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当ててみて、私の箱の中に何が入っていると思う?〜俺の冒險用ミミックだ!  作者: 上部乱
第二部——首都とネクロマンサーの観光農園

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第30話 彼の悲しみを受け止められたのは、彼女だけだった……

「そいつって……?」


「事故で死んだ少年さ。

ノールールマーケットの入口で出会った。


 あたしが話を聞けるって分かった途端、

昼夜構わずずっとあたしに

向かって怒鳴り散らすようになってね。


 可哀そうだとは思うけど……

あたしはまだレベルの低い霊媒にすぎない。


してやれることなんて、

ほとんどないのさ。」


「追い払うことはできないけど……

落ち着かせることなら、

たぶんできる。」


カシヤはハーモニカを取り出した。


露店の脇に置かれた木箱に腰を下ろし、

しばらくうつむいて考え込む。


それから、

そっと指先で楽器の金属の表面をなぞった。


周りの客たちは、

カシヤが楽器を取り出すのを見ると、


てっきり大道芸か

何かが始まるのだと思ったのだろう。


ぞろぞろと彼女の周りに輪ができていく。


カシヤは静かに息を吸い込むと、

やわらかく、

伸びやかな音を吹き出した。


――その瞬間、

少年の咆哮が、

爆発したみたいに人々の耳を打ちつけた。


周囲の鏡、

たまった水溜まり、

ガラス瓶、

金属の表面――


ありとあらゆる反射するものの中に、

怒り狂う少年の姿が次々と浮かび上がる。


見物人たちは顔を見合わせた。


誰一人として、

ここまで激しい“

演奏”になるとは思っていなかった。


少年の瞳からは血の涙が流れ、

世界があまりにも早く、

自分からすべてを奪い去ったことを、


声を枯らさんばかりに罵り、責め立てる。


カシヤの音楽は、

朝もやのように空気へと溶け込んでいく。


その旋律はやわらかく、

ささくれ立った心ひとつひとつに、

そっと手を伸ばすようだった。


音の流れとともに、

露店の周囲に漂っていた重たい空気が、


少しずつ、

静かに色を変えていく。


淀んでいた影が、

じわじわと薄れていく。


ハーモニカの音色は、

まるで母親のように、

傷だらけの子どもをやさしく抱きしめる。


少年の咆哮は、

徐々に力を失っていった。


混乱で濁っていた瞳に、

ほんのわずかな静けさが宿る。


カシヤの音には、

彼女自身の想いが滲んでいた。


憐れみ、慰め、ぬくもり――

それらが音波となって広がり、

そっとその魂を包み込む。


少年の魂は、

静かに腰を下ろした。


空気をなぞるように指先を動かしながら、

久しぶりに訪れた安らぎと解放を、

確かめるみたいに。


彼の怒りは、

薄い霧のようなものへと変わり、


旋律に溶けて、

雑踏のざわめきの中に消えていく。


しばらくして、

周囲は元の静けさを取り戻した。


見物していた人たちの胸の奥には、

ほんの少しだけ、

軽くなったような感覚が残っていた。


カシヤはハーモニカを胸元にしまい、

静かにベスティジュを見つめる。


何も言えなかった。


ただ、

身体がかすかに震えている。


露店の周囲は、

急にしんと静まり返った。


空気さえも固まってしまったように。


「ごめん……」


風に乗って流れていく、

小さな子どもの声を、

その場にいた全員が確かに聞いた。


だが、

その子どもを気に留める者は、

誰一人いなかった。


ここは、

ルールのない場所。


誰かが誰かの痛みを

背負ってくれることなんて、

まずない。


この市場には、

屋台の数より、


怖くて、

悲しい出来事の方がよっぽど多いのだ。


その中でただひとり、

ベスティジュだけが、


自分のすぐそばを見て、

誰かの涙を拭うかのように、

そっと手を伸ばした。


「これで、

あたしの話を

ちゃんと聞く気になってくれたかい?」


ベスティジュは、

そこにいるはずのない少年の頭を

ぽんぽんと叩く。


「そう、

それでいいのさ。


そうじゃなきゃ、

あたしも手を貸してやれない。


……ちょっと待ってな。」


ベスティジュは、

仮面をカシヤへと差し出した。


「あんたたちとあたしの縁は、

取引なんかより、

もう一段上にある。


 この仮面は、

もともとあんたたちのもんだ。


金も品物も、

何もいらないよ。」


デレオは一瞬ぽかんとしたが、

すぐに頭を下げ、

心から礼を言う。


「ただね……」

ベスティジュは、

どこか言いにくそうに口を開いた。


「まだ、

何か支払うべきものがあるのか?」


デレオは仮面を握る手に力を込める。


もしここで「やっぱり高く売る」と

言われたらどうしようか、

と一瞬だけ考える。


ベスティジュは、

遠くを見るような目で呟いた。


「成長ってのは、

必ずしも嬉しいことばかりじゃない。


 同時に、

その子の“中身”を変えちまうものでもある。


 赤ん坊だって、

一度しゃべることを覚えたら、


人間の複雑さに、

少しずつ蝕まれていく。」


デレオの手が、そこで止まった。


本当に、

この子を“成長”させていいのか――。


アレカは何かを感じ取ったらしく、

自分からそっとフタを持ち上げた。


「ここに入れていいよ」

とでも言うみたいに、

仮面をしまえる隙間を開けてみせる。


デレオは、決断した。


子どもは、

善か悪かなんて関係なく成長していく。


それを止める資格なんて、

自分にはない。


彼は仮面を箱の中へとそっと入れた。


仮面が中に収まった瞬間、

ミミックの箱全体が、

何か見えない力を吸い込むように、

かすかに揺れた。


アレカの目が、

淡い金色にきらりと光る。


その体から、

うっすらとした霊気のような

ものが立ち上る。


「この子の進化には、

まだまだ段階がある。


 どんな姿になるかは、

あんたたちの選択と、

これからの経験次第さ。」


ベスティジュの声は、

どこか遠くを見ているようだった。


「運命の時が来たら、

この子はきっと、

新しい驚きを見せてくれるよ。」


露店を離れるとき、

カシヤは小さく手を振って

ベスティジュに別れを告げた。


デレオは、

その横で、

アレカの瞳の奥に


一瞬だけ、

見慣れない光が灯るのを見逃さなかった。


その一瞬、彼は、

自分の知らない“誰かの意識”が、

ゆっくりと目覚めつつあるのを感じた……。


ノールールマーケットの喧騒は、

今も途切れることなく続いている。


ここは「ルールのない市場」だ。


当たり前のように、

「閉店時間」なんてものも存在しない。


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