2.帝国からの使者
気持ちが早るも船は飛行機のようには進まない。
待ち焦がれた陸地に到着すると駆け足で小屋に向かう。漁師道具だらけの部屋で電話を見付けると急いで受話器を取った。
「──あーもしもし?今すぐエントネレ基地に繋いでくれ!え?名前?マーティン一等空兵だ!」
暫く待っていると電話に出てきたのは基地司令であった。僕は事の経緯を話すとすぐ基地に向かうと言った、どうやら向こうにも状況が伝わっていたらしい。
この小さな飛行場は飛行隊が一つしか設置されていない野戦滑走路だったが、最近は大規模な増築工事が行われているようだ。
ここの司令官もそれなりの経籍のようだが、歴戦の隊長に頭が上がらない置物のような存在でもある。
小屋を出ると陸で作業してるさっきの漁師の所に戻る。
「おじさん!今すぐ基地に行きたいんだけど……なんか無い?」
「あぁ!?──小屋に自転車があるだろ、パンクしてなきゃ乗れる筈だ」
言われた事を信じてまた小屋に戻る、入った時には気付かなかったがそれっぽいシルエットが布を被されている。
その覆いを取ると自転車が見つかった。錆びているが幸いタイヤに空気は入っている。僕は急いでそれに乗り基地へ向かった。
油が切れてるせいかサドルを漕ぐとキーキーと音が鳴るがそんな事はどうでも良い。20分程走らせて基地に到着した。
この基地にある飛行場は木を切り開き踏み固めたような場所でろくに舗装もされていない。戦中は専ら輸送機の中継地程度にしか使用されなかったが、ドラゴンの大量出現を受けて戦闘機が配備されたのだった。
駐機場に自転車を停めるとすぐそこで書類とにらめっこしている整備士の1人と会った。
「あっ!お前生きてたのか!さっき帰ってきたカーリーが神妙な顔してたんで、聞いたらお前が墜ちたなんて言ってたが」
カーリーは隊長の部隊で2番機を務める人物である。風貌の印象は老練と言うかしょぼくれたおっさんだ。隊長とは歳が近く戦中でもそこそこ敵機を落としていた英雄だとか、あの人にはよくちょっかいを掛けられている。
「たちの悪いジョークだね、直接問い詰めたい所だが……まず隊長の居場所が知りたい」
「隊長?あの人なら今ブリーフィング室に籠もってるよ、何やら厄介事らしいが」
さっきの翼竜に関する事だろうか?僕は屋内に入りブリーフィング室に向かった。
ドア越しに部屋の灯りが灯っているのが見える、僕が勢い良くドアを開けると隊長を始め見慣れた飛行隊員の顔が並ぶ。だが1人、知らない顔の人物が皆の前に立っていた。
「はじめまして、私ウルスラ。貴方マーティンね?隊長…?から話は聞いてる。あなたにも聞いて欲しい事があるの」
同年代くらいの若い女だった。白衣を着た出で立ちから研究員のようである。
「えっ、あっ、あ、隊長、さっきは助けていただきありがとう御座いました!それでこの状況は……?」
説明はカーリーがしてくれた、大体の進行役は彼である。
「今さっきお前を食おうとしたデカい鳥を逃して渋々基地に戻ってきたら外に待っていてな、面が良いんでソ連のスパイか問いただしたら後ろに政府の役人が居て、俺の方が面食らっちまったよ」
次に隊長が口を開いた。
「彼女は英国政府お抱えの爬虫類学者で、本飛行隊のサポートをしてくれるらしい。実際出来る事は無いだろうが役立たずと分かれば……まぁ弾薬運びか、給餌婦くらいにはなるだろう」
先輩方の手痛い紹介にも彼女が臆する事は無かった。
「一つ皆さんに忠告しましょう。外にある有力な装備は私の言伝によってこの辺境の地へ持ち運ばれた物です。今後も善きパイロットで居たいなら邪険な真似は止めて下さい。それにジロジロ見るのも」
「おっと、失礼」
最後に注意を受けたのは僕より少し上の年齢の先輩であるヨーゼフだった、彼はカーリーとよくウマが合うらしくくだらない話ばかりしている。
「話は一旦終わりだ。上で落ち合おう諸君」
隊長はこの場を終わらせ足早に退出してしまった。そう言えば部屋に着いたあたりからか暖気中のエンジン音が響き渡っていた。さっき話ていた有力な装備とはあれの事だろうか?
