第29話 ここには何でもある。ただし、品質保証は一切なし!
「ノールールマーケット。」
それは、
親や先生たちが子どもに「行くな」と
口をそろえて言う場所だ。
地図には載っていない。
けれど、
クラスで一番やんちゃなやつに聞けば、
必ず行き方を知っている――そんな場所。
そこは、
ありとあらゆるアウトサイダーが
集まる巨大なフリーマーケットだ。
盗賊、密輸業者、
アンダーグラウンドの職人たち、
そしてクレジットシステムの流通網から
はじき出された人間たち。
ここには、
秩序を取り仕切る者なんて一人もいない。
ここで買った物に
保証書なんて付いてこないし、
壊れたからといって
文句を言いに来たところで――
翌日また行けば、
売った当人は「誰だっけ?」
と言わんばかりの顔をする。
こういう場所では、
騙されたら、
それは自分の失敗だ。
デレオがここへやって来た理由は一つ。
アレカを進化させるために
必要な三つの道具のうちのひとつ――
「猫人シャーマンの仮面」を探すためだ。
ノールールマーケットの入口は、
旧市街の外れに
ある行き止まりの路地に隠れている。
両側には、
かつてペンキで塗られたが、
今はすっかり剥げかけたトタンの壁。
壁際には、
使い捨てられた乗り物の部品や
ダンボール箱が山積みにされている。
空気には、ガソリン、乾物、
錆びた鉄の匂いが入り混じっていた。
頭上には、
ぐらぐら揺れる裸電球が一つ。
ビニールテープでぐるぐるに
巻かれたコードが
風に合わせてふわふわ揺れている。
足元の穴には雨水が溜まり、
その水面には、
油膜が七色の虹を浮かべていた。
マーケットの床には古びた
赤レンガが敷かれているが、
ところどころ割れていて、
踏み込むと、
悪臭のする汚れた水がじゅっと湧き上がる。
看板なんて、どこにもない。
あるのは、
コンクリートの壁に
スプレーで雑に描かれた一文だけ。
『うちはルールなんて扱ってません』
その横には、
黄ばんだ新聞の
切れ端が貼り付けられていて、
何年のものかも分からない
「都市再開発計画」の記事や、
この市場をどうにかしようとする
もっともらしいきれいごとが載っていた。
市場の入口をくぐると、
アレカはやけにうれしそうに、
美味しそうな
匂いでも嗅ぎつけたかのように、
箱のフタを少しだけ開いてみせた。
カシヤはそっとデレオの腕に手を添え、
優しい笑みを浮かべる。
「ここ、とってもにぎやかですね。
どれもこれも珍しいものばかりです。」
その憧れを、
全身に傷跡を刻んだ獣人が
あっさり打ち砕いた。
彼はカシヤを
じろじろと舐め回すように見つめる。
まるで獲物を
見つけた狩人のような目つきで。
「気をつけて。」
「ここには、
いかにも“金持ちそうな”よそ者ばかり
狙う連中がいる。」
デレオは少女を自分のそばへ引き寄せると、
同時に視線だけで牽制する。
――『この子には古参の冒険者が付いてる。
手を出す前に、自分の腕前をよく考えろ。』
ここは、
人間だけの縄張りじゃない。
各地から取り引きに来た亜人や、
少数民族も大勢いる。
露店も千差万別だ。
ボロボロのローブをまとったドワーフが、
剣の柄に埋め込まれた結晶を見せながら、
セイウチの亜人と値段交渉をしている。
全身にガラス瓶をじゃらじゃらぶら下げた
ハーフリングの薬師は、
口では効能をはっきり言えない
種類のポーションばかりを並べていた。
二人は、
ぎゅうぎゅうに人の詰まった
細い通路を進みながら探し回り、
やがてその一角――薄暗い影の中で、
目的の店を見つける。
猫科のトーテムや羽根、
骨の装飾品が所狭しと並べられた露店。
