第4話 ミミックの卵、どうやら神々の注目の的らしい
「ふう、
これでひとまず危機は脱したってところか。
次に来るときは、
もっとちゃんと準備してこないとな。」
デレオは気持ちを切り替え、
目の前の状況を改めて整理することにした。
さっきこの女の身体からこぼれ落ちた
あの小さな袋が、
彼の興味を引いている。
本来は、
遺跡の外に出てからゆっくり死体を
あさるつもりだった。
だが、
このみすぼらしい格好の遺体を引きずって
外まで運ぶ途中で、
ほかの冒険者と鉢合わせでもしたら……。
どんな噂を立てられるかわかったものじゃない。
デレオは、
残っている服の切れ端で彼女の見せては
いけない部分を丁寧に包み、
いくつか固く結び目を作った。
それから、例の小袋を拾い上げる。
指先が触れた瞬間、
その袋は不思議な感覚を彼に伝えてきた。
詩集を一冊開いたときのような。
リモコンの電源ボタンを押したときのような。
新しいゲームを起動したときのような。
指数関数のグラフが、
ちょうど x=1 を通過するときのような――。
見た目は、どこにでもありそうな、
ごく普通の小袋にすぎない。
用途なんてまったく想像がつかない。
軽く指でもみ、
手のひらで重さを確かめてみても、
中身のない空袋にしか感じられなかった。
袋の口を覗き込むと、
そこにはただ真っ黒な闇が広がっている。
タルタロスの奈落のように、
底知れぬ黒だ。
だが、どう見ても袋自体は浅い。
底が見えないはずがないのに。
その袋をしっかり開いた瞬間、
袋の口から文字のホログラムが飛び出した。
『ミミックを孵化させますか?
はい/いいえ』
「ミミックって、卵から生まれるのか?」
デレオは目の前の光景に思わず声を漏らした。
「そんなの、『はい』一択だろ!
こんなチャンス、逃してたまるか!」
「孵化」の二文字を見た瞬間、
彼は自分が何をしにここへ来たのかすら
頭から吹き飛んでいた。
このとき、四人の冒険者の神々が、
一斉に彼の感情に呼応して
集まってきたかのようだった。
袋が急にずしりと重みを増す。
きっと「秘密を埋めるメジェド」が、
ここに何かを隠してくれたのだろう。
コツン、パキン――
殻を破って何かが生まれ出る音は、
まるで「争いを呼ぶティール」が
決意を込めて槌を打ち鳴らしたかのように
響いた。
袋の口から白い蒸気がふわりと立ちのぼり、続いて新たな文字が投影される。
『ミミックの幼体——生体アイテム袋を獲得』
ミミックの幼体……?
「あれって人工の⋯⋯
魔法生物じゃなかったか?
幼体なんて、ありえるのか?」
デレオの胸の高鳴りには、
驚きだけでなく好奇心も混じり始める。
これは教科書を書き換えるレベルの
大発見だ!
こんな生き物に幼体が存在するなんて、
誰一人として知らなかったのだから。
デレオは改めて袋の口を見つめる――
深淵を覗き込むように。
袋の中は相変わらず真っ暗だ。
だが、その闇の奥で、
子猫のような二つの瞳が
ぱちぱちと瞬きしながら彼を見上げている
――深淵もまた、
こちらを見返しているのだ。
その瞳を見つめていると、
デレオの胸の奥から熱い感情が込み上げてくる。
視線が交わった瞬間、
二本の運命の糸が、
「運命の紡ぎ手クロート」の手によって
一本の糸へと撚り合わされていくのを感じた。
『生体アイテム袋がインプリント効果を起動しました』
インプリント……?
「今の俺のこと、
親だとでも思ってるのか?」
デレオの気分は、
初めて子犬を買ってもらった
八歳の少年そのものだった。
彼はそっと指を袋の中へ差し入れ、
ミミックの幼体がどんな手触りなのかを
確かめようとする。
だが、
指先に何か硬い感触が触れることはない。
代わりに、
あたたかくてしめった小さな舌が、
ぺろぺろと彼の指を舐めるのを感じた。
まるで、
まだ乳離れしていない子猫のようだ。
デレオの心は一気にとろけ落ちる。
「こいつ、何を食べるんだろうな?
