0.プロローグ
椅子に座り受話器を人差し指でトントンと叩く教官。暫しの沈黙が続いた後、徐ろに口を開いた。
「たった今、警察から連絡があった。マーティン君…… 君の自宅が大型飛行生物に襲われたそうだ。──生存者は無し、残念だ……」
「残念って…… それだけですか?」
教官に呼び出しを喰らったかと思えば突然の訃報。僕はその場に立ち尽くし何も考えられずにいた。
家族の思い出…… 楽しかった日々というのはそれほど浮かばない。
僕は昔から家族の中で孤独という物を感じていた、親はいつも兄貴ばかりチヤホヤする。しかし家を離れて考えれば意地を張って周りを突き放していたのは僕の方であった、次の帰省時にそんな思いを告白しようと思っていた矢先の出来事である。
「私には、報告を受けても態度を変えない君の方こそ甲斐性が無いように見えるが?ともかく良い機会だ、訓練生の君に長い休暇をやる。もう我が軍に新しい飛行士は必要無い、後で届けにサインしてやるから部屋に戻ってろ」
昔から表情を出すのが苦手だ、軍ならそんな事をする必要も無いと思っていたのに尽く周りの同期と馴れ合う事が難しかった。おちょくられ、拳で反撃した日に教官から目を付けられるのは僕の方である。
教官室を出て白黒の世界のような廊下を歩く。窓を見ればソ連兵の監査官。向こうでも怪獣の駆除に道具が足りないらしく、軍の戦闘機に飽き足らず練習機までもを引き取りに来た連中だ。こっち側の被害など気にも留めてないだろう。
吐き気が込み上げてくる。僕に甲斐性が無いだと?どうせ軍を辞めるならあの場面でアイツの顔を何度も殴っておくべきだった。そうすれば僕の感情というものが奴にも理解出来ただろうに。
「ここの訓練兵はお前だけか?」
僕に話し掛ける声が聞こえた。目をやると1人の男が立っていた、少なくともソ連兵ではない。
「他の連中は外で草むしりしてますよ。さっき僕だけ呼び出されたんでここに居ます」
「…… そうか。俺はハンスネンだ。ここで赤いフクロウ狩り作戦の生き残りを探している」
赤いフクロウ…… 忌々しい記憶が一瞬で蘇った。
戦争末期、戦線南東部はソ連軍の僅か3機の一個飛行隊が制空権を握っていた。真紅に塗装されたヤコヴレフYak-3で構成された部隊は、隊長機のフクロウの異名から赤いフクロウ部隊と呼ばれていた。これに頭を悩ませた軍上層部は、まだ初等訓練を終えたばかりの飛行士を囮に使うという非道なアイデアを実行する。
──僕はその任務に選ばれた内の1人であり、唯一の生還者であった。
「その話はしたくないです……」
「俺はあの作戦で狩猟役を担った。状況に疑問を感じた俺は上官に問い正したが連中は何も語らないない。俺は真相を直接聞きたいんだ」
あの作戦に参加したパイロットはトップエースだと聞かされていた。2機のメッサーシュミットBf109が敵の3機中2機を撃墜し制空権を奪還したのである。その人物の一人が僕の目の前に居た。
「僕はあの時ただ哨戒飛行の訓練だと聞かされていた。妙なのは訓練教官の教導機が居なかった事、ある地点まで飛行しろという命令だけだったんだ。」
「目標地点に到達しても何の連絡も無く、暫く飛んでいると僕は遠くから接近してくる3機の編隊に気が付いた。他の僚機に警告を出すも僕の言葉なんて聞き入れて貰えず、唯一の友人だけが信じてくれた…… 3機はほぼ同時に斉射して来て、回避した僕と友人以外は瞬時に撃墜された」
僕の話を聞いてハンスネンは憤りを隠さない。
「なんて作戦だ!新米が囮にだと?戦力差が違い過ぎる。俺達が到着する前に全滅も免れなかった筈だ、全く無駄死にもいい所だ」
そう、僕も本来はあの空で死ぬ予定だった。その運命を変えたのは友人である。
「通り過ぎた敵は直ぐ様反転して来て僕を狙いに来た。落としやすいと判断されたのだろう。2機が別方向から同時に来る、僕は1機に向けて旋回するとソイツは簡単に狙うのを止めた、もう1機が真後ろに付けたからである。数秒後に落とされる、そんな瞬間だった。残りの1機から追跡を食らっていた友人が僕の後ろの機に突っ込んだんだ。…… アイツは正面からコックピットに機関砲を喰らい弾け飛んだよ。直前にキャノピー越しに見た彼の顔が今も夢に出てくるんだ」
そこからの話はハンスネンが語ってくれた。
「俺が空域に到着した時見た物だな…… そうか、彼は友人だったか。勇敢な男だ」
ハンスネン隊が到着してからは戦果記録の通りである。僕を狙った2機は瞬く間に撃墜され、残りの1機が逃走し僕は生還したのである。公式には撃墜された訓練生の事は一切記載されていない。基地に戻った僕は待ち受けていた軍関係者に徹底的に口封じを施された。
「──話してくれてありがとう。マーティン、君に会いに来たのはもう一つ理由がある。ウチの隊に来い、また空に飛ばしてやる」
突然のスカウトだった、しかし今の僕にそんな資格は無い。
「休暇を貰ったんです、家族が空を飛ぶ化け物に食い殺されて。それに僕はもうすぐ除隊です、もうこの国にパイロットは必要ないと」
だがハンスネンは僕を見捨てなかった。
「復讐の機会を与えてやる、俺達の仕事は化け物退場だ。それに所属は軍の非公認、今の立場なんて関係無い」
その後、僕の隊長となったハンスネンは家族の葬式にも顔を出してくれた。馴染みのない遠い親戚よりも、その時は一番親身に接してくれた存在だった。
僕が連れてこららた場所は最西端の海に面した土地。森と湖、そして小さな町が点在するここで森を切り開き、小さな飛行場が建設されていた。聞くと終戦後に行き場を失った兵士達が、増える害獣被害の為に設立した私設部隊なのだとか。
ここは全てたを失くした僕が新しい人生を送るのに最適な場所…… 僕は馬を使って牽引される旧式の複葉機を眺めながらそんな感想を心に抱いた。