猫人族が営む店だ。
店主は、
どこか妖しげな雰囲気を
まとった猫人族の女性。
深い紫のマントを羽織り、
額には小さな骨と透明なクリスタルを
連ねたヘッドバンド。
翡翠色の瞳が、
薄闇の中でほのかに光を放っている。
「ようこそ。」
「あたしは霊と語らうシャーマン
——ベスティジュ。
古代遺跡をさまよう魂たちが――
こう告げに来たわ。
“お前たちは、
あたしの品を必要としている”ってね。」
ベスティジュは、
尻尾で地面をぽん、
と叩きながら、
古い呪文を唱えるような調子でそう言った。
デレオには、
彼女が本当に何かを“視ている”のか、
それとも単に雰囲気作りなのか、
判断がつかない。
彼は一歩前に出て、
目立たないよう声を落として言った。
「猫人シャーマンの仮面を探しているんだ。」
ベスティジュは、少し首を傾げ、
視線をアレカへと移す。
ミミックは、
礼儀正しくフタを閉じ、
二つの目と、
落ち着きなく揺れる舌だけを
ぴょこんと出していた。
「ミミックの進化を目指す者なんて、
滅多にいないわ。」
「そもそも、
あいつらが進化できるなんて、
あたしも知らなかった。」
彼女は小さくつぶやき、
続けて低く問いかける。
「で、あんたたちは何を払うつもり?
見返りは?」
デレオは、静かにうなずいた。
最悪のパターンも頭に入れたうえで、
腹は決めている。
どうやら、
この猫人族はただのハッタリ屋ではない。
こちらが何を求めているか、
本当に理解している目だ。
「等価だとあなたが思う物なら、
物品での交換で構わない。
こちらで用意できる範囲で、
できるだけのものは出すよ。」
デレオは背負ってきた
バックパックを前に抱え、
その中からアレカが作り出した
道具やアクセサリーを数点取り出し、
ベスティジュの興味を
引けそうな物を並べてみせる。
「ここはノールールマーケット。
だから、
あたしが売っている物の“ルール”を
決めるのも、このあたし。
――なんだけどね。」
ベスティジュは、
ふっと口元だけで笑うと、
店の奥から藤のつるで編まれた
一つの仮面を取り出した。
しなやかな曲線を描くその仮面には、
雷の文様を帯びた暴風鷲の羽根と、
骨で作られた装飾が
丁寧にあしらわれている。
「これは、
あたし自身のシャーマン仮面。」
「単なる品物ってだけじゃない。
あたし自身の生命と、
ちょっとした“縁”で繋がっている。」
「……あんたたち、
自分たちがこいつと“縁”を結べると思う?」
カシヤはあわてて身を乗り出し、
尋ねる。
「その“縁”って、
どういう意味なんですか?」
ベスティジュはカシヤを一度じっと見つめ、
すぐに視線をデレオへと戻した。
「簡単に言うなら――このお嬢さんに、
鎮魂曲を演奏してほしいのよ。」
「ここ数日、
あたしにまとわりついて
離れない奴らのためにね。」
「本当は、楽器の音だけじゃ足りないの。
魂を鎮める“力”がいる。」
カシヤは申し訳なさそうにうつむく。
「ごめんなさい……。
私のレベルでは、
まだ“力のある鎮魂曲”は
ちゃんと演奏できません。」
「そうね。
ただ楽器を持って、
楽譜どおりに指を動かすだけなら、
誰にだってできる。」
「でも、
本当にアンデッドを
鎮める音を奏でられるかどうかは
――その人の“力”次第。」
ベスティジュは苦しげに眉を寄せ、
耳をふさぐように両手をそっとあてがった。
「でも、まあいいわ。
やり方は何だっていい。」
「ただ一つ――ここ数日、
あたしの周りをぐるぐるとうろつき続けてる
“あの子”を追い払ってくれたら、
この仮面は、
タダであんたたちにあげる。」




