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当ててみて、私の箱の中に何が入っていると思う?〜俺の冒險用ミミックだ!  作者: 上部乱
第三部——召喚塔林

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79/90

遁走のパンデモニウム――猫人シャーマンと女盗賊


パンデモニウムの眼線が、

猫人シャーマン——ベスティジュを見張っている。

 

地獄の群魔と諸天の神々は、

マモンの請柬を受け取った。

 

姜子牙ジャンジヤは一竿で、

滝へ泳ぎ込んだロキを釣り上げた。

 

トールがロキの尻尾を掴もうとするが、

姜子牙が一息に押し返す。

 

非人の衆生はイベント・ホライズンの外側に集い、

外へ漏れない光と影を捕らえていた。

 

『闘争関数を入力』

 

f(猫人シャーマンのベスティジュ、逆光のチェラーレ):

D(ノールールマーケット入口)=?

 

解を求めよ:

 

ノールールマーケットの街灯の下。

屋台や夜市の店が仕込みを始め、

昼の市の露店商は片付けに入っていた。

 

ベスティジュは屋台を整えながら、

誰かと話しているように独り言をこぼす。

 

「ん?まだお母さんに会いに行けないの?

どうして?」

 

彼女は耳を澄ませた。

 

俯いて囁くその姿は、形のない小さな男の子と会話しているようだった。

 

「どういうこと?

逆光が厄介ごとに巻き込まれたって?」

 

驚いた口調ではある。

だが胸の奥では、

何が起きるのか薄々分かっていた。

 

ベスティジュは素早く小刀を掴み、

シャーマンの媒材を入れた小さな布袋を提げる。

 

黒繭。

暴風鷲の尾羽。

呪いの結晶。

僧の頭蓋鉢――。

 

今日一日、商いで手に入れた品から、

役に立ちそうなものを選び出して身につけた。

 

「案内して⋯⋯」

 

女の猫人は、

ノールールマーケットのボロい通りへ駆け出した。

 

店じまいすら間に合わない。

屋台の品も出しっぱなしだ。

 

『戻ったころには、

もう全部持っていかれてるだろうな⋯⋯』

 

覚悟を決めるように、

彼女は目を閉じた。

 

損をするのは分かっている。

それでも迷いはない。

 

死者のために動くことは、

彼女にとって常に最優先だ。

 

そして――

ためらいが一秒増えるたび、

事態は一段と厄介になる。

 

向かう先から、

すでに大声の怒号が響いていた。

 

警鐘ではない。

この街では都市警備隊が、

真っ先に駆けつけたりしない。

 

つまり声の主は――

ノールールマーケットに巣食う

ならず者どもだ。

 

この場所では誰かが倒れれば、

そこへ“稼ぎどころ”を嗅ぎつけた連中が群がってくる。

 

倒れたのが女なら、

稼ぎどころどころの話ではない⋯⋯

 

ベスティジュは胸騒ぎを押し殺し、

さらに足を速めた。

 

角を曲がると、

怒号は切迫した罵声に変わる。

 

下卑た悪罵と毒々しい呪詛が、

銃撃戦のように通りを掃射した。

 

ときおり、悲鳴が混じる。

 

さらにもう一つ角を曲がる――

悲鳴の割合が増え、

そこへ命乞いまで重なった。

 

ベスティジュの前を、

巨漢が必死に逃げてくる。

 

両腕は力なく垂れ、

腋の下は血で染まっていた。

 

上腕の腱を切られたのだろう。

 

その後ろには、

顔じゅう血まみれの禿頭。

 

髪は――

つい数秒前に無理やり

引きちぎられたようだった。

 

ベスティジュは

暴風鷲の尾羽と呪いの結晶を握りしめ、

いつでも投げられるよう身構えた。

 

喧騒の中心に近づくほど、

逃げてくる連中はみじめになる。

 

片方のまぶたがない。

鼻の穴が一つ増えた。

 

歯。

指先。

耳たぶ。

唇。

 

ならず者が手に掲げているものは、

どれもろくでもない。

 

どうやら誰も、

この猫人に構っている余裕はない。

 

ついに、

ベスティジュは逆光を見つけた。

 

女盗賊は、

血飛沫の中で舞っていた。

 

