9.健やかな日々と新しい未来
ポールの跡に付いていき森の中を進む。すると目の前にコンクリートの物体に出くわした。正面にドアがあり、どうやらシェルターの入り口のようだ。こんな物があったのか。
ポールがドアを開くと中に地下へと伸びる階段が続いていた。
薄暗く、何かおどろおどろしい雰囲気が漂っている。この先に進むと二度と戻って来られなくなる、僕の脳裏にそんな言葉がよぎる。ポールは不安をよそに構わず階段を降っていく、僕等はただ付いていく他無かった。
階段を一歩ずつ進みながら隊長は先程の爆撃についてポールに質問を投げかける。
「さっきの爆撃機は何処から来たのか。それくらい答えられるんだろうな?」
「目標は北から、正確に言うと北極辺りから出現したらしい」
「何だそれは、北極に奴らの基地があるのか?」
「分からない、だが先程空母イーグルから爆撃機全機撃墜の報告が来た。もし奴らの1人でも生き残っていたら情報を聞き出せるだろう、ひとまず安心かい?」
「──あんたの調子のせいで気が変になりそうだ」
階段の終点に来る。目の前に鉄扉が鎮座しており、向こう側の光がこちらに漏れている。
「ここから先、重要区画なんだがセキュリティに乏しくてね」
ポールが鍵を開け扉を開く。制服や白衣を着た作業員が忙しなく動いている。皆呆気に取られている中カーリーが一歩前に出て振り返った。
「見ろハンスネン。俺達の基地の地下にこんな空間が広まって居たぞ」
「確か…… あの基地に君達が赴任したのは戦後の筈だ。いいかね?ここは大戦中、ナチスに対する諜報と破壊工作を行うSOE(特殊作戦執行部)の前線基地であり、今はMI6が保有する貴重なゲートの設置場所なのだよ。」
秘密基地の中を進んでいく。ここの人間は最初に視線をこちらに向けるとさっと自分の仕事を続け始める。まぁ挨拶など期待はしていないが。
「ウルスラはこの先だ」
廊下の突き当たりに辿り着く。ドアに黄色いマークと『放射線区域』との文字が書き記されていたが、
その意味を知らない僕等は臆すること無く部屋に入いると、ウルスラが1人で何かの装置を準備していた。
「皆さん!無事で本当に何よりです。そしてそのコギト、お陰で何とか計画を次に進める事が出来ます」
「これを渡せばいいんだろ。」
僕等は彼女にブツを差し出す。
「ごめんなさいマーティン。貴方には話すべきだとは思ってました、でも事情が複雑で何処から話せばいいのか」
どうやら彼女は本当に反省している表情を示している。
「まぁ良いさ、時間はたっぷりある」
「いいえ!時間は無いんです!」
彼女はそのコギトとやらに注射器を挿し込むと何やら半透明の液体を抽出する。そして驚く事にその液体を舌に垂らした。
勿論驚いているのは僕だけではない。後ろにいたヨーゼフが僕の肩に腕を載せる。
「ちょっとこれは説明が難しそうだぞマーティン」
「ああ、君にこんな趣味があるとは思わなかったよ」
「残留物は残ってない、状態も良い。ポール、直ぐに始められます」
「今技師に伝えに行く!諸君も心の準備をしておきたまえ」
ポールが急いで部屋から飛び出ると、彼女はさっきより太くて長い注射器を取り出した。
「お、おい今度は何する気だ?」
肝は据わっている方であるカーリーも動揺を隠せない。
徐に彼女は自分の衣服の背中側を捲くり上げる。きめ細やかな白い肌が露わになると、彼女は一寸の躊躇も無く注射器を自分の背中に突き刺した。
「あ、俺こういうのダメなんだ。今気付いた……」
カーリーがフラフラとしながら部屋の隅に避けていった。ウルスラが注射器のピストンを引くとみるみる透明な液体が注射器に満たされていく。
彼女は採取した自分の体液をコギトにゆっくりと注入する、その異様な光景は悪魔の儀式とも言えるおどろおどろしい物を感じた。
「これでこの子は一時的に制御化に置く事が出来る。正確に言えば私の意識の一部を干渉させると言う方が正しい」
説明を聞いて尚も動揺する素振りは見せない隊長はまるでこれらの現実を理解している様な面持ちである。
「それで、俺もこれを真似すれば良いのか?」
「いいえ。これから貴方方のうち2人が私と共にこの装置に入ってもらいます」
ウルスラが手で示す物はこの基地で1番重厚な扉でありその中は真っ暗になっている。
「説明が出来るならこれの事を教えて欲しいんだが」
「制御下にあるコギトの脳下垂体を作用させ発せられる特殊なニュートリノは、物質の原子核及び真核細胞の核を透過する際、その時間、遺伝子、記憶を記録し、部屋の周囲に配置してある反射器によってコギトに集束させ、彼の大脳新皮質が吸収する事により生体の連続性を維持する事が可能です」
「俺は絶対入らないぞこんな装置!」
まずカーリーが辞退した。
「マーティン。俺は基地の顔馴染みが心配だし、それにウルスラと添い遂げるのは中の良いお前だと思っているんだ。俺は心からその権利をお前に与えてやろうと思っている」
次にヨーゼフが慈悲深い思いを僕に伝えて来た。
「俺はどの道行かなれけばならない、契約があるからな。クソっ、こんなもんサインするんじゃ無かった」
隊長は最初から決定されていたようだ。
「マーティン…… 私は無理にとは」
「入るよ!!これだけ先手でお膳立てされた中で断れるだけの説得力は持っていないんだ」
一応全員が納得という形でメンバーは隊長と僕に決まった。
ウルスラはこれから行う作業の説明を始める。
「中に入ったらコギトを部屋の中心に起き、なるべくコギトの近くに直立します。体は入り口の方向を向ける事。部屋が閉め切られたらなるべく微動だにしない事。これらを守れば比較的安全にプロトコルが進行されるでしょう」
非常に簡潔な説明を終えると彼女はコギトと共にその部屋の中に進入していく。照明は一切無く、今居る部屋の灯りが僅かに暗がりを照らしている。
「覚悟は済んだか?行くぞマーティン」
「──はい」
僕は逡巡する暇も無く隊長の命令によって先に進んで行った。部屋からの灯りで僕の影を彼女に落とす、彼女はコギトの事を見つめそれを覆う薄い膜を擦り宥めている。
「2人とも最後に何か言う事は」
彼女から最期の質問が飛ぶ。僕は何も言わず黙る、一方隊長が決意を述べた。
「クソったれだ」
入り口の向こうに防護服を着た作業員が扉を閉じていく。鈍い音を奏でながら僕等は光が一切無い暗闇に閉じ込められた。
1分ほどだろうか?声も出さずじっと静止していたら一瞬バッとカメラのフラッシュが焚かれた様な閃光が走り、瞼がその明るさで閉じる事が出来ぬまま、その光は暗闇に吸い込まれていった。
ふと…… まだあどけない子供の様な声が聞こえる。
へぇ、お前の名前はカミュメントと言うのか。




