18・夢一夜(ノーマルエンド)
目が覚めたのは昼前頃だろうか。
思わず隣を弄った手は虚しくも空振り。
昨夜腕の中にあった柔らかさ其処にはなかった。
ゆっくりと昨夜の事を反芻し暫し思いに耽る。
確かに異世界で骨を埋めるのも悪く無いかなとは考えていた。
けれど、ここまで覚悟していたかと問われればそんなことはなく。
最初はそういうこと専門の方なのかともとも思ったけれど。
シーツに紅の染みを見つけてしまった瞬間に全身が総毛立った。
頭を抱えて溜息を吐く。
やっちまったなぁ⋯⋯。
彼女の名前すら聞いていない。
何やってんだ俺。
「おはようございます」
もそもそと俺が起き出したのを察知したのか、ノックと共にメイドさんが入って来た。
昨夜の彼女で無いことにガッカリしている自分が居る、アホが。
テキパキと俺の身支度を整えてくれるメイドさんの目が『昨夜はお楽しみでしたね』と言っているようで怖い。
完全な被害妄想だ。
身支度をし、向かった先は昨夜の食事会場。
サバルス氏は、昨夜からずっと其処に居たかのような姿でたたずんでいた。
「⋯⋯あの」
導かれるままに始めた朝食の最中に、勇気を出しサバルス氏に訊ねた。
「昨夜の⋯⋯あの」
最初は何のことかと考えていたサバルス氏も思い当たったのか。
「ああ、たんぽの事ですか? 慣れない者でありましたので何か不都合がございましたでしょうか?」
慣れないどころか、初めてだったみたいなんですけど。
「いや⋯⋯そんな事は全く無くてですね、その⋯⋯彼女はこの後どうなるのか⋯⋯」
恐る恐る聞いてみた。
「ふむ⋯⋯特にどうなると言う事もございませんが⋯⋯」
噛み合わない、やはりいろいろ観念が違うのだろうか。
「子供とか……生まれたら⋯⋯どうなりますか?」
其処が一番気になる。
「侯爵家にて大切に育てることになります。その子供の出来にもよりますが、侯爵家の家臣の中には何人か居られますね。お客様より側室として母子共に請われる事もございますが」
「⋯⋯」
よし、決めた。
俺は朝食のオムレツをお替わりした。
◇
マッシュが訪問して来たのは午後になってからだ。
「ゆっくり休んでくれたかな? クレオ」
どこかホッとした顔のマッシュ。
やっぱり昨日は臭いがキツかったのかもしれない。大人だな、マッシュ。
「ええ、充分に英気を養わせて貰いました、感謝します」
元の世界でこんなサービス受けたら一泊ン十万円どころじゃ済まないだろう。
「それは良かった。エミュが君に会いたがっていたが、お祖父様の用件を済ませないうちはなかなかに難しそうだ」
「用件、ですか?」
「ああ、お祖父様は侯爵家の力を最大限に使って、近隣の貴族王族に孫娘の救援作戦への協力を要請したんだ。有力な探索者達が数十組集まり異例の早さでダンジョンの攻略が進められた」
それだけエミュが可愛いって事だな——。
「基本身内にしか明かさないダンジョンの情報を全面公開してね、探索で得たドロップアイテムの権利も無条件で渡した。今はエミュと一緒に探索者を都合してくれた貴族家へのお礼行脚の計画を立てている」
こちらの貴族世界のしきたりはよくわからないけど、借りたものは返さないとならないし、礼も尽くさねばならないのだそうだ。
侯爵家の威信がかかっているので、今はエミュを含めてそちらの方へ全力投球中ということらしい。
「済まないがクレオにはいろいろと落ち着くまで待って貰う事になる」
申し訳なさそうに言い、ティーカップを傾けた。
「それは構いません、が、ただ待っているだけというのも苦痛ですね。一つお願いしたい事がります」
「ほう、何だい?」
「何か侯爵家の役に立つ仕事がしたい。そしてそれに見合う報酬をお願いしたいと考えています」
マッシュは一口茶を含んだ。
「働いて報酬を得て、何をしようと言うんだい? 君の生活は食客として侯爵家が保証するよ」
「それはありがたい申し出だけれど、こちらで家庭を養おうとすれば、ただ面倒を見てもらうと言う訳には行かないでしょう?」
俺は昨夜の出来事を話し、男としての責任を全うしたいと伝えた。
もの珍しそうな物を見るような表情で見つめられた。
「⋯⋯男の責任とはなかなかに生真面目だな。確かに大切な客人には夜伽を出す事もあるけど、本人が納得したうえでの事だよ。君が其処まで気にかけるとは——中々に興味深い」
「まぁ、俺のいた所ではそういう物だったんだ。少なくとも俺の周りではね」
マッシュは暫くの間を置き、こう切り出した。