生まれたての生き物って、
だいたいお腹を空かせてるもんだし……」
そうつぶやきながら、
冒険用ポーチからパンを一かけら取り出し、
袋の中へ入れてやる。
「ぺっ。」
生体アイテム袋は露骨に嫌そうな顔で、
そのパンを吐き出した。
『警告!
ミミックの幼体が受け付けるのは、
未加工の初級素材のみです!』
未加工の初級素材、ね……。
デレオは少し考え、
足元の石ころを一つ拾い上げて
袋の中へ放り込んだ。
「ガリガリ、ガリガリ、
バリッ、バリッ……」
袋の中で、石を噛み砕く音が響く。
「ん〜〜。」
満足げな声を漏らしたあと、
今度は別のものを吐き出してきた。
「ぺっ。」
――さっきとは違い、
元の石ころのままではない。
デレオがそれを受け取ると、
そこにはきれいに研磨された石弾が一つ、
ちょこんと乗っていた。
『生体アイテム袋への給餌を確認。
テイミング手順が完了しました。
飼い主は、
あなたの魔獣ペットに名前をつけてください。』
飼い主! 魔獣ペット!
「アイテム士のくせに、
こんな幸せ味わっちゃっていいのか、俺!」
というか、
魔物使いですらミミックをテイムした
なんて聞いたことがない。
ましてや、
アイテム士に魔獣を手なずける系統のスキル
なんて存在しないはずだ。
きっと、
何か特別な仕組みが働いているに違いない。
今はまだ理解が追いつかなくても構わない。あとでじっくり調べればいい。
「よし、お前の名前は《アレカ》だ!
何かの古代語で『箱』って意味なんだとよ!」
『命名を確認。個体名:アレカ・サクルス』
「ごろごろごろ……」
アレカは目を細め、
ミルクを飲み終えたばかりの子猫のように
喉を鳴らした。
デレオは、
猫のような瞳を宿したこの可愛い小袋を
誇らしげに持ち上げる。
「俺はデレオ。今日からお前の飼い主だ!」
デレオの視界には、
アレカしか映っていない。
その背後に広がるものは、
すべてぼやけて見えた。
ふと、デレオの脳裏に、
三十三天の彼方で無言で腰掛けている
『結末を見届けるクリシュナ』の姿がよぎる。
その首には九つの鍵がぶら下がり、
デレオとアレカがどのような
芝居を演じて見せるのか、
静かに見物しているのだ。
デレオはその愛らしい小さな布袋を
見下ろしながら、
「さあ、さっさとここを出ようぜ」
と声をかける。
手早く少女の服を整え、
ロープでしっかりと縛りつけると、
彼女の遺体を背中に背負った。
「さて、どっちへ向かうべきか……」
デレオが進路を思案していると、
小袋がぱたぱたと音を立てながら、
自分で出口の方角へぴょんぴょん跳ね始めた。
「おいおい、
ナビ機能まで付いてんのかよ!」
デレオは苦笑しつつ、その後を追う。
ほどなくして、そう遠くない場所から、
またしても騒めきが聞こえてきた……。
———大したことではないこと———
四人の冒険者の神のひとり
「秘密を埋めるメジェド」――
性格は神秘的で子どもっぽく、
なぞなぞやゲームが大好き。
行き場を失ったすべての者を庇護する、
親しみやすい神でもある。
彼の加護を受ける初期職業は、
スリとアイテム士。
———大したことではないこと———
四人の冒険者の神のひとり
「秘密を埋めるメジェド」――
性格は神秘的で子どもっぽく、
なぞなぞやゲームが大好き。
行き場を失ったすべての者を庇護する、
親しみやすい神でもある。
彼の加護を受ける初期職業は、
スリと道具士。