血の花が散る街角の闇に、

卑猥な顔の偽酒商が這いつくばり、

泣き叫んで命乞いしている。

 

逆光は匕首を閃かせ、

偽酒商の手のひらを地面へ叩きつけるように釘づけにした。

 

「呪いを一発食らっただけよ。

だからって――

こんな無能な助っ人を集めた程度で、

逃げ切れると思ったの?」

 

怒っているようには聞こえない。

だが、その一語一語が――

精神の不安定さを告げていた。

 

「彼女の魂が⋯⋯」

 

ベスティジュは、

形のない男の子へ不安げに話しかける。

 

『開眼』

 

ベスティジュは目を閉じ、

数秒後に見開いた。

 

瞳は赤と黒に染まっている。

 

彼女は死者の気配を感じるだけではない。

魂の“姿”を、はっきり視認できる。

 

彼女が見た逆光の魂――

逆光の冷艶な顔を頂いたまま、

所作も気配も異なる三人の女が並び立っていた。

 

三つの魂は肉体に密着していない。

逆光は⋯⋯

解放状態に入っているように見えた。

 

人間の道徳。

共感。

そして行動の最低ライン。

 

そういうものからの解放だ。

 

三つの魂はそれぞれ別方向へ引き裂かれ、

まるで三匹の鼠の尻尾を一本に縛ったように、

互いを引きずり合っていた。

 

その中で、

最も狂暴そうな一つが綱引きに勝った。

 

「あなた――」

 

逆光が口を開くと、

三つの声が同時に響いた。

 

「今の隙に何か奪い取るつもり?」と疑う声。

「こんなやり方はしたくない」と悔いる声。

「この痛みを全部、刻みつけてやる!」と吠える声。

 

心を無理やり引き裂かれたせいで、

彼女は理性的に見えても、

行動はことごとく矛盾していた。

 

逆光はもう一本の匕首を抜き、

ベスティジュへ歩み寄る。

 

ベスティジュは怯まない。

だが――

本来なら恐れるべき状況だ。

 

「呪いがあなたの精神を裂いている。

言って。

自分が何をしようとしているのか、理解できる?

制御できる?」

 

ベスティジュはそう言いながら、

頭蓋鉢を取り出した。

 

「関係ない」

超我の逆光は、

無関係な者を巻き込みたくない。

 

「私、もう自分を⋯⋯制御できない⋯⋯」

自我のチェラーレは救いを求めた。

 

「口のきき方に気をつけな。

尻尾を落としてマフラーにしてやる!」

本我の女盗賊は、破壊しか見ていない。

 

自分が本当は何を望むのか、

本人にも分からない。

 

だが、ベスティジュが助けに来たことだけは

どこかで理解している。

 

匕首を握っては鞘へ戻し、

また抜きかける。

 

さっきまでの血闘の決断力と凶狠さが、

すべて躊躇へ変わった。

 

心の裂け目が、

彼女を“同じ場面を繰り返すホログラム”にしている。

 

ベスティジュは頭蓋鉢を捧げ、恭しく告げた。

 

「頓悟の僧よ、

塵世に残したその頭蓋をお借りします」

 

言い終えるや、

猫人は頭蓋鉢を逆光の顔へ被せた。

 

逆光も反応する。

匕首は振り下ろされた――だが。

 

ベスティジュももう一方の手で匕首を抜き、受け止めた。

幸い、逆光の殺意は揺らいでいた。

 

頭蓋鉢が女盗賊の顔を覆い、

黒い霧が鉢の縁から漏れ出す。

 

「やめて!!」

「やめ――」

「やめて⋯⋯」

 

逆光は羞恥に濡れた嗚咽を漏らした。

 

ベスティジュは匕首を下ろし、

逆光の後頭部を支える。

 

もう一方の手で鉢を引き上げた。

 

呪いの黒霧が、

逆光の魂から引き抜かれていく。

 

眼。

耳。

鼻。

口。

 

七孔すべてから黒煙が噴き、

煙は空中で向きを変え、

頭蓋鉢へ流れ込んだ。

 

注がれる。

注がれる。

注がれる。

 

「この呪い⋯⋯量が大きすぎる!」

 

ベスティジュは満ちあふれる頭蓋鉢を見て息を呑んだ。

 

