。確実に寝ているだろうが、るなの指は兄の電話番号をタップしていた。


『なんだよー……。お前、ほんとマイペースな? こっちが電話くれって言えばしないし、寝てんの分かっててかけて……』

「いいからっ、そんなことどうでもいいからっ!」

『あー、荷物着いたのか? 優しいだろー? お兄様に感謝しろよ?』

「ねぇ! お兄ちゃん、ケガしたのっ? 長い休みって、そんなに酷いケガなのっ?」

『おいこら、まずありがとうが先だろーが。ちょっと打球の当たり所が悪くて、骨折れただけだから大丈夫だよ。おかげでワイフとのんびりできるしー』


 マイペースなのはどっち? と毒づきそうになったが、タフで今までケガなどしたことのない兄なりの強がりかもしれない……と思い、寸前で飲み込んだ。


「でもこの新聞って、私がこっち来る前の2日前の日付になってるよ? お兄ちゃん、もしかして私に心配かけないように黙ってたの?」

『まーね。優しいお兄様だろ? っつーわけでさ、リハビリに入るまでは自宅安静だから、ワイフの休みに合わせてそっち行くかも。なんか食べたいもんあったら先に言っとけよ?』


 ヘラヘラとしたいつもと変わらない調子なので、るなには兄の本心が分からなかった。ひとまず宝箱の礼を言って通話を切った。

 兄のケガももちろん心配なのだが、義姉とセシアナに来るという心配が、るなの脳内で膨らんでいく。

 半年前に入籍した兄の相手はスポーツ記者。父と4人で会食した際にはとても感じのいい女性だなとは思ったが、仕事柄、るなのプライベートもジロジロ覗かれてはいまいかと不安に思ったことがあるのだ。

 正直、義姉にはあまり会いたくないので、仕事の都合がつかず来なければいいなぁ……と願ってしまう自分がいる。


「ま、それはおいといて。さーて、どれから食べよっかなー」


 特盛りカトウのご飯はどっさりある。より取り見取りのごちそうに目移りしていると、膝に置いたスマホがブーブーと振動し出した。


『ハァーイ、るなさん! 取材やら撮影やらで遅くなっちゃったんですけど、今から帰りますねー。試合の直前まで投げ込んでたのがやっぱ悪かったんですかねぇ。結構疲れちゃったんで、今日は簡単なものでもいいですかー?』


 りりしい横顔が思い出せないほどのハイテンション……。真鈴にとって、調理は苦ではないのだろうか? どんなに疲れていても作ろうとするのは、真鈴自身のためなのか、はたまた……。


「お疲れ様。今日は1人で食べるから大丈夫。真鈴もゆっくり休んで?」

『えーっ! どういうことですか? 今夜、身体で払うって言ったじゃないですかー!』

「だからぁ、変な言い回ししないでよ。周り、誰もいないんでしょうね?」

『いないですよ。今、車乗ったとこですから。あたしとるなさんの愛の囀りを盗み聞きする人は誰もいません』

「愛の囀りをしてる人が、そもそもいません」


 バッサリ切り捨てた。それでも、真鈴はご機嫌に含み笑いを漏らしている。


『ふふっ、まーたまたぁ。冷たい言い方しますねぇ。ほんとは、あたしのピッチングにびしょ濡れだったんじゃないですかぁ?』

「え? びしょ濡れって?」

『あ……いえ。なんでもないです』


 意味が分からん、と首を傾げるるな。エンジンをかける音がしたので、「ほんとに今日はいいから」と通話を切った。

 ……とはいえ、冷静に考えてみれば、自分はごちそうになりっぱなしなのに、食料ができた途端に1人で食べるから、というのも失礼な気がしてきた。

 るなは宝箱の中から特盛り赤飯のパックを2つ取り出し、702号室の前で待つことにした。


「あれー? るなさん、やっぱあたしの手料理を食べたくて……」


 エレベーターを降りた途端、真鈴の歓喜の声がフロアに響いた。るなは「しーっ」と人差し指を立てる。散歩を告げられた大型犬のごとく、わふわふと駆け寄ってきた。


「いやぁ、るなさんの顔見たら、途端に疲れ飛んでったかも。ほんとにあり合わせだけどすぐ作りますんで。ささっ、入って入って」


 スーパースターの自覚があるのかないのか、フロアに人がいないのをいいことに声がデカい。押し込まれるように部屋に通される。真鈴はサングラスを外すのも忘れ、さっさとキッチンに立った。


