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エピローグ/鈴蘭の咲かせ方

 ————そしてあたしの部屋には今、正絹に包まれた箱で眠る彼がいる。

 何日経っても現実感が湧かなくて、結局手つかずのままこうして居てもらっている。

 目を覚ました時には、すべてが終わっていた。

 告げられたのは、ただ終わったという事実。それだけだった。

 意味が分からなかった。意味が分からないまま時だけが過ぎていった。術後検査だの経過観察だのといってやってくる誰かに言われるがまま、ただ事務的にタスクをこなして、ただ言われるがままに病院を追い出された。

 迎えてくれる人はいない。快復の報を伝える相手もいない。

 何ヶ月かぶりに放り出された世界で、正真、彼女は独りになっていた。

 彼の葬儀は密葬の形をとって行われていた。別れすら、あたしに伝えられたのは終わってからだった。


 あなたの傍にいさせてほしいって。


 初めて顔を合わせた彼の両親に、そう遺骨だけを渡された。

 こんな形で顔を合わせることになるなんて、できの悪い冗談のようで笑えもしない。泣くことすらできない。

 ただ、泣き崩れる彼の母親を無表情に眺めることしかできなかった。

 あいつの選んだことだから、と言い聞かせるように呟く彼の父親の震える拳を眺めることしかできなかった。

「…………夢、ってことにするのは、もう無理かな」

 ぽつり、と正絹に語りかける。

 テーブルに置かれた彼の遺骨に手を伸ばす。触れてしまえば、認識してしまえば、いよいよ彼がいなくなったことを認めなくてはならないようで、ずっと避けてきた。

 それでも、もう引っ張るのも限界だろう。醒めない悪夢としておくには長すぎる。

 薄く埃を被った箱を手に取って、その下に小さなメモ用紙があったことに気が付いた。


『俺の机の引き出しを探してください』


 弾かれたように駆け出した。

 彼の机を漁り散らかして。一番下段の引き出しの中に分かりやすく置かれた封筒が一通。

 簡素な茶封筒だった。

 宛名書きは『鈴香へ』。

 この中に、彼の最後の言葉がある。

 震える手で、間違っても中身を傷つけないように糊付けを剥がす。

 開くと、少し悪筆な彼のくせ字が綴られていた。


『鈴香へ

 これを読んでる頃には、俺はもうこの世にいないでしょう。

 まさか本当に真面目な顔してこんなこと言う日が来るとは思わなかった。

 鈴香はやっぱり怒ってるかな。

 意外と唐突なことには弱い君のことだから、まだあんまり受け入れられていないかな。

 でも、俺なんかよりずっと強い君のことだから、いつかはきっと受け入れてしまうと思う。

 そしたらやっぱり怒るかな。怒るよな。

 だから、先に謝っておきます。

 約束、破ってごめんな。

 ずっと君と一緒にいたかった。ずっと君に寄り添っていたかった。

 でも、それ以上に俺は、君があのまま死ぬまで閉じ込められているなんて許せなかった。

 だから、これは俺のわがままです。

 これから先、君に言ったかもしれない全てのわがままを込めて頼む。

 生きてください。

 あんな小さな空間に閉じ込められたまま死んだように生きるんじゃなく、

 悲しみと苦しみだけを背負って死んでいくんじゃなく、

 幸せに、笑って生きてください。

 でも、やっぱり俺じゃ君を幸せにすることはできないみたいなので、

 俺は俺に残せる全てで繋ぎます。

 いつか君が幸せになれる未来を。

 いつか君を幸せにしてくれる誰かへ。

 どうか受け取って、君が幸せになるために使ってください。

 優しい君なら受け取ってくれると分かっているのに、こんなことを言うのは卑怯だよな。

 最後まで甘えてばかりで、ごめん。

 幸せにしてやれなくて、ごめん。

 支え続けてやれなくて、ごめん。

 幸せにしてくれて、ありがとう。

 愛してる。』


 誰かが泣いていた。うるさいなと思って、気づけば泣いているのはあたしだった。

 泣き崩れた彼の両親を見ても表情一つ動かさなかった自分が、獣のように号泣していた。

 和希はずるい。あたしには一言だって告げる機会すらくれなかったくせに、自分だけ言いたいことだけ一方的に押し付けて去っていった。

 ずっと一緒にいたかったのに。ただそれだけであたしは満たされていたのに。

 俺のわがまま、一個だけ聞いてもらっていい?————なんて、ひどい。きっと彼はこうなると分かっていたからその言葉を最後に選んだのか。

 これでは、前を向くしかない。

 どれだけ振り返っていたくとも、どれだけ蹲っていたくとも、前へ進むことしか許されない。

 その先に、あなたと共に過ごしていく未来より価値があるものなんてないと、そう分かっているのに。


 愛してる。


 さよなら、の代わりに結ばれたその言葉だけで、あなたもそう思っていたことだって痛いほどに分かるのに。

 さよならと別れの言葉一つ言えないほどに、弱かったくせに。

 最後の最後まで、愛しているなんて言ってくれなかったくせに。

 それでも、そんなあなたをあたしは、愛してるから。

 あなたがそう望むのならば、前を向こう。

 たとえ、


 ————たとえ、鈴蘭の咲かせ方を忘れても。

 

鈴蘭

花言葉は『再び幸せは訪れる』

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