縁から溢れた呪いは、

新たな依代を探し始める。

 

最も近く、最も適したのは――

鉢を捧げているその手だ。

 

ベスティジュは蒼ざめた。

呪いが、自分へ向かってくる。

 

そのための準備は何もしていない。

冷や汗が背を伝う。

 

そのとき、

細い手がベスティジュの手首を掴んだ。

 

「もういい。

あなたは十分やった」

 

逆光のチェラーレが、

半眼で沈着に言った。

 

瞳はまだ濁り、

呪いも完全には離れていない。

 

「この呪い――」

彼女は頭蓋鉢を奪い取った。

 

チェラーレはふらつきながら偽酒商のもとへ歩く。

 

「このゴミにも味わわせてやる!」

 

彼女は鼻を捻り上げ、

無理やり口を開かせた。

 

頭蓋鉢いっぱいの呪いが、

男の喉へ流し込まれる。

 

「うう――ひひ⋯⋯うう――」

 

呪いの三分の二が、

悪党の脳を蹂躙した。

 

本能と、抑え込んでいた道徳が同時に暴走する。

 

三分の二という“中途半端”が、

逆に脳を完全に過負荷にした。

 

彼は気絶した。

暴走する超我と本我の綱引きの中、

自我は強制的にシャットダウンされた。

 

「あなた⋯⋯それで持つの?」

 

ベスティジュは全身汗だくで訊ねる。

 

「ぎりぎりね」

チェラーレは冷静に笑った。

 

「呪いの力が分散した。

意志力も六、七割は戻った。

ここから逃げるくらいなら、問題ない」

 

チェラーレは理性的に状況を分析しつつ、

通り全体の気配に耳を澄ませる。

 

「ごめんなさい。

私じゃ、この呪いを完全には処理できなかった⋯⋯」

 

ベスティジュは悔しそうに言った。

 

「十分よ。

残りは――この方面の達人を二人知ってる。

私が会いに行く」

 

都市警備隊の怒号が、

路地という路地に響き渡る。

 

チェラーレの表情に、

一瞬だけ緊張が走った。

 

ベスティジュはそれを見逃さない。

 

「これ、持っていって」

 

黒繭。

暴風鷲の尾羽。

呪いの結晶――。

 

未使用の品を、ベスティジュはまとめてチェラーレへ押し付けた。

 

ここには、逆光を必要としている者が多い。

彼女を牢へ落とすわけにはいかない。

 

「助かる。

全部、使える」

 

チェラーレは感謝の目でベスティジュを見た。

 

形のない男の子が、

警告するように何かを告げた。

 

「もう長居しないで。早く行って!」

 

ベスティジュはチェラーレの背を押した。

 

女盗賊は片手で黒繭を握り潰し、

もう片手で、両手を釘づけにされた男を指さす。

 

「偽酒商。

懸賞金は首四十万信用点」

 

その体は、ゆっくりと夜色へ溶け込んでいく。

 

「本当は老友に渡すつもりだったけど――

あなたにあげる。

助けてくれた礼と、道具代の清算だ」

 

逆光の影は街灯の下から完全に消え、

声だけが風の中へ薄れていった。

 

ようやく都市警備隊が到着し、

猫人と偽酒商を取り囲む。

 

「逆光はどこだ?」

隊長格の警官が、ベスティジュを乱暴に問い詰めた。

 

ベスティジュはため息をつく。

今夜は長く警察署に拘束されそうだ。

 

彼女は、

知り合いの亡霊の中に法律の専門家がいないか、

探し始めた⋯⋯

 

————————————————

 

「さっきの娘、暴風鷲の羽毛を持ってたな」

 

トールが拳を握って笑う。

「おいおい、これでいつでもどこでも

俺の力を借りられるじゃないか~」

 

姜太公ジャンタイゴンは箸で鮭の身をつまみ、

静かに味わう。

 

マモンは皿を手に、

神々に給仕していた。

 

――で、ロキは?

 

たぶん、逃げたんだろう⋯⋯

閣下、もうお休みください。

この先の展開は、半開きの目で踏ん張って読めるものではありません。

待っているのは――召喚塔が林立する地帯で繰り広げられる、怒涛の連戦です。

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