8.希望は口から出てくる
「カタネンより現場警官へ、謎の生物は触るなとの話だ!」
「こちら現場。ああ少し離れて様子を見ている。何か薄い膜の中に蠢いていて気持ち悪いしな」
僕としても現場の様子を確認したいが今は次の命令を待つ他無かった。暫定的な上司であるポールはウルスラと次の策を練っている。
「あれをどうにか回収しないと」
「分かっているウルスラ。だがこちらのユニットが到着するまで時間が掛かる。生存出来るかどうか…… よし!」
「こちらポールだ。パイロットの誰でも良い、地上に降りて回収して来てくれ。」
勿論近辺に飛行機が降りられる滑走路など無かった。僕は周囲を良く見た…… 直線の長い道路がある。
「マーティンです。僕がやります」
「お前、非常滑走路に降りる訓練した事無かっただろ!」
カーリーから心配の声が来る。だが僕の考えは変わらない。
「よしマーティン。お前がやれ、これも経験の一つだ」
「了解、隊長」
許可を確認しアプローチに入る。フラップを目一杯下げ車輪を降ろす。
普段行う着陸は主翼の車輪だけ先に接地する安全な接線着陸だが。今回は滑走距離を短くする為に極限まで速度を落とす3点着陸を行う事にした。
道路のだいぶ手前から進入し高度を下げる。接地する直前までは機体をなるべく水平に保ち正面の方向を見失わないよう心掛けた。
「道路に進入」
ここから更に速度を下げ機首を持ち上げる。もう正面の視界は空を向いてるので首を横に向けて地面を確認する。もうすぐ脚が着く筈であった。
「ガタン!」
降下速度が早すぎたのが接地した機体がバウンドした。しかしもう後戻りは出来ない、なんとか機体を地面に押し付けやっと機体を停止させる事が出来た。
「実戦での不時着としては及第点だろうな」
隊長から有難い評価を受け直ぐに機体から降りる。
「おーい、こっちだ」
警官が手を振る方向に走る。生身で見るドラゴンの身体は相当に大きく、辺りに血生臭い臭いが漂っていた。
「これを手で持ち帰るのか……」
「……大変だな、軍人ってのは」
警官に同情されたのは血塗れの膜に包まれた物体をこれから運ぶ為である、形容するならこれは胎児みたいな物だった。
「これから離陸するから機体を押して反転させてくれ!まだプロペラが回ってるから巻き込まれないように」
現場の警官を何人か連れて機体に戻る。1人が僕に指示を仰ぐ
「どうするんだこれ!」
「尾翼側を押して機体を時計回りに反対へ向かせるんだ!」
僕は手が塞がっているので身体を使って手伝う。その間も未知の物体がモゾモゾ動いて気持ち悪い。
「手伝わせて済まなかった。貴方方の働きに感謝する」
警官達は敬礼で返してくれた。僕は機体に飛び乗りエンジンの出力を最大にした。あまり路面の状況が良くない中、ガタガタ揺れる機体に不安を覚えつつも何とか離陸を果たした。
「マーティンの離陸を確認した。これより全機帰投する」
「カタネンだ。ご苦労だった」
僕は隊長が率いる編隊に加わり基地を目指す。僕は操縦で両手が使えない為、脚でこの物体を挟んで固定した。
「ポールだ、任務ご苦労。マーティン、排泄物の様子はどうだ?」
奴の言う通り拾ってやったのに嫌な言い方だ。
「どうって言われても…… 少なくとも人間じゃあ無いな。頭に耳が生えてる。!?今、目を開いてこっちを見た!デカい眼球だ」
「あ、ああ分かった。後で基地で確認しよう……なんだこの音は!?」
突然無線から聞こえてきたのは基地の空襲警報だった。
「ハンスネンだ、ポール聞こえるか?状況はどうなっている!おいポール!?」
ポールは既に無線の前から離れていた。そして間髪入れず聞こえてきたのは。──大音量の爆弾が爆発する音であった。
「おい、ヤバいんじゃないかハンスネン?鈍足な俺は良いから早く基地に向かえ!」
カーリーは隊長に先に行くよう促す、心配なのは僕もであった。すると無線からノイズ混じりの音声が聞こえてくる。
「こちら基地司令…… たった今空襲を受けた。滑走路は使用不可能。ハンガーも爆撃を受けた、辺り一面火の海だよ」