「うん、君の意向は分かった。実は少し頼みたいことがあるんだ、それに報酬を払うというのはどうだろう?」
おお、話が早い。
「出来ることなら何でもやります」
雑用なら任せてくれ、こちらにはパソコンは無さそうだけど。
ドロップ品の計算機でもあれば簡単な経理の真似事くらいは出来る。
「君にはそんなに負担にはならないと思う。サバルス、クレオ殿の外出の支度を整えてくれ」
「承知致しました」
応接間の入り口に控えて居たサバルス氏が一礼した。
◇
再び馬車に乗り揺られること数十分。
マッシュと共に降りたのはこれまたデカい建物の前だった。
「伯爵家の倉庫だ、ダンジョンからのドロップ品を保管している」
簡単に説明してマッシュはさっさと歩き出した。
今日は文官らしき軽装の部下が二人、お付きのようだ。
入り口を守る兵士がマッシュに軍人の礼を捧げ、観音開きの巨大な扉がゆっくりと開いて行く。
『ウィル・オ・ウィスプ』
トリガーワードを唱え灯りを従え、灯明を従えながら進んでいくマッシュ。
倉庫なだけあって明かり取りの窓は最小限しか付いておらず、地味に薄暗い。
「この倉庫は私が管理して居る。侯爵家のダンジョンでドロップした品物の中には、使途の不明な物もある。君ならば、その使い方が判るものがあるのでないかな」
確かに。巨大倉庫の中に置かれた棚や机の上には、ところ狭しと様々なアイテムが置かれていた。
「このアイテムの使い方を説明すればいいのか?」
手近な所に置いてあった金属棒を取りそれを割り広げて見せた。
「これは″コンパス″と言う、円を描く為の道具だ」
「ほう″こんぱす″というものなのか、どうやって使うのだ?」
マッシュの問かけと同時に、裏で控えて居た文官が大学ノートを開き、パンダさんのボールペンで何かを記入し始めた。
「そうだな、鉛筆の芯があれば此処の穴に入れて実演出来るんだけどな」
残念ながら円を描く為の鉛筆芯が失われていた。
なるほど、一部欠損している事で使い方が分からなくなっている物も有るのか。
「こっちの紙パックの中身は牛乳という飲み物だが、多分もう中身は腐っていると思う」
「ほう、牛の乳か。異文明人も牛や羊の乳を飲む慣習があるのだな⋯⋯その横の薄布の出る箱は何なのだろう?」
羊はしらんぞ。
「箱ティッシュだよ、でてくるのは布でなくて紙だ、鼻をかむのが主目的のものだ」
「そうだったのか⋯⋯」
主目的が『鼻をかむ』というところにショックを受けているようだ。
使い捨て、という概念があまりないのかもしれない。
「こっちは⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
◇◆◇
こうして俺は、侯爵家でダンジョンドロップ品の鑑定士と言う仕事を担う様になった。
もちろんこちらの世界では唯一無二の仕事な為、破格の報酬だ。
ダンジョン探索者として、ダンジョン攻略のヒントが読める特殊能力も重宝された。
ダンジョンの攻略隊のうち一隊を任され、数多くのドロップ品を持ち帰り、侯爵家に莫大な利益をもたらした。
国王や侯爵家の派閥の貴族に乞われ、ダンジョン攻略やドロップ品鑑定に駆り出されることも多かった。
王国の学術院に招集され、数多くの本の翻訳も行った。
『王国の異世界学は千年分進んだ』とも言われ、その貢献を賞され国王との謁見の栄誉も授かった。
最終的には男爵位を賜り、異世界貴族として家を立てることになった。
メイドのマリエッタへの求婚も、最初は断られたものの最終的には了承してもらった。
二人の子供にも恵まれ、こちらの世界で骨を埋める決意も固まった。
エミュアとも再会を喜び合い、緒に探索もしたりした。
何故かイーザステラとの婚約は解消され、後年遠くの伯爵家の後妻に収まったらしい。
あの時探索に熱心に助力してくれた辺境の伯爵家で、どうしてもと望まれて断りきれなかったのだそうだ。
マリエッタとのことがなければもしかしたら——。と思うときもあるけれど、縁がなかったのだと思うしかない。
多分俺は元の世界に居ても結婚すらおぼつかず、ただの人としてダラダラとうだつの上がらない人生を送っただけだったと思う。
そう考えるとあの夜に地震でこの世界へ送られたのは、俺にとっての最高のクリスマスプレゼントだったのかもしれない。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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