10.貴婦人の歓迎
僕は今の暗闇の中で誰と………
眩しい。今外で誰かが扉を開いている、どんどん広がる光に目が慣れていない僕はその中にいる人物をはっきりと見ることが出来ない。今自分は床に座り込んでいて身体に力が入らない。
「誰だ!そこにいるのは」
目覚めの早い隊長の声が耳に響く。徐々に視界が明瞭となると謎の人物の姿が見えて来た。
メガネを掛け、白衣の袖に腕を通さず肩で羽織った女。歳はヨーゼフの少し上くらいだろうか?
彼女は扉の縁に持たれかけて手に持った懐中時計を真剣に見ていた。
「ふむ、良いだろう」
女は時計を閉じるとこちら側に歩み寄ってきた。
「ポールは何処にいる?奴を呼んでこい」
「私から何か聞きたいならまずはこの注射を打ってもらう」
注射器を取り出す女、指でカチカチと弾く音が響く。隊長は怪訝な表情を隠さない。
「分かった。何も聞かないから黙ってここから出してくれ」
「あくまで同意を求めたんだけど…… 仕方ない。契約に基づき命令を履行しなさい。貴方は私に反抗せずにこの注射を打つ。宜しくて?」
「…… ああ、分かりましたよマドモアゼル。クソっ」
隊長は素直に腕を出し謎の薬を打たれた。続いて女の目線が僕に向かれた。
「注射はお嫌い?」
「いいや?ただ昔採血された時に、下手くそなオバさんに同じ場所を5回も刺されたんだ」
「あら、可哀想に」
同情の台詞を言い終わる前に腕に注射を瞬時に打たれた。まるで毒で暗殺でもしてた様な手捌きであった。
「さてと」
女は立ち上がり再び扉の前に立った。
「ようこそ、惑星ノーティアへ。我々は貴方達を歓迎します」
勿論急にそんな事を言われても受け入れられる訳も無い。契約書にサインした隊長も流石に理解の範疇には無かった。
「今なんて言った?さっきの薬はメタンフェタミンか何かか。一体どんな心理実験してやがる」
「さっきの注射はここでの未知の病原菌に対するワクチンのカクテル、それに今更実験も糞も無いでしょう。現に地球にはワイバーンが飛び交い滅ぼされた筈のナチスが基地を爆撃した、十分でしょ?」
隊長はまだ何か言いたげだったが、出そうとした言葉を飲み込み冷静さを取り戻した。
「よろしい。──ウルスラ、貴方の働きにより部隊設立の目処が立ちました。感謝します」
「…… 彼等は非常に優秀かつ協力的でした。とても私の一存で果たせた成果ではありません」
ウルスラの報告に彼女は少し驚きを持って受け入れた。
「分かりました、ここからはフェアに行きましょう。政府特務外郭調査部、中央業務担当のシルバートンです。どうぞよろしく」
彼女から握手を求められ渋々と隊長と僕が受ける。
「ここに長居は無用ですし、私のオフィスに案内します」
身体は歩けるくらいには回復している。扉を抜けると病院の匂いが立ち込める清潔感のある白い部屋に出て来た。そこから廊下に出ると正しく真新しい病院の中であった。しかし誰も居ない、最初にポールに連れられて降りた階段から随分地中深くに来たような気分だった。
廊下の突き当たりに着く。シルバートンが壁のボタンを押すと壁の目盛りが動いた、どうやらエレベーターのようだ。
チン!とベルが鳴り、扉が開いたので中に入った。どう見ても普通のエレベーターである。国の僻地にこんな物があるのはおかしいが、かと言って別の惑星に来たなんて突飛な説明を信じるには現実的過ぎる。
得意気にエレベーターガールとなったシルバートンが説明を始めた。
「この施設は我が国の支援によって改装されたのですよ。5年前くらいかな?都市の中枢に出入りする事を許可されたのは」
「戦時中から?」
「最初の調査隊がここに来たのは戦前よ。当時はまだ規模が小さくて現地に溶け込むのが過大だった」
「さしずめアラビアのロレンスか」
