第3話 半端な火攻めなんて、動く松明を点けただけだよ。
デレオはハンマーをつかみ、
悪臭を放つ黒ずんだ両手を身をひねって躲した。
その腐りかけた両手は、
もう少しで少女の氷のように白い繊細な顔に
触れそうになっていた。
「させるか!」
これ以上一歩も近づけるわけにはいかない。
ハンマーが空中に銀色の弧を描く。
ゴキッ!
鈍い音とともに、
そいつの脚の骨があっさりと折れた。
そいつはアンデッド――活屍だった!
もとはただの骸骨にすぎなかったが、
他人の血肉を奪い取ることで、
より上位の存在である活屍へと
「進化」したのだ。
だが、
その血肉も内臓も元は他人のもので、
どう身にまとってもしっくりこない。
だからこそ、
そいつはヤドカリのように、
ぴったり合う「殻」――
肉体を常に探し求めている。
デレオは心の中でそろばんを弾く。
『アンデッドの脚って、
いくらで売れるんだ?』
「今日に限って斧を
持ってきてないんだよな……」
自分の準備不足を内心で呪う。
以前一緒に組んでいた盗賊仲間は、
アンデッドの脚をぶった切ってそのまま
持ち帰るのが大好きだった。
そうしておけば、
アンデッドがどれだけ追いすがろうと、
彼女には決して追いつけない。
そのあと、
彼女は城外に住むネクロマンサーの婆さんに、
その脚を売りつける。
陰気なその老婆は、
アンデッドの脚を
媒介にして本体を丸ごと召喚し、
それを奴隷のようにこき使い、
叫びマンドラゴラ畑の世話をさせるのだ。
デレオは炎のランプを見つめて、
しばらく考えた。
ちょっと偏執気味の召喚師と
長期冒険契約を結ぶ代わりに、
このランプを譲ってもらったのだ。
彼は烈焔犬にやるために
具足虫を一匹拾い上げると、
連続していくつもの火球が爆ぜながら放たれた!
燃え上がった!
だが、アンデッドは止まらない……
ただの歩き回る松明になっただけだった!
「焼くなら一度で徹底的に、
跡形も残さず燃やせっての!」
これは、
あの盗賊が召喚師に向かってよくこぼしていた愚痴だ。
どうせなら灰になるまで焼き尽くせるくらいの火力が欲しい。
烈焔犬の好物をランプに放り込んで、
ご機嫌を取ってやる必要がある。
「オークの心臓とか、
その手のブツがあれば、
火力も足りるんだろうけどな……」
デレオは本当に、
手持ちの素材の乏しさに泣きたくなる。
仕方なく、この女の死体の持ち物に、
烈焔犬の燃料になりそうなものがあるかどうか、
賭けてみるしかない。
デレオは「0527」の身体中のポケットや
裏地を片っ端からまさぐる。
だが、
出てきたのはハーモニカが一つきりで、
たいした金目の物は見当たらない。
唯一、
烈焔犬の好みに合いそうだったのは、
ラップにくるまれた黑糖蒸しパンの
一切れだけだった。
あの死に損ないが、のろのろと、
しかし確実に、数歩ぶん距離を詰めてくる。
デレオはさらに探り続け、
ついには学生証まで引っ張り出した――
カシヤ・スコラリス。
まだ十八歳。
教授に助手として連れて来られた大学生であることは間違いない。
「ったく、
こんな年端もいかない子を、
誰だよこんな危険地帯に
放り込んだバカは……」
だが、そのラストネームを見て――
それがニュースで
よく耳にする名家のものだと気づく。
高額報酬、ほぼ確定のサインだ。
デレオは思わずにやりと笑い、
それから自分の頬をぴしゃりと叩いた。
『こんなことで喜んでたら、
メジェド様にどこかへ隠されちまうぞ!』
そう心の中で敬虔に唱える。
それでも、彼は手を止めずに探り続ける。
「このなんちゃってお嬢様、
マジで燃やす価値のある物を何も
持ってないのかよ?」
片脚を引きずりながら近づいてくるアンデッドを見て、
さすがの彼も焦り始める。
手が滑る、
彼女の服をうっかり裂いてしまう。
その拍子に、
小さなポーチが床に転がり落ちた。
デレオがそのポーチを拾おうとした瞬間、
ランプの中から烈焔犬がひょいと姿を現した。
烈焔犬は、
その女のバッグの中身に
興味津々といった様子で鼻先を突っ込む。
デレオもつられてそちらに目をやる。
「うわ、マジかよ。この女、
ドラゴンフィレの塩漬けスティックなんか持ち歩いてんのかよ……
趣味が渋すぎるだろ。」
烈焔犬は獰猛な笑みを浮かべると、
そのドラゴンフィレの塩漬けスティックを
くわえて引き抜き、
ひょいと宙に放り投げた。
くるりと回転したそれは、
きっちり烈焔犬の口の中へと収まり、
奴はうっとりした様子でぺろりと舌なめずりをする。
その瞬間、アンデッドの頭上に、
炎が凝縮して巨大な二つの拳の形をとった。
炎拳槌撃――。
これは、
高位のエレメンタルメイジですら、
長々とした祈りを
捧げてようやく行使できるほどの高位火属性魔法だ。
炎の両拳が固く握りしめられ、
そのまま容赦なく振り下ろされる。
一瞬で、すべてが灰となって吹き飛んだ。
本当に「灰すら残さず」というやつで、
目の前のアンデッドは跡形もなく爆散した。
食欲というものの破壊力を、
決して侮ってはいけない。
伝え聞くところによると、
かつて龍の肝を
別の火系召喚獣に捧げた者がいたそうだ。
その召喚獣は敵に核熱フレアを
一発お見舞いし、
その威力は敵どころか味方までも
一瞬で蒸発させてしまったという。
「もったいなさすぎる!」
デレオは心底からそう思う。
こんなレベルの魔法が、
飛竜とかゴブリンキング級の
上位モンスターに命中していれば、
手に入る経験値もドロップ品も、
さぞかしうまかったに違いない。
奴の呪われた魂を浄化したわけではない以上、
本当の意味で「討伐した」とは言えない。
戦いが完全に終わったとはまだ言えないものの、
アンデッド自身は、
もはや一切行動できない。
再び肉体をかき集めて復活するにしても、
それは何カ月も先の話だ。
ドロップもなければ、経験値の精算もない。
それでも、
ひとまず命の危機からは脱したのだ。