「違うの。こういうの食べないかもしれないし、嫌いかもしれないけど、その……今日の移籍後初勝利をお祝いしようと思って……」


 るなはおずおずパック赤飯を見せる。真鈴が手をふきふき振り返った。途端にパアッと花咲くような笑顔になる。


「あたしの……お祝いですか!」

「そ、そう。真鈴は食事に気を付けてるから、こんなの食べないなら持って帰るけど……」

「やったー! るなさん、大好きー!」


 30センチも大きい真鈴が飛びついてきた。避けきれず、るなはベッドに押し倒される。「ぐへっ」と変な声が漏れた。


「嬉しい! 嬉しいですよ、るなさーん! お祝いなんていつぶりかなぁ? お赤飯って食べてみたかったんですー」

「苦しいっ、重いっ。どいてー!」

「え……あぁ、すいません。大丈夫ですか?」

「もうっ、なんなの? 自分との体格差考えて行動してよね!」


 真鈴が手を引き、るなはようやく身を起こす。半ば奪い取るように赤飯を掲げ、「やったー」とキッチンへ走って行く真鈴。

 その喜び様は、セシアナのカリスマでもスーパースターでもなく、純粋な1人の少女のようだった。


 聞けば、真鈴は『出来て当たり前』の家庭で育ったので、誕生日以外のお祝いをしてもらったことがほとんどないとのこと。

 数々の賞を受賞していると、有難みや尊さも薄れてしまうのだろうか。

 そりゃ、満たされないわけだ……

 羨ましさはもちろん消えないが、だんだん不憫に思ってきた。なんでも器用にこなせてしまう裏では、独り寂しかったのかもしれない……。


「うわぁ、ほんとにチンするだけで食べれるんですか! お赤飯もだけど、このチンするだけのご飯も食べてみたかったんですよねぇ」

「あー……そうなんだ。さすがアスリートの家計よね。うちなんかお父さん忙しいし、お兄ちゃんも私もぜんっぜん料理できないからさ。こういうのにはかなりお世話になったよ」

「るなさんのママは作ってくれないんですか? 忙しい方だったんですか? お手伝いさんは? コックは?」

「あぁ、お母さんは亡くなってるの。私が中学ん時にね」


 真鈴の手が止まる。こげ茶色の目を見開き、ゆっくり振り返った。


「もう12年も前の話だよ。十三回忌も終わってるし。あ、十三回忌って分かる?」

「……いえ、分かんないです……。すいません。あたし、ズケズケと……」

「いいんだってば。よし、お塩持ってきて? あと、お茶碗もね」


 るなの母は、とても料理の得意な女性であった。元気いっぱいわんぱくで、4つ年上の兄と競うようにご飯をかき込んでいたるなに「おかわりは?」と、いつも微笑んでくれていた。

 兄のプロ入り初勝利を、病室で一緒に見届けた。手を取り合って喜んだ。もう骨と皮だけになってしまった母の手が、マメだらけのるなの手を握り『るなの初勝利まで頑張らなきゃね』と涙を浮かべていた。

 仕事帰りの父が、こっそり赤飯を買ってきた。試合後駆けつけた兄を待って、4人で食べた。母の食事は点滴だけだったけれど、その時だけは一口だけ口にできた。

 それが、母と一緒に食べた最後の食事だった。母の手料理ではなかったが、るなにとって赤飯は、母との思い出の一つだ。

 しょんぼり尻尾を垂らした大型犬は、るなの指示通り塩と茶碗を持って来る。ふわっと甘い香りが漂う。


「真鈴、移籍後初勝利おめでとう」

「ありがとうございます……」


 お祝いだというのに、真鈴は湿っぽい表情のまま「いただきます……」と箸を手にした。いつもの調子でもりもり口いっぱい頬張るるなを、不思議そうに見る。


「るなさんは強いんですね……」

「……ん? 何か言った?」

「い、いえ……」

「なに? 口に合わなかった?」

「おいしいです。おいしくないわけないじゃないですか!」


 るなが「なら、よかった」と微笑むと、真鈴もようやく笑顔を取り戻した。


「黒ゴマ付いてないのが残念だなぁ。今度、スーパーで黒ゴマ買って来なきゃね。かけると、また別格においしいんだよ」

「このままでも充分おいしいです。あたし、このお赤飯の味、一生忘れません」

「あははっ。おいしいけど、ただのレトルトじゃん」

「いいえ、世界で一番おいしいお赤飯です。レシピ調べて、今度はあたしがるなさんにごちそうします。お婆ちゃんの退院が決まったそうなので、退院祝いにも作ります」


 真鈴の目がうっすら潤んでいるように見えた。そういえば拾ってくれた車内で、祖母の見舞いに行っていたと言っていた。厳しい家庭で育った真鈴だが、家族思いの優しい一面も垣間見れた。

 いつもより静かな食卓。お祝いのムードには程遠いけれど、るなは今日も、スーパースター神月真鈴の意外な一面を知った気がした。



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