「ハンスネンだ。誰がやった??目標は何処だ。ぶっ殺してやる」
「今報告が来た。爆撃機の機種は…… ユンカースJu 388ィ?なんてこった、敵はルフトヴァッフェだ!!」
ドイツ空軍!?まさか本当に存続していたとは…… そして奴等がこの基地を狙ったという事は敵にとって重要な目標という事になっているのか。僕は言葉半分に捉えていたポールの説明が真実であった事に混乱する。
「クソ!あいつは時速600kmで巡航する化け物だ、こんな大戦時代の遺物じゃ間に合わねぇ!」
隊長から発せられる感情的な言葉。部隊に重たい雰囲気が流れる。僕は基地の仲間もそうだが何よりウルスラを心配した。彼女はこの状況で冷静さを保てるだろうか。
「……こちら、英国海軍艦隊航空隊、空母イーグル搭乗機のブラックウルフ隊だ。爆撃機迎撃はこっちで引き受ける、貴機はそのまま帰投せよ」
いつの間にイギリス海軍がこの国に来ていたのか。帰投しろと言われても滑走路は破壊されたというのに。
「こちらフィンランド空軍のハンスネンだこちらも迎撃に参加したい」
「貴機に燃料弾薬は残ってない筈だ。心配するな。こっちは最新鋭ジェット戦闘機に搭乗している。決して奴を逃したりはしない」
「──了解、追撃を任せる。アウト」
隊長の寂しげな声と共に通信が終わる。僕はというと、さっきより活動が増えて来た足元の物体に気を取られ集中力を妨害されている。
もうすぐ正面に基地が見える筈であるが、その前に立ち登る黒煙が視界に入った。接近するとその被害状況が上空から確認出来た。
滑走路に大小様々な陥没穴、ハンガーは今も火災が続いており皆が消火活動に当たっている。予備滑走路に使える誘導路も瓦礫の山だ。
僕は初めてポールに会った建物に目をやる。……完全に廃屋と化していた。もし彼処にウルスラが居たら助からないであろう、心にさらなる焦燥感が募る。
「……聞こえるか?おい、ハンスネン!」
「誰だ!?」
「お生憎様。死に損なったポールだ、今から着陸場所を指示する」
ポール、生きていたのか。少し不安感が和らぐのを感じる。しかし一体何処に着陸するのだろうか。
「基地から港に向って伸びる道路が見えるだろ?この港湾連絡通路を使え」
確かに入り口ゲート横から海の報告に伸びる道路が見える。森を切り開いていたのはこの為だったのか。
「道路に文字が見えるだろ?9と4分の3という場所だ。そこに機体を停めて欲しい、上手くやれよ!」
基地側から伸びる長い直線の中腹だ。
「よし、まず俺が降りる」
隊長が先陣を切る。あまり幅が広い道路ではないが先程降りた道路よりは余程良い。停止するポイントを隊長機が示してくれた。
「次、マーティンが降りろよ」
ヨーゼフが僕に2番手を促す。拒む理由も無いので着陸態勢に入った。3点接地が必要無いほど長さがある真新しい滑走路であった。
僕の停止が確認されて後続機が次々と着陸していった。機体を降りるが指示された場所は周りに何も無い森のど真ん中であった。
「おい!こっちだ!」
ポールの呼ぶ声が聞こえた。その方向に目を向けると茂みの中から手招きしてる男がいた。
「きっとありゃたちの悪い妖精か何かだ。ハンスネン無視しよう」
カーリーが少し呆れた調子で隊長に話すも、その隊長は真っ直ぐポールの方へ歩いて行く。
「良かった、皆無事だな。これから…… うわっ!?」
隊長はポールの胸ぐらに掴みかかった。
「──言いたい事は山程あるが。今は緊急事態さっさとこの先の行動を説明をしろ」
「分かった…… 分かったから説明出来るようにこの手を離してくれないか?」
隊長は掴んだ手の力をゆっくりと緩める。ポールは乱れた服を整えた。隊長は冷静になったようで質問をする。
「他の皆は?ウルスラは無事なのか?」
「ああ勿論。基地作業員は消火活動に当たっているかウルスラは今こっちに来ている」
「こっちって何だ?」
「来てくれ、見せたい物がある。ああそれと、マーティン。君の持っているコギトは必ず連れてきてくれ」
この生命体はどうやらコギトと言うらしい。