「──ハンスネン、貴方失礼ね」
僕には意味がよく分からなかったが、そんな会話を聞いてる内に目的の階に到着したようである。
さっきの階と違って内装は普通のオフィスのようであるが、個別にある部屋は磨りガラスになっていて外から様子は見えない。シルバートンはおくの部屋に案内してくれた。
「紅茶は何が良い?ダージリン、アールグレイ、カモミール……」
「ああ、何でもいいから!それより話だ」
隊長は彼女を急かす、この部屋には窓があり外の光景を見ることが出来た。どうやらここはビルで随分と高い所に居るようだ。
シルバートンは淹れた紅茶を全員に配る。なんだかこの紅茶の芳しい香りで、張り詰めた緊張が解れると共に疲れがドッと押し寄せてきた。
「ありがとうございます、シルバートンさん!」
ウルスラが嬉しそうに紅茶を飲んでいる。
「貴方は1番の功労者だから盛大に持て成したいんだけど、今はそれで我慢してね。あとそのコギトも一瞬に居ると良い」
「この子の名前はカミュメントです!」
カミュメント…… さっき何故か僕も知った名だ。
「コギトから交流があったのね。よかったじゃない気に入られて。さてと……」
シルバートンは紅茶を啜りながらハンスネンに顔を向ける。
「ハンスネン、それとマーティン。貴方達はここで都市近郊にある空軍基地に所属してもらいます。目的は在留する職員の護衛と提携都市の防空、そして独軍航空戦力の撃滅」
「そんなの自分達のパイロットを使えば良いだろ」
隊長の言う事は最もである。
「勿論最初に来たパイロットは我が軍所属だったわ。問題は敵が繰り出してきたのは大戦を経験した歴戦のパイロット達、英国は軍との約束で戦争経験者を出し渋った。その為に経験不足のパイロットはすぐに撃墜され飛行隊は壊滅の危機に陥ったの。だから私達は貴方のようなベテランのパイロットを心から欲してた。」
その説明だと必要なのは隊長のみで僕はオマケという事になる。彼女は僕の表情からそんな考えを読み取った。
「マーティン。貴方の技術は優秀だと聞いている。是非とも一緒に飛んでほしい」
とりあえず僕にも仕事がある事は理解した。隊長はまだ説明を求める。
「今の話は契約分の部分だ。俺にはこの場所を理解する情報が全く足りない。都市とは何だ」
「サービスで答えてあげる。都市はこの星のノーティア人居住エリアの中で、技術によって台頭した企業が専制的に治めてる土地の事。この地では国より企業が超大な力を持っているの。今は6つの都市が存在している」
「企業?一体何を作ってそんなに大きくなった」
「地球人のイメージしている企業とは微妙に違うの。彼等の有する技術はノーティア人の種族由来の物。その能力を解析、体系化したのを技術と呼んでいる。だから凄く民族主義的なの」
「大体ノーティア人とは何だ?俺等と何が違う!」
「彼等の特徴で1番秀でている事と言えばその驚異的とも言える生存力、多少の身体ダメージを意に返さない頑丈さ」
「あの、シルバートンさん。実際に見せた方が…… 私の身体で」
「……貴方が良いと言うのであれば」
シルバートンは少し困惑した。僕も名乗りを上げたウルスラに対して動揺する。
彼女はそっと自分のデスクの引き出しを開け何かを取り出した。
「これはブローニング ハイパワー。弾は9mmフルメタルジャケット弾」
彼女が取り出したのは拳銃だ。それを手慣れた様子で準備すると…… その銃口をウルスラに向けた。
「おいまさか!!」
隊長が驚いて声を上げる、どっぷり椅子に座り込んで身体は即座に反応出来なかった。
「バンッ!!」
部屋に大きな銃声が響き渡る。シルバートンは何の躊躇も無くウルスラに向け一発の弾丸を発射した。弾はウルスラの胸少し左辺りを貫いた。




