7・ダンジョンの謎と場違いの工芸品
「うわーーやっぱりあった!この模様、絶対踏んだらアカン!俺の国の文字で『閉』だ」
「この状態で通路が閉まったら……」
二人とも逃げられない、30メートルはありそうな一本道の通路なのだ。その中間辺りで壁が押し迫ってきたとしたら前後どっちへ走っても間に合う訳がない。
「間違いなく二人一緒にぺっちゃんこだったな」
「それでさっきえぐいと」
「そういうこと」
俺が日本人で漢字が読めたから事前回避できたけれど、これ違ったら相当ヤバかったんじゃないかな。
転送部屋からの脱出自体も地元民にはかなり困難なはずで、偶然『開』スイッチに触る以外は脱出不可能だったろう。
さらにその直後に脱出通路の床に仕掛けられた異界文字の『閉』スイッチを踏まないで脱出しろってどんだけ無理ゲーだよ。
床に壁に浮き出ている模様の中に変な文字がないか確認しながら進んだので、たった10メートル程の道のりが果てしなかった。はひぃ。
通路を進んだ先で横道に突き当たりそちらの通路の床や周辺の壁に変な模様文字がない事を確認してからその場へへたり込んだ。軽く息をつく。
結構しんどいんだなこれが。
「残念だがこの通路の風景に心当たりはないな、初見の通路だと思う、少なくとも3層より上ではないはずだ」
ウィル・オ・ウイスプを浮かせ通路の左右を確認したエミュだったが残念ながら簡単に抜けられる様な浅層ではなさそうだった。
「ここが浅い層でないと思った理由は?」
「1〜3層ならモンスターを倒してドロップ品を回収する収集者が1日何百人もダンジョンに入っているんだ」
ふむふむ。
「大人数が通過する通路にはそれなりの汚れや埃の跡が残るものだ。痕跡がダンジョンに吸収され消えるにしても1日はかかる、この通路の状態は誰も通った事の無い通路のそれだ」
なるほど、この相棒の洞察力が当てになるのは経験済みだ。となると楽に脱出できる方の可能性は消えた。
「モンスターとエンカウントしてこの階層がどの程度になるのか判断する事になるのか」
「そうだ、とりあえず現在地をマーキングしてマップを作りながら進んで行こう」
エミュはウェストポーチからマジックペンを取り出し、今出てきた通路の上側の壁にキュキュキュっと何かの文字を書き込んだ。
何だか凄い違和感を感じる。
「エミュ、それはなんだ?」
「これか?此処が初見の場所の可能性が高いのでな、この通路の位置をスタート地点としてマッピングする。ある程度マップができたら既知のマップと照会してみよう、もしかしたら私が勘違いしているだけかもしれないしな」
「いや、その文字ではなくて」
「はん?」
「なんでマ◯キー持ってんの?」
エミュがダンジョンの壁に直接文字を書いていたのは、日本では普通に買える有名な油性マジックペン。
「◯ッキー?この万能ペンのことか?」
エミュが見せてくれた油性マジックペンにはちゃんと『マッ◯ー』と商品名が書かれていた。メイドインジャパン。
まさしくOut of Place Artifacts。場違いの工芸品てやつだ。
「そうか、この異文明のアイテムはクレオの国のものなのか?」
「そうだ、俺の国では『魔法のペン』とか呼ばれている」
「確かに魔法のペンだ何処にでも書けるし簡単に消えない上にインクも内蔵式で長持ちする。
これはダンジョンからドロップする異文明品だ、ちなみに取引の時には金貨が出るからな。高級品なんだぞ?」
マジですか?まぁ。落ちてくるのを待つしか入手方法が無いならメッチャ高くなりますわな。
「クレオは本当に異文明から来た人間なんだな」
今更感心するかのようにエミュは呟く。むしろ今までなんだと思っていたのか。
「安心しろ、間違いなくクレオは歓迎されるぞ。ドロップ品には異文明の文献もたくさんある、翻訳するだけでも相当の謝礼を受け取れるだろう」
ふむ本読めばそれだけで金になるか、もしかしてスローライフとかイージーモードもありか?