「ああ、マーティンお前も来い。ヨーゼフと娘だけじゃ不安だからな」
「えっ、はい」
僕はカーリーに誘われて付いていく事になった。
「私は……行ったほうがいいですか?」
白衣の女、ウルスラはあまり乗り気で無いようである。
「当たり前よ。お前さんは機体のクライアントだからテストに同行する責任がある。それに間近で竜を見た方が研究になるだろ?」
カーリーの提案にウルスラは渋々承諾する。
「マーティン。お前の防寒服貸してやれ、1番チビだからサイズが合うだろう」
言われるまま服を用意し彼女に渡す。
「あ、ありがとう……」
確かに僕の身長は隊の中で1番小さいがそれでも防寒服は彼女にはオーバーサイズなようだ。
外に出るとスロットルを上げ轟音を引き立てた一機の戦闘機が離陸していったそれを、カーリーが腰に手を当て遠目で見つめている。
「マーティン。お前あの機体の名前判るか?」
「スピットファイアですよね…?」
カーリーは得意気になって話し始める。
「ありゃただのスピットじゃないぞ?エンジンをマーリンからグリフォンに換装して最高出力を2000馬力に引き上げた最終型だ!あれならミグだってヤクだって怖かねえ」
「乗ってるの隊長ですよね。さっきのウルスラという女がこれを用意してくれたとか……」
「マーティン、俺と隊長が暫くイギリスに出向いてただろ。何のために出張行ってたと思ってやがる」
マーティンは少し考えて答える。
「……スコッチを買い込む為とか」
「ばーか、害鳥駆除に使う機体を仕入れる為だよ。あのRAFの連中、見せびらかすだけで触らせもくれなかったのに、急に訓練だのさせるようになったのはそういう事だったのか。わざわざ賭けなんてしなくて良かった訳だ」
二人で話をしてるとウルスラとヨーゼフも集まった。
「じゃあ早速俺達の機体へ向かおうか」
カーリーの案内で最近建てられた格納庫に向かう。
中に鎮座していたのは双発機であった。僕は少し疑問に思う。
「あれが戦闘機?」
「誰が戦闘機なんて言った?アイツはB-25Hミッチェル。アメリカからイギリスに供与された機体の一つだよ」
カーリーは誇らしそうだったが、僕等向けの新型機が紹介されると思っていた僕とヨーゼフはそこまで感動を受けなかった。
「コイツでどうするんで?旦那」
ヨーゼフが気だるそうにカーリーに質問する。
「この機首にあるでっけえ砲が見えないのか!?これでどんなドラゴンも木っ端微塵よ!とにかく御託は良いから乗れって!」
確かに一列に並んだ機関銃の右下に大砲が顔を覗かせる、確かにこれがあれば大体の竜は倒せるだろう。だが僕を襲った巨竜に果たして効果があるのだろうか?そもそもこんな物を命中させられるのだろうか?
僕は疑問を抱きつつ機内に入った。
「ヨーゼフ、俺の隣の席に乗れ。マーティンは後ろで女が空から落っこちないか見張っておけ」
ヨーゼフは副操縦席に連れて行かれた。機内は内張りなど無く銃座には機関銃が360度カバー出来るように備え付けられている。
「初対面で観覧デートとは良いご身分だなマーティン!俺がここで女の口説き方を伝授してやろうか?まず第一にだな……」
ヨーゼフが茶々を入れてくる。あの浮ついた性格で部隊のムードメーカーになっているが、よく隊長に叱られてはシュンと大人しくなる。だが本人はあまり気にしないようで暫くするとまたつまらない軽口が発せられるのであった。
今回はカーリーから注意を受ける事になる。
「もし基地内で女に手を出したりしてみろ。ハンスネンに文字通り半殺しにされて二度と部隊復帰出来なくなるぞ。ヨーゼフ、お前はよく理解してるよなぁ?」
ハンスネンは隊長の名前であり、口にするのはカーリーと基地司令…… そしてこの基地で最年長となる整備班長である。
ヨーゼフは何かを思い出したようでシュンとした。
そんな呑気な雑談を始動したエンジンの爆音が掻き消した。
なんたってこれは軍用機だ、旅客機のような防音装備がある筈も無い。滑走路に向い揺れる機内の中でウルスラは耳を塞いでいる。
僕は機内でとある物を見付ける。銃手用に備え付けられているヘッドセットだ。僕は自分の分を頭に着けもう一つを彼女に手渡す、これはマイクも付いていて煩い機内でコミュニケーションを取る事が出来る。
「これで大丈夫か?」
彼女は親指を立てて応えてくれた。