どちらにしても今此処を切り抜けないとどうにもならない訳だが。
エミュのポーチからA4のクリップボードとコピー用紙とボールペンが出てきた。
あー。なんだか頭が痛いのは気の所為か?今更だが。
「取りあえずは真似事レベルのマッピングでも構わんだろう、未踏破エリアの地図を持ち帰えることができれば高く評価されるはずだ。もちろんクレオにも謝礼は弾むぞ」
「それはありがたいな、当てにさせて貰うよ」
異世界での頼みの綱エミュ様、おたのもうします。
「さて、今いる通路の右と左どちらを先に調べるかだがクレオに腹案はあるか?」
探索リーダー権限で決めてもいいと思うけど、当てにされているというのも悪い気はしない。
「決める前に先に左右をザックリと眺めて見るか?」
エミュが疑問符を顔に浮かべる前に。
ウィル・オ・LEDドローンを通路の先へと飛ばす。ドヤっ。
練習の甲斐あってか通路の先かなり先まで見通せ……!
エミュが剣を抜き、俺は盾を構えた。
ウィル・オ・LEDの明かりに照らされて向かってくる人間大の影が複数見えてしまった。
遠くて見分け難いがあれは。歩くガイコツ?!
「スケルトン・ファイターだ!武器を使う分只のスケルトンよりは手ごわいぞ、攻撃は軽いがその分素早い」
なるほど、体重軽めの人が3人で剣をもって襲ってくると。
「喜べ、クレオ。スケルトン・ウォリアーじゃない。ここは6層から上だ」
おおっ!生きる望みがあると?やる気出た!絶対に生き残る!カムヒア、スローライフ!ビバ、ハーレム!
「探知が速く距離がある、接敵までに魔法で削る。向こうの数が多い、接敵後は盾と剣でけん制してくれ」
「了解ボス!」
けん制も兼ねてウィル・オ・LEDをガイコツちゃん達の前でふわふわと舞わす。
お、よけた?!暗闇の中で明かりもなしにダンジョン内を歩き回ってんだから視覚感知じゃねぇよな?なのに真っすぐこっちに向かってきてかつ魔法を回避する?
『ファイヤ――アロー!』
エミュが繰り出した炎の一線に先頭を進んできたスケルトンAは回避運動を始めている。
なるほど、あいつら魔法は見えてるんだな?
暗闇の中明かりも無しに進んで来れるんだから視覚には頼っていないはずだ。
ならば、どうやって俺たちを認識してる?
――試してみるか。
「エミュ!眩しくなるぞ」
一応、警告しとく。
「?」
聞こえてるなら何とかなるでしょ。
『ウィル・オ・LED”太○拳”!』
思いっきり魔力を叩き込んだった。
爆発的に広がる閃光。
後方のスケルトンB、Cはたたらを踏んでその場で前進が止まり。
先頭を走っていたスケルトンAも後の高輝度LEDドローンに気を取られたか突進力が弱まった。
その一瞬が命取り。
「どおおりゃああああ!」
盾を構えたままスケルトンAへ突撃。体当たりかましたった。
軽い!確かにやせ型の女性をつき飛ばしたら多分これくらいって体重だわ。
骨だけだから当たり前だけど。
でも理解したぞ。こいつらの索敵ソースは十中八九人間の魔力だ。魔力の大小で人間か魔法か見分けてるんだろう?ならば人間並みの魔力を発するドローンは十分に攪乱に使える。
「胸部コアを潰せぇっ!」
すぐ背後でエミュが叫ぶ。俺のアドリブによく付いて来れるな。
「うぉおおおおおお」
突き飛ばされ倒れたスケルトンAが起き上がろうとしているところへ斜め袈裟切りにエミュの剣が走る。
砕けた肋骨の間、胸骨と脊椎の中間あたりにあった暗褐色のゴルフボールサイズ。
恐らくコアと呼ばれる部位がエミュの剣によってはじき出されると同時に、人の形を成していたガイコツは関節から崩れ落ち骨の山となった。
なるほど、アレがスケルトンの弱点か。